駒子の備忘録

観劇記と乱読日記、愛蔵コミック・コラムなどなど

宝塚歌劇星組『エル・アルコン/Ray』

2020年11月27日 | 観劇記/タイトルあ行
 梅田芸術劇場、2020年11月26日13時。

 16世紀後半のヨーロッパ。海上では、強大な勢力を誇るスペインに対して、イギリス、フランスが覇権を争う熾烈な戦いを繰り広げていた。イギリス海軍中佐でありながら、スペインに強い憧れを抱くティリアン・パーシモン(礼真琴)には胸に秘めた大きな野望があった。それは、いつの日かスペイン無敵艦隊を率いて世界の七つの海を制覇すること。スペイン貴族の血を引く母(万里柚美)を持つティリアンは、母の従弟であるスペイン出身のイギリス海軍士官ジェラード・ペルー(綺城ひか理)に大きな影響を受け、大海原を翔る夢へと突き進む。最初の標的は港町プリマスの大商人グレゴリー・ベネディクト(輝咲玲央)。彼の息子ルミナス・レッド・ベネディクト(愛月ひかる)はティリアンの眼差しにどこか不穏なものを感じるが…
 原作/青池保子、脚本・演出/齋藤吉正、作曲・編曲/寺嶋民哉、青木朝子。2007年初演。

 私はアイーダとかシャンドン伯爵は観ているんだけどトップ時代のトウコは実は『スカピン』しか生で観ていなくて、卒業して女優さんになってからの方がずっと好きでそちらはけっこう観ています。なのでこの作品は以前スカステで見たことしかなく、役が多いばかりで焦点がよくわからない話だなという印象くらいしかありませんでした。主題歌や「七つの海七つの空」は印象的だし、盆やセリを活用したプロローグなんかは生で観ていたらたぎったのかもしれないな、とは思いました。また私は原作漫画も未読なので(『エロイカより愛をこめて』『』『アルカサル』は愛蔵しているのですが。なので『アルカサル』の舞台化の不出来には怒りまくりましたが)、読んでいて脳内フォローができていればまた違ったのかもしれません。結局今回も読まないままに、再演に特にワクテカもせず、公演後半に出かける体たらくでした。
 で、もともと全ツ用だったためか盆もセリも使われないことやセットがショボいことなんかはともかくとして、やっぱりやたらと登場人物が多く、クルクルパタパタ話が進むんだけど誰が何をしたくて誰とどう争っているのかよくわからず、イヤわかるんですけれどだからどーしたという気持ちにしかなれず、ノリきれないまま眺めているだけの観劇になってしまいました。
 思ったのですが、この作品に足りないのは「海賊王に!おれはなる!!」ですね。つまり、別にダーク・ヒーローだかダーティー・ヒーローだか知りませんが、野心や野望があってそのためにならどんな非道なこともする冷酷な男、が主人公でも別に物語は成立すると思うんですよ。その野心に観客が共感できなくても、それはそれで問題ない場合もあります。でも、この作品は彼の野心や野望が何かをまったく提示してくれないのです。そりゃ共感も何もあったもんじゃありません。だってわかんないんだもん。それじゃ話についていけませんよ。
 ティリアンは己が野望についてまったく語りません。何をどうしたいのか、何故そうしたいのか、作中でまったく語っていないのです。だから観客は彼の意図が何もわからず、ただただ彼の行動が不可解で、ついていけなくてボーッと眺めるだけしかできなくなってしまうのです。なんかやたらとモノローグの録音台詞がありましたが、そんなものよりこの脚本に必要なことは「主人公の目的が何かを語ること」です。冒頭のあらすじはプログラムから書き写したものですが、終演後に帰京の新幹線でプログラムのこの部分を読んで私は仰天しましたもん。「ティリアンってスペイン海軍のトップになりたかったの!? そんなこと言ってたっけ!?!?」と。七つの海がどうしたこうした、ということはしつこいくらいに歌っていましたが、ただ海が待つとか空が誘うとか言ってただけじゃないですか。彼自身が何をしたいどうしたいとは全然言ってくれなかったじゃないですか。翼がどうとかはばたいてどうとか、そんな抽象的なことじゃなくて、もっと具体的に言わせなきゃダメなんだよヨシマサ…それが敗因ですよ。必要だったのは「海賊王に!おれはなる!!」だよ、と言ったのは、そういう意味です。
 少年ティリアン(二條華)はイギリス貴族の父親(朱紫令真)に「スペイン人め」と罵られている。母親がスペイン人の愛人との間に産んだ子だから…と私は解釈していて、血が半分だけでも外国人扱いなのか、この時代の人種とか国籍とかのこだわり具合がよくわからんなー、とか思っていたのですが、どうやら母親がそもそもスペイン貴族だったそうですね(プログラムにはありましたが、脚本にありました?)。ならなんにせよ自分の子供が半分スペイン人になるのは結婚前から自明のことだったのでは…でもそうやって貶めておきながらも嫡子扱いはしていたんですね、パーシモン卿よくわからん…
 というのも私はプリマスの場面で海軍士官として現れたティリアンを、ああスペインの海軍に入ったのね、父に疎まれ本当の父かもしれないジェラードに憧れて、自意識としてはスペイン人として成人したんだもんね、と思ったのですよ。そしたらイギリス軍人だった…で、なんで? この人いったい何がしたいの? となっちゃったんですね。だからこのあたりで野望を語らせておいてくれたらよかったと思うのです。父親のことは嫌いだけれどその家名はありがたく利用する、それを足がかりにまずイギリス海軍でのし上がってやる、そしてそれを土産にスペインに亡命し、無敵艦隊の大提督になって世界を制覇し君臨してやるのだ…とかなんとか、さ。その一言があるだけで全然違ったと思うんですよね。でもクールビューティーを装ってんだかなんだか知らないけれど、ティリアンは全然言わないじゃないですか。いくら誰にも本心を明かさない、自分自身しか信じていないようなキャラなんだとしても、舞台作品としては主人公の意図や心情を観客に明かさないでどーする、って話ですよ。それこそ録音モノローグでもなんでも使えばいいじゃないですか。それか歌ですよ、歌詞で語らせるんですよ。さすがに原作漫画にはちゃんとあった…んで、しょ? 知らんけど。
 一方、わかりやすかったのはルミナス・レッドで、父親が冤罪で死刑にされた復讐で…ってのはとてもよくわかります。ちゃんと台詞で言ってるしね。それでなんで海賊になるのか、正義の海賊ってなんなんだ、ってのはつっこみたいけど、そこは目をつぶってもいい。てか久々の白い役をキラキラがんばる愛ちゃんが美しくて目がつぶれました(笑)。
 でもこれが唯一わかる例で、あとはたとえばヒロインのギルダ・ラバンヌ(舞空瞳)もよくわかりませんでした。プログラムによればフランス貴族だそうだけれど(しつこいけど、脚本にありました?)、なんで貴族の令嬢が女海賊なんかやってるの? それとも領地がなんちゃらいう島だそうだから、単に領地と領海をイギリスだのスペインだのの他国から守るために船で巡視してるってこと? それは海賊とは言わないのでは…海賊と言われるからには客船とか貨物船を襲って積み荷を奪って、転売するかそれで食うかを生業としているってことでしょ? 違うの? でもそれって貴族のすることか? てか海賊の定義って何…??
 とにかく、こういう曖昧さや誰も目的を語らないという脚本構成上の問題が、最後まで大きく尾を引いていると思いました。
 そしてもうひとつの大きな問題点は、ティリアンの女性問題(笑)です。いや「(笑)」なんて書いていいことじゃないんですけれどね、男性の下半身問題を女性問題と呼ぶなって話ですけどね。
 イヤこの時代も、なんなら今も、女性の立場は未だ弱くて家庭内レイプもデートレイプも告発されていないだけでめちゃくちゃたくさん起きていて、まあでもそれは単なる事実でしかないとは言えるんですけれど、でもそれを当時の少女漫画で、また初演当時の宝塚歌劇でそして今の宝塚歌劇でこう扱うことの、フィクションの功罪という問題があるじゃないですか。で、ペネロープ(有沙瞳)はティリアンに気があったんだからええやろとか、ギルダに関しても特に今回のこっちゃんティリアンはけっこうマジでひっとんギルダを好きっぽく見えたからええやろとかギルダの方も好きで最後は受け入れてティリアンを抱き寄せてるんだからええやろとか、とにかくそういうロマンティック・フィルターかけてごまかそうとしていますけれど、でも要するにレイプじゃん、というふうにしかもう見えなくなってきていると思うのですよ、たとえゆっくりとではあっても世界は進んでいるので。同意なき性行為は暴力です、犯罪です、人権蹂躙です。しかもペネロープに至っては殺されちゃうじゃないですか、しかもティリアンに。これってけっこうひどくないですか? 私はけっこうショックでした。
 だから私はラスト、レッドがティリアンを斬ってくれて安心しましたもん。そりゃそうだよね、正義は勝たないとね、悪人は罰されないとね、それが物語だよ、と思いましたもん。初演時、観劇した青池先生はティリアンがかわいそうと泣いたそうですが、それはこの志半ばで倒れたことについて言っているのでしょうか。でもじゃあペネロープはかわいそうではないのか。主人公だからといって他人を罠にはめ強姦し殺し殺させた報いを受けなくてもいいというのか。女性もまたこのミソジニー社会で育つので女性嫌悪を内在化させてしまうことは多く、少女漫画だからといってフェミニズム的にダメなものも残念ながら意外に多いのが現状です。特にいわゆるフツーの異性愛ラブロマンスをあまり描かない作家には、その根底に複雑な女性嫌悪があることが多いと私は考えていて、読むには実はけっこう注意が必要です。そこに繊細な留意ができない男性演出家に、宝塚歌劇として舞台化される恐ろしさたるや…!
 このラストは物語として正しい帰結、美しい決着だったと私は思います。さらには、レッド自身は実はティリアンの死を確信できていなくて、でももう父親の復讐とかそういうことは忘れて、ただ仲間たちとさらなる大海原へ漕ぎ出そう、と笑って終わるのが、いい。ティリアンはスペインの大提督になりたい、故郷に錦を飾ってみせる、いじめた周りを見返してやる、みたいな野望を抱いていたわけですが、それって実はけっこうみみっちいレベルのことで、より大きな意味ではここではないどこか、もっと広いところでもっと大きな何かを成し遂げたい、みたいなことを望んでいたわけであって、それは今に生きる全人類にも通じるようなある種普遍的な想いですよね。そしてそれをレッドが継ぐのです。皮肉なようで、美しい帰結です。そして彼の傍らには、港で泣いて待つ女ではなく、ともに仲間として生きる女であるジュリエット(桜庭舞)がいる…美しい構図です。白いお衣装になったティリアンとギルダが歌い踊って幕を下ろすのは、天国の幻想としても、宝塚歌劇のお約束としてもまた美しい。せめてもの救いです。実によくできたラストではないですか!
 でも、もう、これで気がすんだでしょう、もういいでしょう。海賊というモチーフに人気があるというのなら、ピカレスク・ロマンをやりたいというのなら、次はオリジナルで、現代の感性と演出家の個性で新作を作ればいいのです。トウコからチエちゃん、こっちゃんというのはまさしく「星を継ぐ者」の正統な系譜ですが、今回のレッドは愛ちゃんです。トップスターより上級生の二番手スターという逆転が起きている、ここで堰は止まっているのです。もう下へ、先へと流していかなくていいのです。よしんば今客席でこれを観て感動して入団せんとする若き乙女がいるのだとしても、彼女のためには彼女のための新しい作品を用意しましょう。再演に耐える作品とそうでない作品、という区別は絶対にあります。
 みっちゃんの『大海賊』もそうでしたが、トップ就任のご褒美に当人の希望の作品をやらせてあげるってのは、いいっちゃいいけどでも、一番に喜ばせるべきなのは観客だからさ…あれも発表時に再演するほどの作品じゃねーだろと思ったし実際に再演の出来もその程度だったし、今回もやはりプロデューサーその他劇団側がもうちょっと熟考すべき案件だったのではないでしょうか。生徒は若くてその視野は狭いんだからさ、オトナがなんとかしてあげないと…てかどんだけ人気なんだ海賊。わからん。ショーでならアリな気はしますけどね…
 こっちゃん、ひっとん始め生徒はバイト含めみんな大活躍大熱演で、楽しそうだったのでそれはよかったです。公演期間がずいぶんと短いのは、まあ残念ですが仕方ないところでもあり、次の本公演を楽しみに待ちたいと思います。

 ショーの本公演版の感想はこちら。まるっと変わった場面も、部分的に改変された箇所もけっこう多く、新鮮に楽しめました。しかし『シラノ』側に娘役があまり出ていないこともあって、こちらは目が足りなかったなー。みんな鬘も変えてきてるしさー、はるこもくらっちもまめちゃんもにじょはなもきらり杏ちゃんも都優奈ちゃんもミズノちゃんも俺たちのるりはなも星咲希ちゃんも観たいんだよ忙しいんだよ!
 そしてひっとんの進化は目覚ましいですね! もともとなんでもできる人だったけれど、霊夢の場面の身体の利きっぷりがすごかったし、霊鳥とっぱしの歌もすごく立派でした。強いて言えば今までは歌が弱かったと思うけれど、もはやまったく問題なくなりましたよね。でも新ギリシャ場面は、あのお衣装にはロングヘアの方がよかったかも。ちょっとスポーティーすぎませんでした? フィナーレの娘役群舞のときのピンクのドレスが大好物なんですが、ここも鬘を変えてきてめっちゃキュートだった! そしてめっちゃ振りの多いデュエダンをキビキビと、でも情感もこめて踊れて、ホントすごい!! ジュリエット楽しみだなー、がつんと芝居が観られるといいなー。
 男役はこっちゃん愛ちゃんあかちゃんぴーあまとくんと、みんなタイプが違って良きでした。咲城くんや湊くんや夕陽くんも推されてるんだな、とは感じましたがなんせ忙しくて目が足りず、まだちゃんと認識できていないかな…ごめん…今後がんばります。
 年内は『シラノ』がラスト遠征予定です。引き続き感染予防に努め、さくっと日帰りしてきたいと思っています。みなさまもどうぞご安全に…!





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