goo

安鶴在世記(2) 狐の証文の事(二)


(挿絵 - 真九郎狐、唐木屋の普請所に睡眠(うたたね)して、はからず、安鶴に打たる。)

安鶴在世記の解読を続ける。

その日、伝馬町大和屋半兵衛方にて、庚申祭ありて、我と政蔵両人呼ばれければ、夕方より八人芸道具等を持ち出で、宮ヶ崎町へいたり政蔵を連れ立て、半兵衛方にいたり、いそ/\芸をいたし、その夜九つ時に立ち帰り、熊鷹橋御城端を帰り、政蔵が門口まで同道いたし、ここにて別れ、我一人家に立ち帰り、

その夜は過ぎ、また翌日仕事に参りながら、政蔵方に立ち寄りしが、不思議なるかな、政蔵女房おしん、我が顔を見るより、大音上げてたちまち座敷に駆け込み、早くもふとんを被り、泣叫びしゆえ、何ごとやらんと政蔵に問いけれど、事の様子、一向何やらん訳の知れざれば、我はそのまゝ唐木屋へ参り、仕事いたし、

また暮れ方に見舞がてら、政蔵方に立寄りしが、また/\大音あげて泣きいだし、あわてふためくゆえ、我もいよ/\不思議に思い、早や/\医者にも見せしかと問いければ、先刻見せしに、この病いは血の病いにして、狂人になりたると申す事ゆえ、まず薬を用いおるなりと云わるゝゆえ、我も見舞を云いつゝ、いとま申し立ち帰りけり。

その頃、江戸出生にて、袋物師久蔵と申す者、同町に住居して、これも昔噺しなどいたし、芸友達なりしが、ある日手紙を送られ、一両日のうちに参られよとの事なれば、安鶴早速久蔵方へ参り、何やらん用事の様子承わらんと云いければ、久蔵曰く、余の義にてはこれなし。何時ぞや政蔵方へ行かれしとき、何か不思議なる事はなかりしやと問いければ、

別段不思議はなけれども、政蔵妻女、我が顔を見て、たちまち泣き叫びしが不思議なりと申せば、久蔵ひそかに問いけるは、汝かの妻に心を通わす事にてもありしやと云う。安鶴、意外の事にて、我決してその様なる姦淫(みだり)なる事なしと答えけれど、久蔵はなお疑い、もとよりかの女は気の小さき者なれど、まさしく訳ありて、汝打擲にてもなしたるに相違あるまじ。汝の顔を見るごとに、泣き叫ぶは、如何にも不審なりと詰(なじ)り問う。

安鶴もとより秋毫(すこし)も身に覚えのなき事なれば、如何なる詮議に及ぶとも、潔白に言解(とか)んと答う。久蔵いさゝか疑いひらけ、然らば如何にも不思議なり。汝を見るごとに泣き叫び、見ざるときは、生常(つね)の如くなれば、蜜(ひそか)に情由(わけ)にてもある様子に思われ、政蔵よりも頼まれし故、云々(しかじか)なり。
※ 秋毫(しゅうごう)- きわめてわずかなこと。少し。

然れども一向身に覚えのなきよしなれば、久蔵も詮方なく、然らば暫くの間、政蔵方へは遠ざかり、行かざるようにとの頼み、安鶴許諾し立ち帰り、そののちは音信(おとづれ)もなさで打ち過ぎけり。
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )
« 安鶴在世記(... 安鶴在世記(... »
 
コメント
 
コメントはありません。
コメントを投稿する
 
名前
タイトル
URL
コメント
コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。