たまおのページ

猫と遊びと旅のページ。
他にも「ボヤキ、グチ、ネタミ、ソネミ、イヤミ」などなど(^O^)/

ひつよーとされる

2012年08月31日 | Weblog
 8月31日

 必要とされる場所、こと

 人って、<生きがいは>はそれぞれいろいろありますが、
「必要とされていること。」も その一つじゃないかねぇ。
自分だけの生きがいと、他人に与える(影響する)生きがい
があると思います。

 家庭や仕事、地域やサークルなどなど。とにかくそこで
必要とされている。って思うことで生きていくことができる。
生きていく「張り合い」がある。っていうこともありますよ。
 
 中には面白可笑しく生きていければいい。っていうだけの
人もいるんでしょうが、殆どの人は「誰かに頼りにされる。」
「必要とされる。」と思いながら毎日を暮らしているんじゃ
ないでしょか?

 アタイ、会社の仕事(中身)では必要とされていませんねぇ。
アタイが必要とされているのは職場環境の向上ですよ。
 というか、和み系・癒し系として。ってことです。
 釣りバカの浜ちゃんまではいきませんが、それなりに会社
の中をフンワリさせることができていると自負しています。

 だからといって、アタイが本当に必要なわけではありま
せんね。仕事そのものとしてはね。
 ワンマン社長とか、世界的な発明をするような技術者や
研究者ぐらいですかねぇ。「どうしても必要だ」と思える
人間ってさ。

 その人が いたほうがよい っていう程度でしょ。だいたいは。
 地位なんてのは、首相から町会長まで、いつでもだれにでも
交代できますからねぇ。アタイも「あなたじゃなければ」なんて
言われて、あちこちで団体の役を引き受けてきましたが、本当は
誰でもいいんじゃないの? って思いますね。
(でも、アタイは好きで役員になったりしてますがね)(笑)

 どんな組織だって、次々交代することによって、活力維持
ですもの。よっぽどですよ何十年も最高権力者でいられる人
ってね。

 これが会社とかじゃなくって、職人や芸術・芸能など、
個人の腕が命。っていう職の場合は違いますよね。
 その人がいなくなったら技能が途切れるとか至高の人とかね。
人間国宝とかもそうですよね。個人の能力を評価しているん
ですから。
 
 そいでね。長島が引退した、イチローが移籍した。そのことに
よって楽しみが減ったとか、チームが弱くなったというのは
あるかもしれないけれど、なんだかんだいってもチームが
なくなったりしませんよね。(その程度ですよ 生きがい)
 だれかが代わりを務めるんです。(代わりを求める、代わりを
見つけだす、代わりをさせる)

 とにかくほんの一握りですよ。大多数の人は「必要とされて
いる。」って思いながら(思いこみながら)日々の生活ですよ。
いいんじゃないの、家庭だろうと、職場だろうと、地域活動や
サークルだったって。自分は必要な人間なんだ!ですよ。
 いじめられても、「どこかに必要としている人がいる」
「必要とされている」と思ってアッチから迎えに来るまでは
コッチから往かないようにしましょ。です。
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ぽんがしや

2012年08月30日 | Weblog
 8月 30日

 生家にはポン菓子屋さんがきていました。

 年に数回(2~3回)来ていたと思います。
 生家の狭い庭にポン菓子の機械を据え付けて、
圧力が高くなると留め金を「バシッ」と外すと
パンッ!とかボンッ!!とかいうような大きな音が
して、小さなポン菓子機の中からお米や餅が飛びだす
んですよ。
 (といっても、飛び出すところは煙で見えませんね)

 なんで思い出したかというと、先日のラジオ番組に
今でもポン菓子機を製造販売およびイベントなどで
実演している会社の創業者が出演して話をしていたん
ですよ。

 良家のお嬢さんだったそうですが、なぜポン菓子製造機を
作るようになったか。というか、苦労話をしていまし
たよ。
 ポン菓子については、以前にもこのブログネタにした
ことがあったんですが、昔懐かしい思い出なので、再度
カキコです。

 その人の話の中で、今はプロパンで加熱(加圧)して
いるそうですが、米は10気圧、とうもろこしは6気圧など、
材料によって、かける圧力を違えているということでした。

 今ではプロパン。そうなんですよ。アタイが子どもの
ころは薪を燃やして加熱でしたね。
 鋳物で造ったような本体をハンドルでグルグル回しながら
加熱していきます。(直径30cmぐらいだったと思う
んですが、記憶が曖昧です)

 リヤカーに機械一式を乗せて、2人でやってきます。
 我が家は場所の提供をしていたので、多少のサービスが
あったようですが、サービス内容については知りません。

 当然ですが、生家が一番最初にやってもらいます。
 この日のために食べ残したご飯(鍋に焦げ付いていたご飯も)
や小さく砕いておいた餅を天日干しして保存しておいたんです。
 それを庭に据え付けた機械に入れて、薪で加熱していきます。

 ポン菓子屋のオジサンがガラガラと手回しながら圧力計を
何度も確かめ、適した圧力になると機械を火の上から外して
金網でできた大きな筒状の物を排出口に取りつけます。

 んで、留め金を棒でたたくと ボンッ! って白い煙とともに
膨らんだ米が飛び出してくるんですねぇ。(子どもはすかさず
煙の中に飛びこんで、『忍者だぁ』でした)

 怖いんですが、楽しみで不思議で複雑な気分でした。
 だって、小さな本体から飛び出した米は大量ですもの。
どう考えても、あの小さな本体の中に入りきれる量じゃない
ですからね。膨らんだ米が。

 金網から容器に移して、甘味や辛味を好みでつけるんですよ。
生家もアタイの記憶にある最初のころは人工甘味料だったと
思うんですが、そのうちに砂糖になりました。
(水で溶かした砂糖を熱いうちにポン菓子に掛けまぶす)

 アタイ、いくらで ポンッ とやってもらっていたのか知ら
ないんです。そんなに高くはなかったと思うんですが、そいでも
払えない人がいて、そういう人はお金の代わりに米や薪を持って
きてましたね。(大きな音がするので、『あそこにポン菓子屋が
来た』って分かるよね)

 アタイが小学校高学年ぐらいまで、生家の庭でやっていたような
気がします。
 食生活(お菓子や果物)が良くなるとともに、いつの間にか
来なくなりましたね。

 定番は米、餅、とうもろこしなどですが、最近ではマカロニなど
もポン菓子にするんだそうです。
 アタイ、餅や残りご飯もキライではなかったけれど、一番好き
だったのは生米をポンしたものでしたよ。

 各地のイベント会場で実演しているそうですが、アタイは
何年か前に一度見たような? ですね。
 ポン菓子、大量に作ってもらったし、日持ちがするので、一度
ポンすると、オヤツとして何日も食べていましたよ。
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すいかのはなしに

2012年08月29日 | Weblog
 8月29日

 スイカのはなし2。

 前回は田舎でスイカ。でした。
 今回は東京に出てきてからの話。
 こないだ、サークルでキャンプに行っていた。ということを
カキコしましたが、現地で遊んだ中に スイカ割り がありま
した。
 家族や若者が夏の海や山に繰り出せば、スイカ割りは定番
ですよね。

 サークルのキャンプは山でしたので、途中のスーパーや売店
などで安いスイカを買っていきました。
 田舎にあるスーパーには、農家が直接持ち込んだような、形の
悪い安いスイカを隅っこのほうで売っていましたね。

 どうせ割るんですから、形はどうでもいいもんね。
 ってことで、キャンプ場で、目隠しして5回ぐらいグルグルと
体を回転させて、「そっち」「あっち」「そこ」「まえ」「みぎ」
などと無責任な声を掛けて楽しむんですよね。
 「そこだ!」なんて言われても、それを信じてはいけません。
本当はスイカが置いてある場所じゃないんだよね。(笑)

 「種飛ばし」もしましたよ。
 アタイは肺活量があったから、けっこう遠くまで飛ばしていま
したね。
 (そうそう、おまけ の話ですが、下駄飛ばしをしたことも
ありました。下駄がひっくり返ると雨。とかね)

 
 話はかわって別のスイカについて。
 以前住んでいた場所の近くに小さな商店街があって、夏のイベント
として、商店街の「大納涼大会」が開催されたんです。(そんな
おおげさなことではないんですが、商店会が子供向けの屋台を出し
たりしました。今じゃ、その商店街も消滅です)

 アタイは子ども会の役員をしていましたから、納涼大会のお手伝いを
10年ぐらいはやったんじゃないかなぁ?
 ヨーヨー釣り、焼きそば、綿あめ、スイカ割り、輪投げなどなど。

 このときのスイカ割りは、小さめのスイカで、参加できるのは
小学生低学年までだったような記憶ですね。
 スイカが割れなくても、スイカに当たれば貰えましたね。

 納涼大会で、アタイの担当は 綿あめ。地元のイベントや催し
などで、年に何度も綿あめ作りをしていました。
 冬はいいんですが、夏は気温が高くて湿度があるので、綿あめには
最悪の条件ですよ。500~600本ぐらいは作りましたね。
 頭の先から足まで、綿(砂糖)で真っ白になりました。

 納涼大会だったのか、他の行事だったのか忘れましたが、イベント
開催の前日の夜、関係者が集まって最終打ち合わせをしました。
 そこで、そのときの商店会の理事長が「明日はみんなでシッカリ
やりましょう。」というような挨拶をして解散となりました。

 ところが当日、イベント開始時間を過ぎても理事長がやってこない
んです。 みんなで アレェどうしたのかなぁ? 
 んで、だれかが迎えにいったら、なっなんと一家全員で「夜逃げ」
していました。
 あれにはビックリでしたね。 (+_+) チャンチャン。
 
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すいかのはなしいち

2012年08月28日 | Weblog
 8月 28日

 スイカの思いで。

 アタイの田舎、川からの堆積物(主に砂)でできた土地なので、
どこを掘っても、いくら掘っても砂しか出てきません。(土らしい
部分は、ほんの表面だけ)

 ってことで、畑も砂です。作物はネギ類など、砂に適したもの
が特産になっています。
 とはいっても八百屋で売っているような他の野菜も作ってはいま
すがね。

 でね。数は少ないんですが、スイカを植えている農家もありま
した。アタイの母親も オマケ のようなかんじで、数本だけで
すが、スイカを作っていたことがありましたよ。

 夏、朝晩は畑に水撒きをするんですが、アッというまに砂に吸い
込まれてしまうんですよ。
 てなことで、スイカは大きくならないし、甘く熟れるまえに砂の
熱で「焼けて」しまうんですねぇ。(梅雨時期のセンベイみたいに
中途半端なフニャフニャ感のスイカ)

 そいでもそれなりの大きさになったスイカを持ち帰って、井戸で
冷やして包丁で切ると、なっなんと赤いスイカではなくって、白い
スイカなんですよ。(まるっきり 色がついていない→熟れていない)
 あぁ~あ ガックリでした。

 そいでも母親がスイカを作るのは、実家がスイカと梨を栽培
していたからだと思いますね。
 お盆などに里帰りをすると、土産はスイカでした。(昔はバスを
乗り換えて2時間ぐらいはかかったから、手に持ったスイカが重い
んです)

 そのうち、母の実家が車(軽トラック)を使うようになったら、
夏に何度か持ってきてくれるんですよ。現在は自家消費するだけ
しか作っていないみたいですが、それでもお盆ごろにはスイカを
運んできてくれます。

 このスイカは美味かったですよぉ。水分がたっぷりで、齧りつくと
汁がポタポタ落ちました。
 (今じゃあまり果物を食べないアタイですが、子どもの頃はたくさん
食べていました)

 井戸でスイカを冷やしたんですが、ときどき魚が泳いでいた
んですよね。
 ってことは、地下水とはいいながら、どこかで川とつながって
いたんでしょうね。
 
 みんなで縁側(懐かしいねぇ えんがわ)に座って、スイカを食べ
ましたね。水分が多いから、家の中だと果汁で汚れますからね。
 こういうことだけなら、昔に戻ってもいいかな。です。
 つづく 
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あっちからこっちからみる

2012年08月27日 | Weblog
 8月 27日

 先週の毎日新聞。

 木曜日に金子さん担当のコラムがあるんです。
 毎週楽しみにしているんですよ。この人のコラム。
アタイの感性にピッタリなんですよね。世の中を横から
観るような書き方が。

 んで、この人は中国や将軍様の国について詳しい
みたいで、毎回 アノ国に関する裏側から見たような
内容で書いています。

 そいで、先週は尖閣諸島に香港の活動家が上陸した
ことについて。でした。
 記事の中から、アタイが面白いと思ったところを抜き出すと。

 島に先頭で上陸して、中国国旗を振っていた人物は、香港では
それなりに有名な反体制派の活動家だそうで、当局から監視
対象になっているような人物なんだそうです。(中国本土
には危険人物として入境禁止だそうです)

 でね。この人は中国批判のデモなどでも先頭に立っていて、
中国国旗を焼いたりしているんだそうですよ。香港では。
(この人、選挙があると必ず立候補するんだけれど、泡沫候補
なので、落選ばかりなんだってさ。次の選挙では尖閣で名前を
売ったので、得票が増えることが予想されるんだそうです)

 香港の行政長。いつもなら、尖閣諸島に向かう船の出港を
認めていなくて、阻止したりするのに、今回はTV/ラジオ
の同行だったそうです。

 どこの国でも当局に有利になることについては、政治に
使われたりするんですが、こういうふうな角度から見ると、
あの国の複雑な政治情勢が少しは分かるよね。
 
 アタイなんかも、あれは単なる市民や漁師が義憤にかられて
島に上陸したんだろうなぁ。なんて考えていただけだったん
ですがねぇ。
 政権側も反体制側も中国本土も香港も、今回の件では利害が
一致したんでしょ。

 竹島も大統領の指導力低下を挽回するために利用された
みたいだしねえ。困ったものですよ。

 なんでもそうですが、見る方向を変えると、思い込んで
いたことや、それが示す意味まで違ってきますよね。
 多方面から深読みできるかどうかが外交戦略には大切ですよね。
 


 
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こん さーとにいってきました

2012年08月26日 | Weblog
 8月 26日

 みなみこうせつ のコンサートに行ってきました。

 さすがに若い人は少なかったですねぇ。(笑)
 みなさん同窓会の感じでした。母親と娘の二人が
アタイの前に座っていましたが、娘(30歳ぐらい)
はこうせつのコンサートを何度も観ているようで、
歌に合わせてコブシを振り上げていましたね。

 こないだの ようすい よりもズゥ~とよござん
した。ようすい、声があまり出なくなったようで、
楽器の音で誤魔化していましたからね。 
 その点、こうせつ は高音まで伸びていましたよ。
 
 多少は声が嗄れていたみたいですが、歌えば気に
ならないぐらいでしたね。
 バックは3人+α(おまけが一人いましたので計4人)
曲により一人でいくつかの楽器を演奏していました。
・ギターとバンジョーとバイオリン
・ピアノとアコーディオン

 おとなしい って感じの演奏で、こうせつの声が
よく聞こえていたので、ふんとによござんした。
 歌の合間のシャベリも観客の心を捉まえていまし
たよ。

 お客さんの年齢層に合わせたトーク。
 いっしょに歌ったり手拍子したり振り付けのジェスチャー
したりね。
 ふんとに ン十年前の青春時代に戻ったような錯覚
でしたね。

 アタイが知っている曲も多かったので、いっしょに
歌ったりハミングしたり、口パクしていました。
 ご主人も大満足だった2時間半でした。

 コンサート後は晩御飯、以前に一度入ったことのある店を
探したんですが、何年も前でしたから、もうありませんでした。
 そうなると、知らない町で美味しい店を探すのは難しい
ねぇ。

 30分ウロウロしたんですが、よさそうな店がありま
せん。
 そいで、しょうがなくって安い居酒屋チェーンの店に
入ったんですが、食べたいような物がないんですよね。

 その店の椅子には座ったんですが、注文しないで出てし
まいましたよ。
 当たるか外れるか分からない店に入るよりも、馴染みの
店がいいか。
 ってことで、空腹をかかえて、たまに食べに行く中華屋
さんに向かいました。

 やはり料理の質が分かっている店は安心だねぇ。
 お腹イッパイ食べました。メデタシめでたし。
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すいえーいろいろ

2012年08月25日 | Weblog
 8月 25日

 今年の五輪では競泳選手が大活躍でした。

 アタイは”泳げないプール”がキライです。
 大都市のレジャープールは 芋洗い 状態になります
からねぇ。(一度だけですが としまえんプール に
行ったことがあります)

 ふんとに競泳用のプールみたいに泳ぐコースだけ。
っていうのが好きです。
 小中高とプールの無い学校でしたから、こどものころは
海で泳いでいました。
 アタイ、海で2回溺れて死ぬ直前を経験していますから、
本当は海が怖いんだけどね。

 ある時期は数キロ離れている製紙工場からの廃液で
海が汚れてしまい泳げなくなりました。
 (今は処理してから排出しているんでしょ、割とキレイな
海に戻っています)

 夜、夏の砂浜で寝ころんでいると、小さい波の音(凪)
海面は夜光虫でキラキラ、空には星がキラリ。
 まだ昼間の熱が残っている砂が心地よくって、スィ~と
空に向かって浮き上がるような気分になりましたね。
(夜の海で泳いだことがありましたが、やはり怖くて
すぐにあがってしまいましたよ)

 アタイの会社、賃金が少ないんだけれど、福利厚生は
それなりで、以前は都内にテニスコートやプールがあり
ました。(今は無い)

 ってことで、夏は地元の友だち家族と泳ぎにいきましたよ。
何も無いプールで、単なる広いお風呂のような感じでした。
25mの8コースぐらいだったと思う?

 よかったんですよ誰もいなくて。ほぼ貸し切り状態でした。
(他に人がいるときでも、アタイたち以外に5人ぐらい)
 なにするわけじゃなかったけれど、無料でしたから、のんびり
泳いでプールサイドで寝っころがってね。

 会社の同僚とも行きましたが、そのときは午前中にテニスを
して、午後はプールで汗を流してクールダウンでした。
 監視員はいなくて、施設の受付におじさんが座っているだけ
でしたねぇ。

 あと、隣の区でしたが、小さな公園(木とベンチだけのような
公園)の中に区営のプールがありました。
 たしか、利用料は50円でしたね。ここも泳ぐだけのプールで
区営ですから水泳帽をかぶっていましたよ。

 んで、あのころはアタイも平泳ぎなら1~2kmぐらいは泳ぐ
ことができましたね。
 湘南とか大洗とか、砂の色が黒い場所では泳ぐ気になりませんよ。
やっぱ白い砂と青い海だよね。

 伊豆の戸田(へた)海水浴場には行ったことがあります。湾の中
なので、波はありませんでした。(そのために水はチョイと濁って
いる感じでした)
 んで、そのときに少し離れた小さな入り江に行ったんです。
誰もいなくて水は澄んでいて、ゆったりとした気分になりました。

 昨年は田舎の海に浸かった(泳ぐというほどではなかった)
んですが、今年は海もプールも無し。だね。たぶん。
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きゃんぷのはなしに

2012年08月24日 | Weblog
 8月 24日

 懐かしいキャンプの話 その2

 昨日の続き、キャンプでの夕食作り。
 カレー作りと同時進行でご飯を炊きます。
 もちろん飯盒炊飯ですよ。これが難しいんですねぇ。
火加減と蒸らしを間違えると、とんでもないご飯に
なってしまいますからね。

 真っ黒こげ ベチャ 芯がある というような
ご飯にカレーをかけることになってしまうんだよね。
(そういうときでも おかわり していましたよ。
若かったねぇ)(笑)
 鍋でご飯を炊いたときもありましたが、それでも
ガスや電気とは違いますからオコゲになったりしま
したよ。
 (オコゲをオニギリにすると美味しいんですよね)

 カレーとご飯が美味しく出来あがるのは 運が良い
ときだけ((笑) でしたねぇ。
 おかずは何だったんだろ? たぶん野菜炒めかな?

 夕食の後は お待ちかねのキャンプファイヤーでした。
(毎回必ずやりましたよ)
 キャンプ場ではキャンプファイヤー用の薪や木材を
売っているんですが、それだけじゃ足らないし(買うと
高くなるし)、ってことで山の中に入って枯れ枝を見つ
けてきたり、川岸の流木を集めたりして、たきぎを
ゲットしましたよ。

 たきぎ を高さ2mぐらいまで積み上げて、灯りを
消して、イベント開始。
 聖火ランナーを決めて、その人がロケット花火に点火!

 その花火が紐でたきぎまで誘導されているんですよね。
 んで、シューと走っていって油を含ませておいた紙に
点火です。
 だんだん火が大きくなって、柔らかいオレンジ色が
辺りを照らすと最高潮ですね。

 人間は火が好きですね。夏でしたが山の中だから標高は
高いので、みんな火の周りに集まって、安いウィスキーを
飲んでいましたね。(あのころは焼酎じゃなくって、安い
酒といえばウィスキーでしたね)
 手作り歌集を持っていって、ギター演奏で歌っていま
したよ。

 次の日、晴れたらオリエンテーリング、雨だとバンガローの
中でゲームをしたりしていました。
 そうそう、食事材料といっしょにスイカも買いましたね。
「スイカ割り」もしました。
 んで、川や水道で冷やしておいて、遊んで疲れた体に
甘いスイカでした。
 あのころはハズレのスイカもありました。切ってみないと
熟れているかどうか分からないんですよね。(今は出荷時に
検査するから、ハズレは殆どなくなったものね)
 
 キャンプだけじゃなくって、旅行、テニス、スキーなど
いろいろ遊びに行きましたね。
 んで、そういうときはサークルメンバーの友人・知人なども
参加していましたから、そこで知り合って、何組も結婚しま
したよ。(残念ながら、アタイはフラレてしまいました)(笑)

 清く貧しく美しく。ふんとに楽しい時代でしたねぇ。(*^_^*)
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きゃんぷのはなしいち

2012年08月23日 | Weblog
 8月 23日

 雷の次は昔なつかしいキャンプの話 その1です。

 楽しみでしたねぇキャンプ。
 ん十年前、まだ小学生だったころ、従兄と近場の
山にキャンプへ行ったんです。

 スバル360だったか、マツダキャロルだったか
忘れたけれど、360ccの軽自動車でした。
 そうして山道に入って急な登りになったら、4人
乗っているし、キャンプ道具も積んでいたので重くて
ローギヤでも苦しくて、ついにオーバーヒートの
ダウンでした。

 エンジンを冷やしてなんとかキャンプ場の駐車場
までたどり着くことができましたよ。メデタシめでたし。
 ということで、テントを張って、食事の準備をしよう
かなぁ。ってときに、雨ポツポツ、そのうちザァザァ
あっというまにドバァー!

 苦労してたどり着いたのに、テントの中にまで水が
入ってくるようになったので、数時間で撤退しましたよ。
 これが一番最初のキャンプでしたね。(笑)


 就職してから、あるサークルに入って、その仲間と
毎年キャンプにいきました。
 あの頃はアタイが働いていた職場には女性が一人
だけでした。(それも定年まじかのおばちゃん)

 ってことで、20代~30代の男女20人(半々ぐらい)
ほどで車に分乗でした。
 同じ年頃の女性と一緒にどこかへ出かけることができる。
っていうのはウレシかったもの。
 金土日とか土日月などの2泊で福島、群馬、長野などの
キャンプ場に行っていました。

 高速道路ではなくって、一般道を走っていきました
ねぇ。(高速道路はまだ造られている途中)
 夏は暑い。んで、自家用車にエアコンが無いのが当たり
前の時代でしたから、車の中はもっと暑い。
 
 窓を閉めて、「エアコン入っているもんねぇ。」って
涼しい顔をしながら、実は汗だく。
 だれが最後までガマンできるか根競べしたりしていま
したよ。(懐かしいねぇ)

 あの時代は携帯もカーナビもありませんでしたから、
頼れるのは地図だけ。車4~5台で行くんですが、必ずと
いっていいぐらいに、迷子になる車が出ましたよ。
(2時間遅れぐらいでキャンプ場到着っていう車もあり
ましたね)

 キャンプといってもテントではなく、バンガローでしたね。
バンガローを掃除することからキャンプ生活開始。
 山の中だから、虫がイッパイいるんですよ。それを追い
だして、夜具を運びこんで、とりあえず一段落。

 次は夕食の支度とキャンプファイヤーの準備。
 夕食は定番のカレーライス大鍋で大量に作るんですが、
美味いんですよね、たくさん作ると。
 味は適当、「もっとカレー粉を足したほうがいい。」とか
「玉ねぎで甘みをだそう。」などなど。作りながら味見を
していきます。

 もちろん竈(かまど)と薪ですよ。火熾しは新聞紙と
小枝から、そしてだんだん太目の薪へ。
 アタイは得意でしたね火熾し。子どものころから風呂焚き
していましたからね。(ヘタな人は時間と薪をどんなに
使っても火を大きくすることができなくって、新聞紙が
切れたりしてましたよ)
 
 つづく

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ぷれぃど

2012年08月22日 | Weblog
 8月 22日

 一昨日はアスリートの ぷれぃど でした。

 まず、英語の発音に近いのは「パレード」ではなくって、
「ぷれぃ(ど)」ですよ。

 多くの人に応援ありがと。ってことでしたらもっと距離も時間も
長いとヨカッタと思うんですが、逆に短いほうが印象に残るし、
人がギュッと濃縮されているほうが興奮するんだよね。

 こういうときは東京に住んでいることの良さだよね。
 (なんでもかんでも一極集中)
 銀座(中央通り)が一目みようという人々で埋め尽くされて
いました。 
 ところで、見えたんでしょうかねぇ? (笑)

 主催者発表では50万人ということでしたが、銀座や周辺に
住んでいたり働いている人やショッピングなど、そこにいることに
それなりの理由がある人って10万人ぐらいじゃないかと愚考す
るんですが、残りの人はパレードを観るためだけにやってきた
ってことだね。

 アタイは仕事優先(パレードが行われることを忘れていました)
というか、会社を休んで行くことのほどでもないしね。

 

 といいながら、なんで写真があるんだろ? (笑)


 これはね。「横浜のおねぇさん」(ときどき登場する「運のない
おねぇさん」の妹)が撮影して、写メしてくれたんですよ。
(送ってこなくてもいいのにぃ。って思ったんだよ本心は)(^_^;)

 お金がかからないのなら、どんなものにでも近寄ってみる。
っていう人です。
 繁華街を歩いていて、チラシ配りの人がいると、チラシや
ティシュなど、とにかくなんでも貰んですよ。
 最後には手に持てなくなって、バッグに詰め込みます。
 
 ウィンドショッピングして、気に入ったものがあると1時間
ぐらいは同じ店にいるんですよね。
 そいで、「これいいわぁ。でも今度にしよ。」って買わない
んです。(もちろん”今度”はありません)

 という人ですから、タダでメダリストのパレードが見られるの
なら、仕事は二の次三の次ですよ。
 銀座、あの人数なのに割と近くから写しているってことは、
おばさんパワーで人をかきわけて前に進んだんでしょうねぇ。
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おもいでかみなり

2012年08月21日 | Weblog
 8月 21日

 記事ネタも夏枯れです。

 ということで、以前にもカキコしたことがあったん
だけれど、まぁいいか。です。

 まずアタイの場合は、夏といえば夕立や雷雨ですかねぇ。
最近、東京でも夕立や落雷が続いています。(全国的に
この時期は夕立、にわか雨だよね)
 アタイの生家があるあたりは雷雲の通り道になっている
みたいで、春先や冬前の季節変わりの時期、夏の夕方には
ゴロピカ ドォ~ン! って雷が落ちるんですよ。

 小学校の低学年ぐらいまでは、雷が鳴りだすと、祖母と
雨戸を閉めて、線香に火をつけて、蚊帳の中で震えていま
したよ。

 電気は物質の外側を流れるんだよね。つうことで、家を
閉め切る雨戸、そして部屋の中心に居ることになる蚊帳は
理論的に正しいんです(落雷時には有効なんですが、それで
完全だ。というわけじゃないけどね)。

 自分の家に落ちるとは思っていませんでしたが、それで
も怖いんだよね。なにしろ近所には何本も落雷した木があり
ましたからね。
(雷にあたった木には、らせん状にキズがついていている
ので分かるんですよ。んで、何年後かには立ち枯れします)

 隣の家にはTVのアンテナに落ちて、TVが真っ黒になり
ました。火災にならなくって不幸中の幸い。ってことかな。
 もう一軒は、松の木に落ちて、その木の横にあった電線
から雷が入ってしまい、家電製品が全滅したんだよ。
(そのときには、生家のTVも故障してしまいました)
 

 若かりしころはコーラスサークルの仲間と、毎年のように
キャンプ(バンガロー)へ行っていましたね。
 男女20人ぐらいで、エアコンの無い車に分乗して信州
などの山へ行きました。
 んで、車の窓を閉めて ガマン比べ をしたりしていましたが
汗だくだくになりましたねぇ。ん~ん若かったねぇ。(笑)
(なぜか海へは一度も行きませんでしたよ。このメンバーでは)

 そいで、ある年のキャンプ。どこに行ったのか忘れてしまい
ましたが、低い山(たぶん標高1000mぐらい)にハイキング
でした。
 午前中はそれなりに良い天気でしたが、午後になったら霧が
でてきて視界が悪くなりました。
 霧と思っていたんだけれど、本当は雲だったんだよね。
そのうちピカッって光だしたんだよね。雷の音はしませんでした。
アタイたちの前方100mぐらいのところで雷が横に走りました。

 恐怖ですよ。音がしないのに、雷が横に走るのは。
 それって、いつ自分のところに来るか分からない。ってことだ
もの。
 みんな慌てて逃げましたよ。

 次はキャンプの話。
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れんたいせきにん

2012年08月20日 | Weblog
 8月 20日

 まだまだ日本は連帯責任ですかねぇ?

 隣組とか5人組とか、とにかく大昔からありましたよね
一人が不始末をすると、その人が属している団体全体で
連帯責任をとらされる。ってことがね。

 
 ってことで、こーこー野球でもトラブルがあると、
処分だ謹慎だというようなことが、何度も繰り返されて
いますが、今回も強豪校の部員(甲子園メンバーではない)
が地元で不祥事を起こしたので「コリャ甲子園途中辞退だ!」
なんてことを巷の無責任な野次馬根性の人が騒いでいた
ようですが、「世論」とはなりませんでしたね。(今の
ところ)

 この高校、野球では伝統高校でしたが、一時は低迷
していました。
 ここ数年は盛り返してきて、今年は春夏とも甲子園
出場です。
 アタイも、この高校の地元とは少しだけ縁があるので、
チビッと応援しています。

 高野連は「辞退の必要なし。」と判断していますが、
風当たりは強いんじゃないかなぁ。選手や学校にはね。
 たしかにチョイと卑劣というような不祥事の容疑で
すからね。(ケンカとか、万引きとか、高校生らしい
犯罪ではないもの)不祥事の場合には 高校生らしい
って言わないのかな?

 んでも、少しずつ時代の変化を感じますよね。
 20年ぐらい前だったら、確実に辞退だね。
 校長と野球部部長と監督が謝罪会見だったろうねぇ。
(以前は野球部員じゃない生徒や教職員が問題行動を
起こした時でも大騒ぎでしたもの)

 アタイ、純粋に野球だけだったら、少年野球からプロ
まで好きなんですが、どこかに陰や影を感じてしまって、
高校野球も観戦(TVも)はあまりしませんね。

 それに、まだまだスポ根(スポーツ根性ドラマ)ですよね。
 投手が準決勝と決勝戦を連続で投げた。延長18回を
一人で投げ抜いた。 腕に痛みどめを注射して投げぬいた。
 というようなことが美談になったりしますからね。
 
 アタイが考える美談は。
 「昨日の準決勝では、投球数が150球を越えたので、
今日は勝負のことは考えずに2番手投手にマウンドを
託しました。」
 って監督が胸を張って言う。だね。

 この高校、昨日も勝ったのですが、選手は平常心で
試合してね。です。
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のーさんぶつちょくばい

2012年08月19日 | Weblog
 8月 19日

 こないだ農産物直売所に行ってきました。

 自宅から車で30分以上かけて、埼玉県内の農協が運営
している直売所まで行ってきましたよ。
 観光へ行ったり、知人宅に遊びに行った帰りに、道の駅に
併設してある直売所に立ち寄ったりしますが、野菜を買う
ためだけに遠くの産直センターまで行ったのは初めてじゃ
ないかなぁ?

 小さな直売センターでした。買い物客も殆どいなくて、
駐車場に入ったときには、”これで開店しているのかなぁ?”
って思いましたよ。

 オクラ、ナス、ピーマン、トマトなどを購入。
 このまま帰ろうかと思ったんですが、すぐ近くに「トマト
を販売しているよ。」と幟を立てている農家があったので、どんな
もんだろな。っと試しに完熟トマトを一袋ゲット。

 道の駅は品物が揃っているけれど、生産者が北海道や九州
だったりすることがあるから、気を付けないといけないんだ
よね。
 地元農家の隣にコソッと並んでいたりするもの。
 (バナナやパイナップルのばあいだと、地元産じゃない
ことがすぐに分かるけれど、玉ねぎだったり、キュウリは
確認しなきゃ。ですよ)
 その点、この直売所は地元の品物だけのようでしたよ。

 さっそく夕食は焼きピーマンと冷やしトマト。
 どちらもアタイの大好物です。
 厚みのあるピーマンで、近所の八百屋やスーパーでは見かけ
たことがないぐらいに肉厚。
 
 トマト、直売所で買ったほうは酸味が適度にあって、これは
美味い。っていう味。
 農家から直接買ったトマトは味が濃くて、昔食べたトマトを
思い出しましたよ。
 どちらもそれなりに滋味。

 夏のうちに(トマトが美味しいうちに)また買いに行ってこよ。
です。
 
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あさのさんぽ

2012年08月18日 | Weblog
 8月 18日

 朝、30分ぐらい近所の公園を散歩でした。



 セミの抜け殻が公園の木々に 鈴なり になっていました。
んで、抜け殻にカメラを向けていたら、同じく散歩中の知らない
おばさんが「何かあるんですか?」


  チョッと見づらいけれど葉っぱにくっついています。


 「セミの抜け殻を撮っているんです。イッパイありますね。」
 「こないだ、抜け殻だと思っていたら、羽化するところだった
のよ。それを撮ったんだけど、見ます?」
 「それは珍しいですね、見せてください。」
 ってことで、携帯に保存してあった写真を見せてもらいましたよ。
羽化するのは朝の5時とか6時頃だと思っていたんですが、その
写真は7時過ぎに写したものでした。(抜け出たのは10時ごろ
だったそうです)
 3~4時間も飛び立つまで見ていたんでしょうか? (笑)

 こちらは草魚です。(たぶん)


  奥は金色 手前に何匹もいます。

 でっかいのが何匹もいます。写真だとサイズが分かりづらい
んですが、1mほどはありますよ。鯉よりも早く大きくなる
みたいですねぇ。さすが中国!




 名前のとおりで草を食べるんですよね。池の岸近くにある
草をちぎって手に持って、コイ来いコッチへ鯉(草魚だけどね)
って誘うと寄ってきます。
 んで、ポイっと投げると、水面に浮かんでいる草をパクリ
とたべるんだよね。(タイミング良く撮影できました)

 夏の朝、犬の散歩、人の散歩、ジョギング、子どもから高齢者まで、
みんな涼しいうちに体を動かしているんだねぇ。
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しごとでにっこ

2012年08月17日 | Weblog
 8月 17日

 昨日は日光でした。

 平日でしたがまだ夏休みの人が多いんでしょうねぇ。
東照宮の近くは渋滞していましたね。
 いろは坂を上がれば気温も低くなるんでしょうが、仕事の
現場は今市の近くでした。
 つうことで、東京都と同じような暑さでしたね。

 安全に作業をしているか。ってことを点検しに行ったん
ですよね。
 夏は作業事故や体調不良(熱中症)が増えるから、法令や
社内規則を守っているか。
 っていうのも大切な点検項目なんですが、それ以外にも
適に休憩を取っているか、作業員の顔色が悪かったり、動作が
緩慢になっていないか。などなど。

 んで、差し入れにスポーツドリンクを持っていきました。
 現場に向かっている途中で監督に電話「飲み物以外に何か
買っていこうか?」
 「そうですねえ。暑いからスイカを買ってきてくれますか。」
 「スイカねぇ。売ってるといいんだけど。」

 てなことで、コンビニに入ったんですが、やっぱスイカは
ありませんでしたね。
 何かないかなぁ・・・って店内をウロウロしていたら、あり
ましたね 酢イカ 酒のつまみだね。シャレだよ、コレだよ。

 現場に到着して、スポーツドリンクを配っていたら
 「スイカは?」
 「おぉ、忘れていた。ハイ 酢イカ。」
 「苦笑しながらも食べてくれましたよ。」

 日光にも名物やお土産はたくさんあるんですが、アタイが
好きなのは羊羹。ってことで、昼休みに買いにいきました。
 羊羹にも普通の練り羊羹、塩羊羹、水羊羹があるんですよ。
メインストリートには羊羹の店が並んでいます。

 この季節は水羊羹が涼を感じられて人気があるんですが、
アタイは練り羊羹ですね。(なんでも固い物が好きなので)
 んで、塩羊羹を買おうと思ったんですが、なんと ひしや
が開いているんですよね。

 ひしや は毎日決まった量しか作らないんですよ(釜で
一回分)。
 もちろん味もいいんですが、希少価値(そこまでのこと
ではな)があるので、人気です。
 つうことで、午前中には売り切れてしまうことが多い
ので、店を閉めてしまうんです。

 ところが昨日は店の入り口が開いていたんですよ。ラッキー
 「いらっしゃいませ。」
 「まだありますか?」
 「ございます。」
 「くださいな。」

 あっ、この店の羊羹は一種類だけ、それに買えるのは一本
だけなので、「ください」と言うと、店番の上品な奥さまが
羊羹を袋に入れてくれますよ。
 (つうことで、他の店で塩羊羹は買いませんでした)

 午後は雷雨。気温が下がったのでよござんした。
 作業は雨による影響がそれほどなかったので、スムーズに
進めて、14時過ぎには危険行程が終わりました。
 その時点で作業点検をを終了にしました。(作業の完了は
あと1時間後だったそうです)

 そんなに大規模な工事じゃない(工事金額も高くない)ん
ですが、安全優先のためには必要な点検ですよ。
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