認知症の症状が相当進行した90歳のお爺さんゼヴ・グットマン(クリストファー・プラマー)は、眠ると大方のことは忘れてしまい、1週間前に亡くなった妻ルースの名前を必ず呼んで目覚めるのであった。
そんなゼヴに、同じ老人ホームに暮らすマックス(マーティン・ランドー)が「覚えているか? ルースが亡くなった後、俺たちが誓ったことを?」と尋ねる。当然覚えていないゼヴ。しかし、マックスは「いいんだ覚えていなくても、ここに全て書いてある」といって1通の手紙をゼヴに手渡す。その手紙に書いてある通りに行動すれば、2人が誓ったことをやり遂げる手筈になっているという。
2人が誓ったこと、、、それは、アウシュヴィッツの収容所でナチス親衛隊の一員として働いていた男“ルディ・コランダー”を殺すこと。なぜなら、2人はアウシュヴィッツの生き残りだったからである。
身分を偽り、アメリカに渡って“ルディ・コランダー”として生きている、元SS隊員を探すゼヴの一人旅が始まる。ルディ・コランダーという同姓同名の人間は4人に絞られている。頼るは1通の手紙だけ、、、。4人のルディ・コランダーを、1人ずつ訪ね始めるゼヴ。果たして、ゼヴは目的を遂げられるのか。
精神科医の斎藤環氏がツイッターで、なかなか良い作品だ、みたいなことを書いていたので、あんまり詳しい作品紹介は読まずに見に行きました。本作をご覧になる予定のある方は、ネタバレを知らない方が良いと思います。一応、ウリも、驚愕のラスト5分、、、みたいになっていますし。……でも、ネタバレを知って見ると、また違う見方が出来て、それも良いのかも知れません。
いずれにせよ、ここから先は、思いっ切りネタバレバレの感想です。
◆このオチは、アリか、ナシか!?
このオチを受け入れられるか、受け入れられないかで、本作の評価は恐らく真っ二つに分かれるでしょうねぇ、、、。
私は、受け入れられないクチでした。
ネタバレですよ!!
そのオチとは、、、誰あろう、ゼヴ自身こそが、探していたルディ・コランダーその人だった、というもの。
つまり、本当のアウシュヴィッツの生き残りはマックスだけで、マックスは施設でゼヴと出会い、ゼヴこそがナチの残党と確信したことから、計画を思い付き、ゼヴに手紙を渡した、、、ということ。……なんですが。
人によっては途中で予想がついた、と書いている人もいらっしゃいましたが、私はゼンゼン。だって、そんなことになったら、オハナシそのものが、もう無茶苦茶になってしまうもの。
いくら認知症だからって、自分が本当はドイツ人のSS隊員でありユダヤ人ではないことを完全に忘れてしまうって、、、そりゃ絶対ないとは言いませんけれども、このストーリーのように、都合よくそこだけ記憶が脱落していることなんて、ちょっと考えられません。
ゼヴは、認知症とはいえ、妻や息子たち、施設の職員たちの顔や名前はちゃんと判別できていますし、その人と自分の関係性も分かっています。ということは、自分の過去についても、忘れていることはあっても、元SS隊員で、アメリカではナチの残党として別人格を生きてきたことを、丸ごと、100%、すっぽり忘れ去る、なんて、、、あまりにも不自然というか、違和感があります。
ゼヴが、とにかく何にも覚えていないという爺さんだったら、このオチはアリだと思うけど、だとしたら、ゼヴの最期にとった行動はああはならないでしょう。
そこに至るまで、ツッコミどころが色々あるとはいえ、全体にスリリングで緊張感に満ちた展開が続いてきたので、ラストのラストで、そりゃないよ、、、と思っちゃいました。
見終わった後、もう一度、斎藤氏のツイッター文章を改めて読んだら、「ただこれは、さすがにネタバレできない作品で二回観るのはむずかしいかな? ただなあ、精神科医としてはどうしても、アレとコレをナニするのはちょっと無理がありすぎ、的なツッコミは不可避だなあ」と書いてありました。「アレとコレをナニする」の意味が分かりませんけど、恐らく、認知症に関することでしょう。
現実離れした話でも構わないんだけれども、あまりにも、、、なんつーか、“実はゼヴは宇宙人でした”と大差ないオチで、違う意味で衝撃的でした、、、ごーん。
◆オチを知ってみれば、ツッコミどころもなるほどと。
ツッコミどころが色々あると書きましたけど、例えば、拳銃を使ったことがないはずのゼヴが、実に見事に人の腹と頭を打ちぬいて殺害しているシーンですかね。オチを知れば、なるほど、と分かりますけれど。
あと、やはり、最大のツッコミは、マックスの企みは、念が入っているようで、かなり杜撰なこと。ゼヴがこの計画をやり遂げる保証はそもそもなく、途中でやーめた、になる可能性は低くない。
マックスが何でこれをゼヴに何が何でもやらせようとするのか、というのは、見ている間、確かに疑問ではありました。自分が車いすで動き回れないから、ということだと解しましたが、なんつーか、結構図々しい爺ぃだな、と思っちゃいまして。人を顎で使っている、みたいな感じを受けたというか。、、、ま、実際、顎で使ってたってことですな、オチから見れば。
監督は、アトム・エゴヤン。彼の作品は、『白い沈黙』しか見たことがなくて、しかも『白い沈黙』は、まあ悪くないけど、ちょっとなぁ、、、的な感じだったので、正直、あんまし期待はしていませんでした。でも、終盤までは本当に、なかなか見せてくれる展開だったので、「お、今回は結構イイかも!」なーんて思った直後に、あのオチだもの。やってくれるよ、エゴヤン。
アイデアは面白いし、今という時代がこういう話(ナチの残党追跡)を描けるギリギリでもあるし、そういう意味では、エンタメ要素もありながら、存在意義もある作品に十分なり得たかも知れないのに。
このオチを受け入れられる人と受け入れられない人の比率って、どんくらいなのかなぁ。受け入れられる人の方が多いのかな、、、。ちょっと興味ありますね。
◆その他モロモロ
ブルーノ・ガンツが出演しているというのは知っていたので、どこで出てくるのかな? と思っていたら、ルディ・コランダーの1人目。結構、あっさりな出演でした。
後ろで糸を引いていたマックスを演じたのは、マーティン・ランドー。大それた計画を立てた悪人、、、というわけではなく、マックスはマックスなりに葛藤はあったように感じました。その辺りの微妙な演技を巧みにされていました。
そして何と言っても、本作を終盤まで緊張感を持って牽引してくれているのはクリストファー・プラマーです。もう、素晴らしい。危なっかしさと、強さを見事に両立させた演技です。途中、ピアノを弾くシーンがあるのですが、吹替えではなく(音は吹替えかも知れませんが)、実に流麗な演奏シーンを見せてくれています。鍵盤を叩く手も、手首が上がっていて、美しい。さすが、トラップ大佐、楽器はお手の物ですな。
ちなみに、彼がピアノを弾くシーンは2回あり、最初は、メンデルスゾーン(ユダヤ人)、2回目はワーグナー(反ユダヤ主義者)。これはなかなか思わせぶりですよねぇ。メンデルスゾーンを華麗に弾きこなすゼヴを見て、ゼヴがユダヤ人だと観客は確信しちゃう。が、2回目のワーグナーで、え、、、?となる。これは、その後のセリフにも出てきますけれど。ま、エゴヤンの思惑にバッチリ私は引っ掛かった訳です。
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