駒子の備忘録

観劇記と乱読日記、愛蔵コミック・コラムなどなど

『楽屋』

2021年06月13日 | 観劇記/タイトルか行
 博品館劇場、2021年6月11日14時。

 作/清水邦夫、演出/稲葉賀恵。70分の全1幕。

 タイトルと、女優4人の芝居であることと、その女優4人ともが好きなのでそれだけで観に行きました。有名な戯曲だそうですね。そして作家はこの春に亡くなったんだとか。ご冥福をお祈りします。
 というわけで内容を全然知らずに行き、かつプログラムの配布や販売などがなかったのでまっさらで観ました。タイトルからしてバックステージものなんだろうと予想はつく、程度。
 舞台の上には、ちょっと古めかしい感じの楽屋のセット。鏡は置かれていないけれどそれがある体の、鏡台というかいわゆるお化粧前と呼ばれるテーブルと椅子に、衣装らしきものがかかったハンガー、舞台へ続くのであろう戸口など。幕はなく、一度暗転して、次に明転したら始まる形でしたが、暗転の間に女優ふたりが音もなく板付いていてちょっと驚きました。もちろんこのパターンの幕開きの場合、たいてい役者はそう音は立てないものですが、それにしたって気配がなさすぎました。それって…とあとから思うのでした。
 楽屋着らしきものをまとい、舞台化粧に余念がない様子のこのふたりが小野妃香里と大月さゆ。小野妃香里の楽屋着は古風にも浴衣です。そこへお嬢さんっぽいお衣装と金髪らしき鬘をつけたユミコこと彩吹真央演じる女優が現れ、台詞をさらい始める。『かもめ』のニーナです。
 ここで妙に笑うおじさんが客席にいて、何がおもしろいのか私にはさっぱりわかりませんでした。ニーナの台詞が大仰だということならチェーホフに唾する気なんかいと思うし、台詞や動きをやってみながら自分がどう見えるか確認する女優の姿は確かに少し滑稽だけれど、チャーミングだし女優として当然のことでもあってそんなに大笑いするようなことではないと思うし、彼女が楽屋にいるふたりを無視している様子なのがふたりをいじめているようでおもしろいのだとしたら女の争いをおもしろがるこういう男ってホント愚劣…としか私には思えませんでした。のちに設定がわかってくるにつれて、なおさら爆笑するような場面ではなかったと思うようになるのですが、ホントなんだったんだろう…? 有名な戯曲だというし、偏見かもしれませんが出演者のファンにも見えなかったので、筋を知っていて観に来ているような客だったのだとしたら、なおさらこれで笑う神経を疑います。笑っていたのは最初だけで、そのあと出てくるユーモラスな場面では声も立てていなかったから、寝ちゃったのかもしれませんね。すみません悪意で言っています。もちろん舞台が眠かったという意味ではありません。
 台詞をさらう女優は他のふたりを無視するように、出番のためにさっさと楽屋を出て行きます。「あれで四十よ」と言う大月さゆは、しかしそんなに歳上にも見えない。そもそも学年どっちがどうだっけ? 娘役って早く出世して早くやめるから学年順がバグるんだよな…とか思いつつ眺めているうちに、ふたりの会話から、確かに楽屋の様子は現代というよりは昭和感があるなとは思っていましたがふたりが戦前とか戦後とか言うほどでは…と思い至り、やがて、彼女たちがその時代に生きて今は死んでいてただ楽屋に居座っているだけの幽霊なのだ、と気づかされます。
 さらに木村花代演じる四人目の女優が現れる。女優というか、ユミコ演じる女優のプロンプターだったのが体調を崩して入院していて、そこから戻ったところらしい、と徐々にわかってくるのですが、それまでは彼女もまた楽屋で高らかにニーナの台詞をさらってみせます。ユミコがいつもトチる台詞も彼女はスムーズに発声します。そしてユミコに、役を返すように迫る…
 ネタバレすると、彼女は精神に若干変調をきたしていて、ユミコとの争いで打ちどころが悪かったらしく、やがて幽霊となって楽屋のふたりに加わることになります。そして3人だから、と『三人姉妹』を演じ始めるのです。彼女たちは生きていたころも大部屋女優として脇役を務める他はプロンプについていたので、どんな作品のどんな役でも台詞は完璧に入っているのでした。そして有名なラストの台詞「生きていかなくっちゃ」を迫真の演技で言う。ライトが当たり、やがて絞られ、暗転…また明るくなると、空っぽの楽屋だけが浮かび上がり、また暗転して、終演です。
 木村花代に言われるまで、ふたりの女優はずっと舞台の支度だけをして、また思い出話だけをしながら、けれど舞台に立つことはないままに楽屋で時を過ごしてきました。でも、木村花代がやろうと言い、楽屋でだけれど、芝居を始める。芝居ができて、大役が演じられて、彼女たちは満足し、成仏してしまった…ということなのでしょうか。それで彼女たちは幸せだったのでしょうか。彼女たちの舞台を観た観客はいなかったのだけれど。もちろん私たちは別にして…
 若い女優に追い立てられて焦りを感じていようと、ユミコは女優は続ける、主役は譲らないと豪語して、楽屋を出て行きました。彼女を含めて、この女優4人の、役とか演目とか芝居とか舞台に賭ける愛と執着のなんと強いことか…その強さが恐ろしくまた愛しい、せつない作品でした。長く愛されるだけのことはありますね。そして、なのでなおさら、チェーホフに唾することなんかできないぞ、とも思うのでした。
 そういえば去年公演が中止となった『桜の園』は、その後なんとかなりそうではないのかなあ…ケラさんのチェーホフ・シリーズ、ちゃんと観てきているのでこれもぜひ観たいです。というか今まで観てきたからこそこの作品も味わえたのだと思うと、偉いぞ自分、とも思うのでした。蓄積、大事。そしてまた他にもいろいろ観ていきたい、この演目も客入りはそんなに良くないようだったけれど、変わらず劇場を愛していきたい、と思うのでした。4人ともとても素敵でした。




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