駒子の備忘録

観劇記と乱読日記、愛蔵コミック・コラムなどなど

板垣巴留『BEASTARS』(秋田書店少年チャンピオンコミックス全22巻)

2021年02月04日 | 乱読記/書名は行
 肉食獣と草食獣が共存する世界。そこには、希望も恋も不安もいっぱいある。チェリートン学園の演劇部員レゴシは、狼なのにとっても繊細。そんな彼が多くの動物たちと青春していく、群像劇が始まる…!

 なんか動物キャラの漫画が流行ってるんだってね、みたいな情報をキャッチしたのは、もうだいぶ前のことかと思います。なんとなく、掲載誌のイメージもあるし、そもそも少年漫画なんだし、バトルものかな?と勝手に思っていました。例えば『白い戦士ヤマト』とか。ふ、古い…
 で、完結するというし、後輩がコミックスを持っているよと言うので、借りることにしました。ちょうど年明けすぐに完結巻の刊行があったタイミングでした。
 が、読んでみてびっくり…あらすじに書いたとおり、が、学園ものなの!? 肉食獣と草食獣が共存!? なのに草食獣が肉食獣に襲われる事件が起きるところからお話が始まるの!? そして主人公は狼、そして演劇部、でも照明係…!? こんな漫画だったのか、いったい何がどうなるんだ!? なんの話なんだ!? と、ドキドキしながら読みました。新鮮すぎましたね。そして、とてもとてもおもしろかったです。
 台詞やコマ割り、ページめくりといったネームがものすごく上手い、ということはないと思うのですが、絵はとても上手いですよね。ペンタッチに味がある、というのもあるけれど、この独特な世界観でのこの登場人物たちの動物としての描き分け、キャラクターとしての描き分け、表情の付け方、感情表現なんかが抜群に上手い。そういう画力があるタイプです。動物をこういうふうにはなかなか描けないものですからね。しかし逆に、この作家は普通の人間の男女のキャラクターを描けるのかしら…それはどういう絵柄なのかしら…とも思ってしまいます。想像がつかない…不思議な感覚です。この、キャラクターが動物たち、という世界観ではデッサンはすごくちゃんとしているんだけれど、人間のことはどんなふうに描くんでしょう…? でもこれがほぼデビュー作、初連載みたいな作家でもあるようですし、間違いなく大いなる才能に恵まれた作家だと思います。
 そう、この物語には人間が登場しません。動物たちが人間のように言語を持ち、道具を用い、文化文明を発展させています。服を着てスマホをいじり、調理された野菜を食べ、学校に行ってスポーツをしたり演劇をやったりしてします。犬は近年品種改良されて今の形になった、とされていて、その改良をした「先獣」がいたことは台詞で出てきますが、それが人間のことなのかどうかは語られません。ま、そういう意味では、ものすごく練られたSFというよりはファンタジー、なのかもしれません。そういう点での厳密さを突き詰める気はこの作品に関しては私には特にないので、私はそれでかまいませんでした。もともとレゴシは作家が学生時代から長く愛でて描いてきたキャラクターらしく、それをもとにそこから構築した世界とお話、ということなのでしょう。だから突き詰めれば穴がありそうなのは当然です。それでも魅力的だから、いいのです。何より目新しい、類を見ない、そこが素晴らしいです。
 だって主人公がオスのハイイロオオカミで、でも優しくて繊細なんですよ? 自分の強さ、大きさにある種怯えているような、忸怩たる思いを抱いているようなキャラクターなんですよ。そんな少年漫画、あります? 少年がより強さを求め高みを目指して戦いに明け暮れるようなマッチョ・ワールドが、少年漫画の基本のキじゃないですか。なのにこの作品ではこういう主人公像が成立している。すごい。そしてちゃんと人気があって、打ち切りにもならずまあまあ長く連載された。すごすぎる。久々に少年漫画の懐の深さを感じました。
 主人公の次に立つキャラクターは、演劇部の花形役者で学園一のヒーロー的存在の、オスのシカ、ルイ。。そしてその次は、誰とでも寝るビッチなメスのウサギ、ハルですよ。すごい。しかもこれがヒロインになるんですよ、すごすぎる。そしてこれがまた、今までビッチだったけど主人公との真の愛に目覚めて以後貞淑に…なんてイージーな展開じゃないのが、いい。このヒロインはもっと先へ突き進んじゃうし、そもそもまず女子たちからいじめられてるって設定なのが、とてもいいのです。あまりない設定で、でもこういう性格、立場、境遇のキャラなら自然な気もするし、その自然さをそのまんま描くまっとうさが、いい。
 こういう人間観とか人間観察力(動物だけど)は、言っちゃなんですがやはり女性作家ならではのものなのではないでしょうか。男性作家は男だってだけで履かされている下駄があるから、どうしても見えなくなる視界ってものがあって、必然的に描けないものもあって、それは決して当人のせいではないけれど、でもとにかく男はこんなふうに世界を広く深く見ることはできない、というのはあると思うのです。
 異種の獣が番うことなんてあるの?とか、いやソレさすがに子供はできないんでしょ?とか、まさか動物なのに避妊するとかあるの?とか、いろいろ突っ込みたくなりますが、そういう細かい点は意外とスルーなのもまたすごい。そんな中で描かれるエロスとタナトス、愛と死の哲学とロマンがもうものすごい。こんなの読んだことありませんよ!!!
 お話のかなりなかばまでわりとずっとちゃんと、ハルはルイのことが好きだったんだと思うんですよね。それもまたなかなかない。主人公がずっと片想いってのは意外とよくあるものですが、ヒロインは宙ぶらりんか気づいていないか告白していないだけでハナから主人公に気があったりするのが普通なんですけどね…ホント全然フツーじゃない、セオリーを全然踏んでない作品です。そこがまたいい。
 さらに純血のメスのオオカミのジュノが出てきてレゴシに惚れるのもすごいし、でもそれが「純血カップルのキングオブキングで、お似合いだって言われるのが決まってるから」みたいな打算とプライド先行から始まる恋ってのもすごくわかるしありそうだしでいいし、そこからやがてはルイに惹かれていくってのもいいし、チューとかすっごい名場面だと思ったし、でも結局別れざるをえない展開もすごーく良かった。すぐ次の別のもっといい男が現れると思います、ジュノちゃん。
 キャラの名前や種族を忘れちゃったけれど、インスタに関する1話だけの閑話休題エピソードみたいなのも素晴らしかったです。セブンさんの会社の話とかも、ホントなかなか描けないものだと思います。すごくよかった。
 ジャックも、ゴウヒンも、サグワンさんも、親友とか師匠とか隣人とかのセオリーやパターンだけでは絶対に描けない、すごーく深くて濃くていいキャラで、ホントすごいです。すごいしか言っていませんね私、語彙消失ってまさにコレなんだな…あとピナね! マジ魔性の美少年だよね!! 怖いわー、なかなかないわー。そしてこういう人こそ真性アセクシャルなんじゃなかろうか…それか単なるナルシスト? あまり踏み込んで描かれていないけれど、そういう可能性を感じさせるところもすごい。
 個人的には、私は獅子座でどうぶつ占いもライオンで酉年の生まれで、犬を飼っていたことがあって乗馬を20年ほどしていたので、主人公はイヌ科だということですぐ好きになりましたし、ライオンキタトリキタウマキタ!といちいちたぎりました。そういえば私の幼い頃の夢は、ムツゴロウさんみたいな動物王国を作って世話をしながら漫画を描いて暮らすことだったのです。なのでホント、出てくる動物どれもこれも愛しくて、特徴がよく出ていることに感心し、また人体化などのデフォルメの嘘なんかにも感心しつつ、本当に楽しく読んだのでした。
 ストーリーは、俯瞰して見ると、もしかしたらあまり計算されて描かれたものではなかったのかもしれないな、とは思わされました。だいたいの着想はあったにせよ、細かいところはわりと行き当たりばったりで、作家も先が見えないままにしゃにむに描いていたら次の展開が見えてきてそう描いて…みたいなこともあったのかな?とも感じたのです。「ビースターに俺はなる!」とか「ビースターズに俺たちはなる!」って漫画にしておけば、タイトルもあってもっとスッキリわかりやすかった気もしますが、意外にそういうお話になっていませんしね。ヤフヤとゴーシャの過去話が出てきたときには、そういうタイトルだったのか!と震撼したんだけどなあ…
 主人公が退学して社会に出る展開も、実は少年漫画や少女漫画では意外とない展開で、でもその潔さがとてもよかったです。でもこれも、冒頭の食殺事件を解決したら次のステップへ、という段階を踏む感じがあまりなかったんですよね。週刊連載で毎回読む分にはそれで全然いいし毎回おもしろいからいいんだけれど、通して一気に読む場合には「これなんのターン?」ってなることが多かったので、ちょいちょいテーマとかゴールとか目的とかを提示できていると、それがわかりやすい指針となって読者の気が楽になることがあるんですけれどね。でもまあ、そういう提示がなくても、レゴシがいい男になろう、いい人間、じゃないな、良き肉食獣、良き哺乳類になろうと勤しんでいる、というのはよく伝わるし、そしてその先にはハルちゃんに見合う男に、彼女を娶れる存在になろうとしているのだ、というのはわかるので、いいのかもしれません。が、でもそういや彼女しばらく出てないな?みたいなのはちょいちょいあったし、他のキャラもそうだったので、やはり途中やや迷走気味だったのかもしれません。でもラスト、ちゃんとオチがついているからいいんですけれどね。
 愛や家族や社会のために、本能に逆らって、矯正して、より良き者になろうとする努力をし続けること…それは彼ら動物たちだろうと我々人間たちだろうと、すべき同じことなんですよね。それをしっかり描けているから、やはり多少いびつでも名作なんだと思うのです。
 「一生異種族交流」…すごいよなあ。でも人生って、ともに生きるって、そういうことですもんね。たとえ純血の同種族同士であろうと、所詮は他人、他者なので、同じような覚悟が必要なはずなのでした。そういうことも、きちんと描いてくれている作品です。
 この作品は、キャラクターを動物たちとすることで、ものすごく哲学的なことも描いています。肉食獣が草食獣を食べたいという本能を、矯正してまで共生社会を生きていること。草食獣が肉食獣から逃げたいという本能を、矯正してまで共生社会を生きていること。それでも抑えきれない本能が顔を出してしまうことがあること、それは食欲と性愛に特に出がちで、表裏一体ないしほとんど同じようなものの場合すらある。その矛盾と、究極の快楽と、そもそもの自然と…それでも、愛のために、相手の幸せのために、理想の実現のために、みんなが幸せに生きられる社会のために、己を律することができるか、ともに努力し協力して戦い続けることができるか…そんなことを突きつけている物語です。そしてそれを、レゴシとハルは実践しようとしている。まして同じ種族である我々人間同士でできないはずがないのです。だが君たちはどうだい?と彼らはこの物語を通して言っているのです…すごい。
 シュールはたまたエロ、いっそアナーキー、みたいなセクシュアル、センシュアルな展開がけっこうあるのも衝撃的で、読んでいて、読者の少年たちよこの意味わかってるのかい!?となることもしばしばありました。たとえば主人公男子がヒロイン女子の胸とかなんなら性器を見たがるような描写は、古今いくらでもありました。だがこの作品には、セックスできるかどうかを検討するために女子が男子の性器を検分するくだりがあるのです。すごすぎる。でも当然のことでもある気がします。何故人間の女子は男子の性器を見たがらないのか? 何故そんなことはしたない、とかなんとか糾弾されなきゃならんのだ? もしはしたないとされているからしない、のではなく、本当に見たくないのならそれは何故なのか? それこそ危機意識の欠落で、人間がダメな獣であることの証左ではないのか? 自分の体に何が挿入されるのかくらい把握しとかなきゃダメだろう、内臓や粘膜が接触するのだし、どんな危害が加えられるかもわからない。そりゃ凸の側にも警戒は必要だろうが、凹の方ならなおさらであるはずなのです。やはり人間は鈍感すぎて、あるいはいろいろなことに縛られすぎていて、不自由で不完全な動物なのだろうな…とか、そんなことすらいろいろいろいろ考えさせられました。
 あと有毒生物に関する差別なんかがコロナの時代の先取りをしているようで、驚きましたね。そしてまったく異なる生態系と死生観と言語と文明を持つ海洋生物、という発想にも驚かされました。これはまごうことなきSFです。ホント深い作品です…!
 個人的な萌えキャラはルイですね。優等生大好き! お金持ちのボンボンで、でも実は養子で…という設定も、父親との確執含め過去エピソードもたまりませんでしたし、獅子組暴走編にもキュンキュンしました。てかイブキ×ルイの擬人化BLを激しく希望…! 私はナンパだから人間の姿での方がより萌えられるので…いやぁイブキってホント素敵でしたよ、マジでルイを愛していたと思いますよ! ルイ、罪な男だよ…主人公のレゴシが草食獣に惹かれちゃう肉食獣なら、ルイは肉食獣に惹かれちゃう草食獣で、ともに変態で嗜好が偏っている点で同族と言っていいのでしょう。でもそういうところにこそ未来があるのかもしれないのです。まあルイはいろいろあって純血の同族のアズキさんを妻に迎えたけれど、それはレゴシとハルのカップルに対しての配置なのでしょう。異種族交流と混血が進む未来は、主人公カップルが担うのです。そらそうだ、正しい流れです。だからこそ、ルイが好きな私…業だわ。
 こういう作家は、次回作はどんなものを描くんでしょうね? それもまた楽しみです!





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『トスカ』

2021年02月01日 | 観劇記/タイトルた行
 新国立劇場、2021年1月31日14時。

 原作/ヴィクトリアン・サルドゥ、台本/ジュゼッペ・ジャコーザ、ルイージ・イッリカ、作曲/ジャコモ・プッチーニ。
 指揮/ダニエレ・カッレガーリ、演出/アントネッロ・マダウ=ディアツ、再演演出/田口道子、美術/川口直次、衣裳/ピエール・ルチアーノ・カヴァロッティ、管弦楽/東京交響楽団。
 トスカ/キアーラ・イゾットン、カヴァラドッシ/フランチェスコ・メーリ、スカルピア/ダリオ・ソラーリ、アンジェロッティ/久保田真澄。全3幕。

 以前観たものでは、こちらなど。
 オペラってわりと装置がその幕の間ずっとそのまんま、なイメージがあったのですが、前回の『こうもり』も今回の1、3幕もすごくカッコ良く変化して、「おおぉ!」となりました。イヤそこかよ、って感想ですみません、素人なもので…
 でも有名なアリアがいずれも素晴らしく、てか歌がすべて本当に良くて、お話はベタベタでわかりやすく音楽はドラマチックで、とても楽しくエモく観てしまいました。
 私はかつて『動物のお医者さん』でストーリーを押さえたクチなので(笑)、2幕は空気椅子とか首締めとか思い出してちょっとわなわなしかけましたし、トスカが蝋燭持ってきたときはホント笑い出しそうになっちゃいましたが…銃殺隊はちゃんと退場していてよかったです。というか、トスカが身を投げた先を何人かが呆然と覗きに行くのですが、その中の兵士のひとりがゆっくりと帽子を取って胸に捧げ、そこに幕が下りたんですよね。泣いてしまいました…
 しかしスカルピア、「嫌がる女をものにするのが楽しい」とか歌っちゃって、ホント極悪非道な役だな。でもやるならカヴァラドッシより楽しそう、とも思ってしまいました。トスカもホントやきもち焼きで口やかましくて困った女なんですけど、いじらしくて可愛い人ですよね。そしてこれもナポレオン時代の物語だったのだなあ…
 トスカの「歌に生き、恋に生き」は本当に低音も高音もピアノもフォルテもそれはそれは素晴らしく、人間の声ってすごい…!と震えました。
 来日公演がまだまだ難しい状況でしょうが、また好きな演目と機会を見つけてオペラやバレエも観ていきたいなと思いました。会場もよく埋まっていましたし、芸術はちゃんと愛されているし必要とされているんだよ、とひしひしと感じた1月の終わりでした。


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