人間がすべて死滅したという報告を受けた朝、僕は立石町二丁目の自宅を出て、通学路を歩いた。両側に川が流れている。左の川の左に沿った国道には車は一台も通っていない。風景の全体が白っぽく、音は何も聞こえない。僕は砂山町の手前で右に曲がり、橋を渡ると細い道に入っていく。アスファルトが消えて砂利になり、むき出しの土になると上り坂だ。縁側の広い村重久則の家を途中右手に見ながら、僕は山へあがっていく。その周りでよくかくれんぼをした小さな祠を過ぎ、やがて頂上に着いた。見ると、こちらの頂上と向こうの山の頂上に真っ赤な橋がかけられている。僕は子どものころ、世界中の山と山の頂上に橋をかければいいのにと思っていた。「やっぱり一度下に下りてからまたのぼるよりはるかに便利だ」。そう思いながら僕は橋を渡り始めた。と、橋の真ん中あたりにきたところで疑念にとらわれた。「この橋は紙でできているのではないか」。とたんにぐにゃりと橋がよれて僕は空に放り出された。「もう死んだもう死んだもう死んだ」。早口言葉のように唱えながら僕は真っ逆さまに落ちていく。「もう死んだもう…」。そう言っていれば死んだ後で誰かに「ほらね。死んだろ」と自分の明察を自慢できるというように。……目を開いた。死んでない。僕は平らな地面の上に寝ころんでいた。体を起こしてみると、そこは地面ではなく、モノクロで印刷された地図の上だった。縮尺はわからないが、2キロは離れているはずの工場の記号が2~3メートル先に大きく見えた。地図だから山はただの等高線になり、おかげで僕は無事だったのだ。「死なないでよかった」。ほっとして立ち上がると、僕は工場の記号のほうへ歩き出した。
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