鈍想愚感

何にでも興味を持つ一介の市井人。40年間をサラリーマンとして過ごしてきた経験を元に身の回りの出来事を勝手気ままに切る

柳家喜多八の古典落語を堪能し、落語ブームを実感した

2009-02-26 | Weblog
 25日は東京・銀座の博品館劇場での「喜多八膝栗毛 冬の陣」なる寄席に出かけた。知人のTさんからいただいたチケットで、どんな落語家が出演するのか予備知識は何もなく赴いた。開演10分くらい前に会場に入ると、結構空席があり、そんな程度の会かな、と思っていたら、真打の柳家喜多八の場になると、ぎっしり満員となった。どうやら「喜多八膝栗毛」のタイトルで年に2回くらい公演しており、固定ファンの多い落語家のようで、会社帰りのサラリーマンに混じって若い女性もチラホラみられ、落語がブームになりつつあるのを感じさせてくれた。
 最初は入船亭遊一なる若い落語家が嫉妬をテーマとした軽い落語をして、注目の柳家喜多八が登場した。枕に出身の大学の落語研究会からのお祝いの品を届くのだが、柳家の「家」を「屋」と書いてくるのには困ってしまう、と語り、自らの出自をサラリと紹介しながら笑いをとる。年の頃50から60歳くらいで、インテリっぽい顔で、声や仕種はメリハリがついていて、面白そうな落語家である、との印象を受けた。そのうちに気の短い江戸時代の商屋の旦那がどういうわけか、気の長い友達と話し込みむうちに余りにも動作の遅い友人にいらいらして、キセルの吸い方を指導するうちに、火のついた煙草をたもとに入れて、焦がしてしまう件を面白おかしく語った。
 それで引っ込んだので、1部はこれで終わりか、と思ったら、また出てきて、「目の前に水を置いとけばいいのですけど」と言って、今度は大道見世物の話からガマの油売りの口上を一気にまくし立てた。すごいもんだな、と思っていたら、このガマの油売りが酔っぱらったら、という前提で酔っ払い口調で口上が始まった。しどろもどろで、刀を取り出し、切れないことを確かめるため腕に切りつけると、切れてしまう、そこで血を止めるためガマの油を塗るが、酔っているため血が止まらない。そこで、何回もガマの油を塗りたくるが、止まらず、あふれ返ったところで、チョンとなる、大いに笑わせられた。
 15分の休憩ののちはロケット団の漫才のあとに再び柳家喜多八が登場し、今度は古典落語の左官屋の長兵衛が博打ですっからかんとなり、娘が吉原の置き屋に駆け込み、今後一切博打に手を出さないことを条件に50両を貸してもらう。が、その帰りに大川に身投げしようとしている簪屋の若い手代に同情して50両そっくり与えてしまう。ところが、手代が失くしたと思った50両は手代の勘違いで、出てきて、感激した簪屋の主人が長兵衛のところへ出向いて、お礼をして、娘を身請けして戻してくれる。たっぷり50分、古典落語の良さを十分に聴かせてくれた。
 帰りに地下鉄・新橋の駅で情報誌「metro age」を手に取ると、「落語のススメ」をタイトルに落語ブームの一端を紹介していた。家に帰ってgoogleで柳家喜多八を検索すると、49年10月生まれの59歳、学習院大落語研究会出身、柳家小三治門下の真打で、古典落語の侍の描写がうまく、中堅落語家として玄人筋の評価が高い、と出ていた。
 なるほど会場が満員だった理由がよくわかった。新宿末広亭などの寄席だけでなく、こうして定期的に都心の劇場へ出張って、落語家個人の芸をじっくりと聴ける場ができている、ということは相当な落語ブームになっている、と思った。
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