暁庵の茶事クロスロード

茶事が好きです。茶事の持つ無限の可能性に魅了されて楽しんでいます。2015年2月に京都から終の棲家の横浜へ戻りました。

2020年炉開きと口切の会・・・(4)「古染付」の特別鑑賞

2020年11月14日 | 暁庵の裏千家茶道教室

(谷川岳ロープウェイとリフトで展望台へ・・・一面の銀世界でした。 11月4日撮影)

 

(つづき)

昨年の「炉開きと口切の会」ではN氏所蔵の天目茶碗と天目台が使われました。いずれも美術館で見られるような貴重なお品でした。

今年もN氏にお願いして、所蔵の骨董美術品の中からいくつかを選んでいただき、拝見と解説をお願いしました。

N氏が選んだのは「古染付」でした。

「私が一番好きな「古染付」をお見せしたいと思います」

向付、香合、盤、皿、鉢などたくさん見せてくださいました。「古染付」のふるさとである景徳鎮は明末・天啓期(1621~1627)になって官窯でなくなっため、職人たちが自由闊達に作品を作れるようになりました。

そのため絵や形などの作風におおらかな味わいが出てきたこと、その代わり「そげ」や「虫食い」(焼成により釉薬の一部が欠けた部分)などの粗雑なものが多くなりましたが、これらを日本の茶人は「不完全な美」として愛玩したそうです。(詳しくはこちらをご覧ください

1つ1つ拝見しながら、茶道具としてどのように使うかをあれこれ想像するのが楽しかったです。

「古染付」の優品を拝見しながら、「古染付」や産地である中国・景徳鎮の歴史について講義していただきながら、江戸時代初期の日本の茶人に愛された「古染付」の魅力や見どころを教えてくださいました。箱や仕覆などの付属品が立派で、代々の持ち主の愛情をうかがい知ることができます。

 

扇形の「香合」、少し大ぶりで、持ち手が個性的です。

「鉢」、山水の他に皿の縁までいろいろな絵がいっぱい描かれています。

懐石はもちろん、他にもいろいろ使ってみたい一品です。

前記の鉢の高台、古染付では「施釉した生がけの生地を削った高台廻り」が重要で、見どころの1つだそうです・・・。

「深向付」として使われたのでしょうか?

「麦藁手」とも呼ばれていますが、「祥瑞手」だとか。胴にひも状の継ぎがあり、祥瑞の特色の1つだそうで、とても珍しいもののようでした。

右側は「祥瑞詩入筒茶碗」、こちらも一見して祥瑞には見えず、とても珍しいものだそうです。

 

「古染付」を初めて手に取った方も多かったのでは・・・と思いますが、このような機会を通して、陶器や茶道具やその歴史などいろいろなものに興味を持っていただければ、もっともっとお茶の世界が楽しく広がると思うのです。

N氏のお茶事へ招かれた時に拝見した「古染付」に出会うかもしれません。・・・そして、その時にN氏の解説や「古染」に寄せる愛情を思い出して、茶席の会話がより親しく趣深いものになるのでは・・・と。

Nさん、貴重な「古染付」をお持ち出しくださって、ありがとうございました!

次回の特別鑑賞会を楽しみにしています。 

 

・・・こうして「2020年炉開きと口切の会」は16時過ぎにお開きとなりました。

なんとなくまだ興奮(余韻?)が残っていて、みんな、待合や玄関でうろうろしています。

私も名残り惜しい気持で、皆さまを見送りました。 

 

参考)

古染付とは、中国景徳鎮窯で焼かれた焼き物の装飾のことです。

元代に西方から伝えられたコバルト顔料を用いて青色の模様が描かれた陶磁器で、次の明代に景徳鎮で盛んになり、中国の代表的輸出品となりました。

江戸時代初期(1621年~1644年)より作られていた古染付は、もともとは、中国の染付ということから「染付南京」と呼ばれていたのが始まりです。江戸時代後期に、新渡と呼ばれる「清朝染付」が現れたのをきっかけに、初期からの染付南京は「古染付」と呼ばれるようになりました。

古染付には、焼き物と釉薬が合わずに釉薬が薄い部分が剥がれ、虫喰いのように見える箇所があります。また、あえて線をぼかし染色を薄くすることで、今までと異なり自由で豊かな手法の焼き物にしたのです。その後、拙さこそが味であると、日本の茶人たちに称賛され、その後も好まれ続けました。

古染付には、円形のほかにも様々な器形が見られます。器形が多様な理由は、日本からの注文が多かったためだと推測されています。一風変わった器形が存在するのは、日本の愛好家が多かった古染付ならでは・・のことでしょう。 

(やさしく解説、みんなの中国美術入門より)

 

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2020年炉開きと口切の会・・・(3)

2020年11月12日 | 暁庵の裏千家茶道教室

(谷川岳天神平から山頂を望む・・・温度1℃、積雪10センチ  11月4日撮影)

 

(つづき)

雨がぱらつき出したので蹲を使う席入が出来ず、後座の亭主KTさんが打つ銅鑼を合図に茶道口から席入してもらいました。

待合で暫時中立の間に湯相や火相を調え、床の掛物を外し、中釘に白玉椿と照葉を生けました。

 

前日心当たりの所へ椿を探しに行くと、白い椿が見事に咲いていました。2枝選んで持ち帰りましたが、朝に蕾が開いてしまい、なかなか思うようになりませんね。照葉はN氏が自宅から持って来てくださり感謝です。

緑釉が美しい花入は兵庫県たつの市在住の揖保川焼・池川みどりさんの作です。 

あれこれ忙しく、茶壷の紐を結ぶ時間がとれずにいたところ、KTさんが飾り紐を結んでくださり助かりました(流石!KTさん)・・・こうして、後座の濃茶が始まりました。コロウイルス対策で濃茶も薄茶もすべて各服点、適宜茶巾も新しくしています。

濃茶点前はM氏とSYさんにお願いしました。

「炉開きと口切の会」の濃茶は先ずは台天目で点ててもらいます。

お点前はM氏、天目茶碗2碗(油滴天目と玳皮盞(たいひさん)天目、もちろん稽古用です・・・)で点て、正客と次客に喫んでいただきました。

茶入、茶杓、仕覆を拝見に出してからM氏が水屋へ顔を出しましたが、台天目の大役できっと緊張したのでしょうね・・・額に汗をかいていらっしゃいました。

でも、いつものようにきれいなお点前で心を込めて、美味しい濃茶を練って差し上げたことでしょう。

 

 

続いて、吉野棚と水指(平戸焼色絵)を運び出し、茶入と棗を莊りつけ濃茶点前が始まりました。

お点前はSYさん、炉の濃茶点前を稽古する時間が取れなかったのですが、濃茶2碗(黒楽「喝喰」写と飴釉茶碗)を練っていただき、三客と四客に喫んで頂きました。後の3碗は水屋から各服でお持ち出ししました。

後で伺うと、家でお点前のことを考えてはため息ばかりついていたので

「そんなに嫌ならやめれば?」と息子さんに言われてしまったとか・・・。

「いろいろ心配だったけれど、でも、お点前をしたいし・・・今日濃茶点前をさせて頂いて本当に良い経験になりました」というSYさんのお話を伺って、私も嬉しかったです。

 

最後に員茶之式を行い、全員が薄茶を頂き、お点前をしました。

我が家は亭主床なので、床に旅箪笥を置き、道庫として使いました。替え茶碗10個、茶巾落としに替え茶巾5枚を旅ダンスに用意し、さらに下座に盆を置き、使用した茶碗を置くようにしました。

員茶之式の亭主はKTさん、札元はM氏、目附は暁庵がつとめました。十種香札の絵がわかりにくかったようで、M氏が札を読み上げると「これかしら?」「これは何?」、皆で確認しながら薄茶になったのでわいわいにぎやかで、楽しいです。

 

 

和やかに薄茶を点て合う様子をみながら、「トリ(仕舞い付けのお役)は誰に当たるのかしら?」と思っていると、今年はKさんでした。きっとお茶の神さまが何らかのメッセージを伝えたかったのかもしれませんね・・・。

亭主KTさんの送り礼で総礼し、員茶之式に従って順次退席し、待合へ動座しました。

これから特別鑑賞会が行われます。(つづく)

 

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2020年炉開きと口切の会・・・(2)

2020年11月11日 | 暁庵の裏千家茶道教室

  「二居湖の紅葉」  上越国境の苗場ドラゴンドラから11月3日撮影

 

(つづき)

茶壷の拝見が終わる頃に御茶入日記が正客へ運び出されます。そのころ暁庵も再び席中へ入り、口切を見守りました。

茶壷は六古窯の一つの丹波焼で、作者は市野信水、口覆いは笹蔓緞子です。

Uさんは緊張した面持ちで、合口をさぐり小刀を直角に刺し込んでゆっくり切り始めました。
社中一同、我がことのような心持ちで、息をのんで口切の所作を見詰めます。

 

・・・やがて蓋が開けられ、「いずれのお茶にいたしましょうか?」
「どうぞご亭主様にお任せいたします」と正客N氏。
「承知いたしました」
茶の入った半袋3つのうち1つが取り出され、茶銘を読み上げ、挽家(ひきや)へ入れました。
「壷切抹茶でございます」(「壷切抹茶」は丸久小山園から口切の時期に特別販売されていて、京都から取り寄せました)

葉茶上戸に開けられた詰茶を一方へ寄せて詰と書かれた挽家へ、次いでトットットト・・トントン・・・という音と共に残りの詰茶が茶壷へ入れられました。口切の中で葉茶上戸の扱いと軽やかな音もステキな一瞬のご馳走です。

再び口が封印され、茶壷を水屋へ引いて口切は終わりました。

次は初炭です。
毎年ですが昼食準備のため炉開きの炭手前を見届けられず、いつもお点前さんと社中の方に安心してお任せしています。

炉を開いたばかりなのでどなたも稽古は十分ではありませんが、間違っても良いのです。

今できることを失敗を恐れず一生懸命やってみること、失敗も含めて人前でお点前する経験がとても大切だと思っています。状況に応じて、先輩方が優しく教えてくれることでしょう・・・そしていつか、教わった人も教える側にまわり、その時のことを思い出して後輩をやさしく指導することでしょう・・・

炭道具などを以下に記します。

 釜   霰唐松真形釜   美之助造

 炉縁  黒真塗  輪島

 炭斗  常盤籠  青竺作
 羽箒  シマフクロウ
 鐶   初代畠春斎
 火箸  利休好 桑枝  
 灰器  備前
 灰匙  利休好     
 香合  柿    高岡銅器
 香   黒方   鳩居堂
 
初炭の終了後に待合のテーブル席に動座していただき、四季弁当(戸塚区温石製)、汁椀(八ツ頭、なめこ、三つ葉、白味噌)、一献をお出ししました。酒は「神楽」(南魚沼産)です。

続いて、主菓子の汁粉(小さな餅入りで、こちらも南魚沼産)をお出ししました。

この頃、天候が急変し雨が降り出したので中立を取りやめ、そのまま暫時休息していただきました。(次につづく)

 

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2020年炉開きと口切の会・・・(1)

2020年11月10日 | 暁庵の裏千家茶道教室

    (上越国境の苗場ドラゴンドラからの紅葉   11月3日撮影) 

 

2020年11月7日(土)に暁庵の裏千家茶道教室の「炉開きと口切の会」が行われました。

5日まで上越方面へ旅行に出かけていたので、前日はてんてこ舞いでしたが、当日は社中の皆様がキビキビと手伝ってくださって助かりました。その姿は頼もしく皆様の成長ぶりを感じて嬉しかったです・・・

「口切の茶事」は茶人が最も荘重に催す茶事で、当年の新茶を口にできる喜びを分かち合う、新年を迎えるようなお祝として執り行われます。そのような「口切の茶事」へお招きされることは茶人にとって望外の喜びとされています。

今ではいつでも抹茶を手に入れることが可能になりました。そのため新茶を茶壷に入れて保存し、11月になって茶壷の口を切るという、伝統的な口切の行事はほとんど行われていません。

しかし、その口切の行事を「口切の茶事」という形で残したい、茶道を学ぶ方々に伝えていきたいと思い、暁庵の茶道教室では炉開きのお祝いと口切の茶事稽古を兼ねて「炉開きと口切の会」を開催しています。茶事形式で行い、毎年交代でいろいろなお役を担当してもらいます。

 

当日は10時30分に待合集合でした。

茶人の正月にふさわしく、素敵な晴れ着でいらしてくださり、「炉開き&口切の会」らしいお目出度い雰囲気が漂います。
男性二人も茶人の正装である、N氏は十得、M氏は袴姿で、きりりと座を引き締めてくれました。
(私の装いは茄子紺に草花模様の付け下げ、銀地に白鳥の帯・・・忘備録です。書いておかないと毎年同じ着物になりそう・・・)

2020年の詰はM氏、板木の音が気持ちよく5つ打たれ、初座の半東Kさんが梅昆布の入った汲出しをお出し、腰掛待合へ案内しました。

初座は正客から順にN氏、KTさん、Aさん、SYさん、詰のM氏、亭主はUさん、半東はKさんでした。

後座は正客から順にN氏、Uさん、Aさん、Kさん、M氏、詰のSYさん、亭主兼半東はKTさんで、暁庵は遊軍です。

 


待合の掛物は「開門多落葉」の短冊、前大徳・朴堂和尚の御筆です。

この詩(作者は中国・唐時代の詩僧・無可)は対句になっていて

    聴雨寒更盡

   開門落葉多

読み下しは、雨を聴いて寒更(かんこう)尽き、門を開けば落葉多し。

「夜もすがら雨と聴いたのは、戸(屋根)を打つ落葉の音であった」

晩秋のわびしい山居の佇まいが彷彿されますが、前日の我が家の庭もまさに「開門多落葉」でした。

降り積もった落葉を片付けるべきか否か、迷いながら掃除し、後は落葉にお任せすることにしました。

 

 

初座の亭主Uさんが迎え付けへ出ます。

Uさんは10月に行われた「赤毛のアンの茶事」で亭主をされたのですが、

「あの時は雨で迎え付けが出来なかったので、今度はぜひ迎え付けをしたいです」と張り切っています。

・・・それで、天気予報ばかり気にしていましたが、午前中は晴れたので一安心。でも中立の頃に雨がぱらつき、あわてて腰掛を片付けました・・・。

蹲の水が撒かれ、水桶から蹲に注がれる水音を聞きながら、急いで炉に濡釜を掛けました。

亭主Uさんがお一人お一人とご挨拶した後に、正客N氏から待合と床の掛物についてお尋ねがあり、暁庵がお応えしました。

床の掛物は「喜 無量」、紫野・教堂宗育和尚の御筆です。

コロナ禍にもかかわらず、社中有志が無事に一堂に会し、今年も「炉開きと口切の会」が開催できるとは、なんと!有難く嬉しいことだろう・・・まさに「喜 無量」であり、このお軸しか思い浮かびませんでした。

「ご都合により茶壷の拝見をお願いします・・・」正客N氏からお声が掛かりました。(つづく)

 

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左、ひだり、Left・・・

2020年11月02日 | 暮らし

    庭石に左足指をひっかけて・・・・

 

霜月に入り、テレビで映し出された軽井沢・雲場池の紅葉に秋の深まりを楽しんでいます。

そして、やっと「左、ひだり、Left・・・」のことを書こうと・・・。

 

慢性化してしまった左膝と腰(脊椎の左側のすべり症、正式名称は?)に加えて、さらに故障が続きました。

10月17日(土)に行われた「赤毛のアンの茶事」の2日前に植木屋さんに入ってもらいました。

庭の掃除をさぼりたかったのがいけなかったのでしょうか?

朝の打ち合わせの時、庭石に左足指をひっかけてバッタリ倒れました。

「大丈夫ですか? お怪我はありませんか?」

顔面制動のような倒れ方でしたが、幸いにも「龍のひげ」に助けられて足指以外は大丈夫でした。

左足の中指、薬指、小指の3本が飛び上がるほど痛く、骨折かしら?

内出血でどす黒くなりましたが、骨折はなさそうで先ずは一安心・・・しかし、痛みがなかなか取れませんでした。

さらに、左肩から腕にかけて鈍い痛みがあり、力が入らず重いものを持てません・・・

足指、膝、腰、肩・・・全て左でした 

コロナでしばらくお休みしていたにしおか治療院に週1回せっせと通っています。

最近、やっとやっと良くなっている実感があり、さらに良くなってまだまだお茶を楽しみたい・・・と希望と欲が湧いてきました。「希望と欲」が一番の薬かもしれませんね。

 

  (痛みをこらえて「瑞泉寺茶会」へ参席しました・・・満開の秋明菊)

 

 (夕方でしぼんでいますが、名残りの白い芙蓉がいっぱい・・・鎌倉・瑞泉寺にて)

 

 

昨日、7日の「炉開きと口切の会」に備えて早めに準備を始めました。

待合や床の掛物を変え、棚を組み立て、水指を合わせてみたり、茶入や茶杓を選んでみたりしています。

お茶屋さんに出かけ、詰茶用の番茶を大量に買い込み、これから茶壷の準備に取り掛かります。

「炉開きと口切の会」では毎年交代で口切の役をお願いしていますが、今年は「赤毛のアンの茶事」でご亭主をされたUさんです。

きっと今頃ドキドキしながら口切のシュミレーションをしていることでしょう。

 

 

明日から「GO TO トラベル」とかで新潟県と群馬県方面へ出掛けます。

お天気が心配ですが、紅葉の山々を思いっきり楽しみたい・・・です。