prisoner's BLOG

私、小暮宏が見た映画のノートが主です。
時折、創作も載ります。

「マラソン」

2005年07月22日 | 映画
自閉症の人は言葉を操って人と意思を通わせることができない(らしい)ので、同じ台詞が何度も何度も繰り替えされるし、その言葉も単純なものばかりなのだが、その使われる状況に応じて実に色々なニュアンスを発揮する。
台詞だけでなく、シマウマとその模様、雨、手を握ること放すこと、陽の輝き、などのディテールの繰り返しの膨らみが実に豊か。

自閉症児チョウォンとその母が頑張る一方だけでなくて、意思が通じないので母親の方でも期待を勝手にかけてしまい依存する関係になってしまっている表現も、厳粛なもの。
マラソン大会に出るのをあきらめてしまうような状況になってしまい、まわりの誰かがなんとかしないと、と勝手にこちらが思っていると、ひょいとチョウォンが自分の意思で出場を決めて、出場をあきらめさせようとする母が手を放す、同じ動作が捨てることから自立することに意味が変換する展開が鮮やか。

ラストでいきなりイメージ・ショットが出てくるのはどうかな、と思ったが、出番は少ないが弟や父の描き方も目配りがきいている。

障害者に冷たい態度をとる人物を最初に出しているので、メダリストの癖に素行の悪さで奉仕活動を命じられてるコーチの態度の悪さがいくらかは緩和されて見える。
それがだんだん真面目に教えるようになるプロセスがユーモア混じりに表現されているのも、健常者が見る時、とっつきやすい。
(☆☆☆★★★)



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