小池都知事の国に先行しての少子化対策が称賛を浴びているようだが、そもそも国の打つ手が遅すぎるだけのことで、そもそも国と地方公共団体が少子化対策で共同歩調をとれないものなのか、疑問を感じざるを得ない。本年度の出生数が80万人を下回るのは間違いないことで、日本の国力の低下は今後一層深まるのは間違いないところだろう。岸田首相は少子化対策を年内にも取りまとめる意向のようだが、なにせ”検討使”と揶揄される岸田首相のことから、時間だけかかって味のない中身しか生み出せない結果になるのはいまから予想されるところだろう。
小池構想の都民18歳以下への子ども手当の支給は開始が令和6年度からで、1年以上も先のことでこの先何が起きるか予測のつかない時代なので、実際に子どもを養育する親の元に届くまで喜ぶのは早いのかもしれない。どうして1年以上も先のことをいま発表するのか、若干の疑問がないわけではない。小池都知事の率いる都民ファーストの会が都議会の第2党で、果たして都議会をすんなり通るのか、というのも若干の問題だろう。小池流の機先を制してまず発表して、既成事実を積み上げようとのデモンストレーションの側面が多分ある。
もうひとつ、月5000円の手当が親の元に届けられて、実際に子どもにかかる保育料や学費に充てられのか、は実際に支給してみないことにはわからない。子ども養育世帯の維持には食費住居費やはじめ様々な経費がかかるのは当然で、支給した手当が実際に子どもの養育に使われたるどうかは家計を預かる主に主婦の采配に委ねられる。事後的に子ども世帯だけを対象に家計調査をするのはあまりにも大変なことだろう。このことは同じ時に発表された3歳以下の保育費補助についても言えることである。
ということは支給の先を子どもの関わる保育園、幼稚園、小中学校、高校に限定することで、子ども養育に実際にかかっている費用であることが明らかとなる。ただ、そうするためには支給する都の事務局の手間がかなり膨大なものとなるのは避けられないことだろう。都議会で、こうした支給の効果を確実なものとするための仕組みを含めてなんら議論されていないことは事実だろう。小池都知事は就任以来、常にアドバルーンを上げては都の役人を振り回してきた人物だけに今回も同じことなのだろう。振り回される都の役人は「また、始まった」とあきれ返っているのが正直なところなのかもしれない。
もう一つ国と地方公共団体が何かをやろうとすれば、常にこうした作業なりを通じての軋轢や、不満は方々で見られることである。国が何かを決めても実際に国民とやり取りするのは都なり、地区の県なり、市町村であり、その連携がうまくいかなければ泣きを見るのは国民である。追って、国が何らかの少子化対策なり、支援を決めてもそれを国民に伝え、実際の実務を担当するのは市区町村のお役人である。
本当に国民が何を求めているか、何をしてもらいたい、と思っているか、それをよく考えて対策を講じ、施策を進めてもらいたいものだ。
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