暁庵の茶事クロスロード

茶事が好きです。茶事の持つ無限の可能性に魅了されて楽しんでいます。2015年2月に京都から終の棲家の横浜へ戻りました。

水無月の稽古だより(2020年)

2020年06月28日 | 暁庵の裏千家茶道教室

 

 

     (花は八重咲き紫色の槿とラベンダー 6月20日撮影)

 

恐る恐る再開した2020年水無月の稽古ですが、25日にすべての予定を無事に終了しました。

少人数の教室なので、生徒さんのそれぞれのご事情(特にコロナウイルス感染症)に対応するように心がけています。

・・・それでも、いろいろ思うところがあります。

 

      (ある日の稽古・・・Uさんの初炭手前)

   (ある日の稽古・・・M氏の葉蓋で洗い茶巾)

 

一番心配なのは、看護や介護の仕事をしている方々です。

そのお一人が最終日に稽古にいらっしゃいました。訪問看護師のSさんです。

3月以来なので元気な顔が見れて安心したものの、お話を伺うと、ハイリスクの方を看護されているので、気の抜けない緊張の毎日だったことがよくわかりました。

「疲れているみたいね・・・大丈夫?」

看護されている方から逆に声を掛けられて「はっ!」とし、もっと気持ちにゆとりを持たなくては・・・と反省したそうです。

「自分がコロナウイルスの媒介になってはいけないので、なかなかお稽古に来れませんでした・・・。今も自家用車しか乗らず、食料品の買い物以外の外出や外食もしていません・・・先生、マスクをしたままで失礼します」

 

   (白い槿が咲き出しました・・・さんぽ道にて撮影 6月27日)

 

「そんな中、よくぞお稽古にいらしてくださったわね。しっかりお教えしなくては・・・」私も終始マスクを外さずに緊張して稽古に臨みます。

気温が26℃だったので茶室の窓を全開にし、除湿にしました。流石に手袋をしてというわけにはいかないので、アルコール消毒をしてもらいます。

先ずは風炉の薄茶と濃茶点前です。

お一人だったので、柄杓の持ち方や扱い、湯水の汲み方、注ぎ方や注ぐ高さなど、基本をじっくり見させていただきました。

「先生、自分ではわからないのでご指導が1つ1つ嬉しいです。お稽古は緊張感がありますが、この空間に居ることで気持ちがとても安らぎます。

7月もよろしくお願いします。しばらくは一人の稽古でお願いしたいのですが・・・」

「大丈夫です・・・午前中にお一人で、7月は初炭と茶箱をしましょう」

 

    (主菓子は金団「よひら」、石井製)

 

訪問看護の現場やご家庭の日常とは違う茶の湯空間で、稽古に専念する自分の時間が持てたのがよかったようで、私も嬉しいです。

お仕事はもちろん大事ですが、私たちは今を精一杯”生きている”のです。一緒に頑張りましょう! 

・・・そんな風に思いながら、涼しげな小紋の単衣姿のSさんを玄関で見送りました。

                                

 

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不協和音・・・杉浦邦恵「公園」

2020年06月23日 | お茶と私

          (杉浦邦恵「公園」・・・新聞記事より)

(つづき)

クシャクシャの新聞の記事が突然心に飛び込んできました。

日本経済新聞(2020年6月12日)のコラムに杉浦邦恵「公園」が載っていて、

「これ、いいなぁ~!」 

一目見てなにか惹きつけられるものがありました。

「茶事の不協和音」が頭にこびりついていた時だったので、無意識のうちに「作品の持つ不協和音」に反応したようです。

 

 (凌霄花(ノウゼンカズラ)が高所で咲いているのを発見)

 

6月某日、恩師N先生をお訪ねした時のことです。

N先生と同郷(愛媛県今治市)ということで社中のAIさんに同行をお願いしたら、予想以上にお話が盛り上がり、3人で楽しい時間を過ごしました。

「お茶事に使ってください」

帰りがけに角皿2枚を頂戴し、包んでくださった新聞紙にその記事が載っていたのです。(前置きが長くなりましたが、とても偶然とは思えず、「不協和音」へのN先生の示唆のようでもあり、今は応援のように感じています・・・)

 

  (碑文のあるお地蔵様・・・さんぽ道にて)

 

日本経済新聞のコラムは「女性写真家の開拓精神・十選」と題して、批評家の竹内万里子氏が杉浦邦恵「公園」について次のように書いています。

 やや大きさの異なる2つの矩形(くけい)が、左右に接している。右側はモノクロ写真、左側はアクリルを塗ったカンヴァス。写真の風景に奥行きを感じても、視線を左に逸らした途端に黄緑色の表面に跳ね返されてしまう。次第に2つのイメージの間で宙づりになる。

 この作品を制作したのは杉浦邦恵(1942年愛知県生まれ)。63年に単身渡米し、シカゴ美術学校で写真を学んだ。表現としての写真の可能性にいちはやく注目し、実験的な手法によって制作を行っていく。・・・後略 

 

記事を読んで、ますます「公園」の制作者・杉浦邦恵さんに興味を持ち、彼女自身のお話をユーチュブで聞くことができました。

 

「出来上がった作品を打ち砕いて、さらに先へ行くのが、高みを目指そうとするのが、アーティストだと思う。一時、写真を離れて、絵を描いていたことがあるが、絵だけでは自分の思うような表現が出来ないことがわかった。

ある日、写真と絵を組ませてみた。

昔の写真のカンヴァスを、描いた絵の横にピタッと並べたり、アクリルを塗っただけのカンヴァスと並べてみると、そこには何とも言えない緊張感があり、非常に新鮮な感じがして、創造力を刺激するものだと気づいたのです。

それで、写真と絵を並行して、新しい仕事を始めようかと考え始めました」

 

杉浦邦恵さんのお話は、「不協和音」の大きなヒントになりました。

まだ、自分自身の答え(とりあえず朝茶事のこと・・・)は見つかっていませんが、今まで経験した朝茶事や朝会、朝の感動した出来事など、先ずは自分の記憶の原点に戻ってみるつもりです。

持てる力を全開して考えてもなかなか答えは出ず、ある日突然、まったく別のことをしている時(音楽を聴いたり、料理したり、庭の草むしり、散歩、それとも夢の中かしら?)に下りてくるような気がします・・・。

 

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不協和音・・・朝茶事の準備中です

2020年06月21日 | お茶と私

(柏葉紫陽花を鉄製燈明台にいけました・・・6月18日の稽古にて)

 

今日(6月21日)は夏至、横浜の日の出は4時26分、日の入りは19時。

「夏至なのに日の出が1分遅くなっている!」とツレが騒いでいます。晴れたら部分日食が見れるそうです。   

 

文月の朝茶事にお客さまをお招きしていますが、あれこれ悩んでいます。

朝茶事に限らず、茶事にはテーマを・・・それも亭主自身が楽しめるテーマを心がけています。

テーマがあると茶事の次第や道具組が具体的になり、ぐらつきにくい気がします。それでも何か違和感を感じ、直前になってやっと腑に落ちる内容に辿りつき、全てをひっくり返すこともありますが・・・。

 

  (紅い凌霄花が咲き出しました・・・さんぽ道にて)

 もう十数年前のことです。

敬愛する茶事の師匠から伺ったお話を時々思い出します。

それは「茶事には不協和音が必要だ・・・」というものでした。

不協和音とは、「同時に発せられる時、不調和で融合せず不安定な感じを与える和音」(広辞苑)だそうです。

音楽的な不協和音についてはよく理解できないままですが、「あまりに整然と決まり切ったように為される茶事はいかがなものか・・・」という問いかけだった気がしています。

自ずとその人なりの茶事があり、趣向があり、そのための道具組がなされることだろう・・・そうでなければ、お招きした客を心底から楽しませ、感動させることは出来ぬ・・・と。

さらに、不協和音は大切で、使い方によっては非常に新鮮な感じがして、想像力を大いに刺激するものになるとも。

なにぶん十数年前のことなので、自分勝手な解釈が入っていますこと、お許しください。

 

  (夏椿が満開です・・・さんぽ道にて)

 

年月こそ経ちましたが、「不協和音」の答えはいまだ出ていません。 

きっと自分で「不協和音」(例えばテーマから離れた設えや道具か? または意外性のある何か??・・・さらにテーマそのものが不協和音???)を強く意識して試みなければ、師匠がいわんとすることは永久に自分のモノにできないかも・・・と焦るこの頃です。

忘れかけていた宿題(?)が頭をよぎり始めると、どのような朝茶事の準備をしてもグラグラして自信が持てません。

当日までまだ時間があるので、半月前に描いた朝茶事を一旦無にして、もう少しもがいてみることにしましょう。

どのような朝茶事になるのやら・・・ふ・あ・ん・でもあり、た・の・し・み・でもあります。

席入りは午前6時です。           

 

         不協和音・・・杉浦邦恵「公園」へつづく

 


さびしい蛍狩り

2020年06月17日 | 暮らし

   (「柏葉紫陽花」・・・「レースをまとった貴婦人」と呼んでいます)

 

6月に入り、蛍のことが気になりだしました。

お稽古でも「お茶杓のご銘は?」「蛍狩りでございます」・・・蛍の話題が出始めました。

新型コロナウイルスのため自粛生活が続いていたので、「近場で蛍を楽しめたら、なんて!ステキなことだろう・・・」と思いました。

「カワニナがたくさんいたから、きっとあそこに蛍が出ると思う」とツレ。

その場所は、4月の桜の頃に散歩へ出掛けた小川に添ったプロムナードでした。

 

 

第1回目は6月10日、夜7時半過ぎに出かけました。プロムナード近くのコンビニに車を止め、懐中電灯を片手に草が高く生い茂る暗い道を進むと、小川に水がなく干上がっています。

気落ちしながら上流を目指して歩いていくと、やっと水が流れ始めていて一安心。さらに進むと、最上流近くに女の人が2人いらして、蛍を待っている様子でした。

「こんばんは。蛍がいますか?」

何でも数日前に有志の方がゲンジボタル200匹を飼育し放流したそうで、8時15分頃に近くの工場の電気が消えるので、それを待っていたのでした。

あと10分ほどなので、近隣の蛍情報やカワニナや水量のことなどを伺いながら一緒に待つことにしました。

電気が消えて待つこと30分、待ちくたびれて帰ろうとした時のことです。

「願わくば蛍さん、どうぞお姿を現わしたまえ!」と念じて振り向くと、小川の側の木に光るものがいるではありませんか。

蛍さんでした。

木の葉の上で点滅している光のなんと繊細なことでしょう。4人が夢中で幽かな光を見つめていると・・・飛んでくれました。思いが通じたようです。

闇の中の光の航跡は水に映ってそれはそれは美しく私たちを楽しませてくれました。

その日はたった1匹でしたが、もう大満足でした。

 

 

2回目は2日後の12日です。「今日はもっとたくさん飛ぶのでは?」と期待に胸を膨らませて出かけると、ギャラリーが4人から10人くらいに増えていました。

この日も工場の電気が消えてから1匹が飛翔し、ツレの胸のところで一休みしてくれました。

川向こうの畑の方まで飛んで行ってしまい、なかなか帰ってきません。

 ほっほっ蛍来い あっちの水は苦いよ

 こっちの水は甘いよ ほっほっ蛍来い

幼いころに口ずさんだ童謡を思い出していると、誰かさんが「童謡を歌うとたくさん出てくれるかしら?」

   (「蛍狩り」(絵葉書)  型絵染 本間勇夫)

 

13日と14日は雨が続きました。

15日はとても暑かったので、雨上がりの暑い日に多いという情報もあり、期待しながら出かけました。8時過ぎに到着すると、蛍見物のギャラリーが既に10人以上はいたと思います。

カメラを用意している人もいて、皆の「今日こそは・・・」という願いが満ち溢れていました。

ところが、工場の電気が消えてもなかなか現れません。それでも帰る人もなく、皆、ひたすら蛍を待ち続けました。

9時近くになってツレと私はあきらめて引き上げ、今年の蛍見物はこれにて終了です。

3日通って出逢えた蛍は2匹。成虫期間は1~2週間なので同じ蛍かもしれませんが・・・。

梅雨の合間のさびしい蛍狩りでした。    

 

 


梅雨入り雑感

2020年06月13日 | 暮らし

    (梅雨の合間の散歩・・・雨降山(大山)に雲がかかると明日は雨  )

  

6月11日に関東甲信が梅雨入りになりました。

実は、雨の多い水無月や梅雨は嫌いではありません。

雨に降りこめられると、心は内なる声に耳を澄ませるようになり、お茶にぴったりの季節だと思うからです。

「いろいろな雨の景色」「聴雨」「蛍」「川」「水」「傘」などのテーマが次々頭に浮かんできて茶事をしたくなります。さすがに今年は空想だけの茶事ですませていますが・・・。

梅雨の最中に「夏至」を迎える頃になると、稲の成長に心を砕く農耕民族の血が流れていることを思い知ります。田んぼの稲の様子をわざわざ見に行くこともありましたが、稲作をする田んぼがどんどん無くなり、残念です・・・。

かつて近隣の村々では日照りが続くと「雨乞い」をし、雨が降れば「喜雨」を喜び、茄子、胡瓜、南瓜などをお供えして田の神に感謝する「直会(なおらい)」の行事が行われていました。

  (早苗が出そろった田んぼの光景を見るのが好きです)

 

そんな折、愛読書の「雨の名前」(高橋順子文 佐藤秀明写真 小学館)をひも解くと、「夏の雨」の冒頭にステキな詩を見つけました。

 

        雨男と雨女  

       雨女の目が大きくなって

    水たまりがどんどんできてくる

       あっちにも こっちにも

   あの女 いくつ目があるのだろう

           雨女のそばには

             雨男がいて

       憂鬱な青い顔をしている

        雨男が片目をつむると

         雨女は雨の髪を洗う

      すてきなストレート・ヘア

              濡れ髪に

            紫陽花一りん

 

  (梅の実を収穫、市販の梅の実も混ざっています・・・)

 

梅雨という言葉は中国からきたもので、ウメの実の実る頃の雨というのが語源らしい。

我が家でもウメの実を30個ほど収穫しました。ウメの実2袋と氷砂糖を追加して大びんに詰め、梅ジュースを作成中です。

時々、ウメのエキスを含んだ砂糖液がウメの実に浸透するように(カビを防止のため)瓶を横にして回します。「美味しい梅ジュースになりますように・・・」と念じながらゴロゴロ転がすのが結構楽しみかな。

冷やした梅ジュースを、生徒さんに熱中症対策でお出ししたり、お茶事の時に汲出しに使ったり、サイダーや炭酸で割ったりして真夏の飲み物として重宝しています。

 

  (近くの清来寺へ・・・色とりどりの紫陽花に埋もれていました)

 

           (斜面に咲く紫陽花の群落・・・清来寺にて)

 

梅雨といえば雨に濡れた紫陽花。

紫陽花の写真を撮りに近所の清来寺へ出かけると、青やうす紫の幻想的な世界が広がっています。種類も多く花色もいろいろなので、名前がわからず全て紫陽花でくくりました。

裏山の椎の大木の根本から湧き出している「椎の水」が健在で、嬉しい再会でした。

 

     (清来寺の「椎の水」)

神奈川県内の紫陽花の名所と言えば、箱根登山鉄道の「あじさい電車」や鎌倉の古寺(明月院、浄智寺、長谷寺、成就院・・・)を思い出します。

今年こそ紫陽花を愛でに「何処か遠くへ行きたい!」、久しく電車やバスに乗って外出していないので、どこか人の少ない穴場はないかしら??