書籍之海 漂流記

看板に掲げているのは「書籍」だけですが、実際は人間の精神の営みすべての海を航海しています。

下川玲子 『朱子学から考える権利の思想』

2017年09月04日 | 東洋史
 出版社による紹介

 朱子学的な尊厳論や儒教の仁論は、西洋近代の人権思想(およびそれと表裏にある国家権力の横暴を法によって制限するという考え方)と対立せずむしろ補完しあうものである。西洋の人権概念の根底には、差異はあっても同じ人間として認め合い尊重する人類愛の思想があると考えられるが、東アジアの普遍思想として機能した朱子学においても、独自の尊厳論、仁論が存在したのである。  (「1 朱子学の論理と人権の論理 第2章 朱子学の尊厳論」本書45頁)

 朱子学が「東アジアの普遍思想として機能した」というとらえ方にはおおいに賛同するが、西洋近代の人権」なかんづく「人」とその「東アジアの普遍思想」たる朱子学の「人」は概念として同じものであったのかどうか。「補完」とはいかにそうあるのであろうか。原理的にはなく、偶然的・技術的にであろうか。そしてまた、その西洋の「人」また「人類」の抱く「愛」と、東洋(朱子学)における「人」の有つ「仁」の中身・あり方の同不同は確認されたか。もし、「独自の尊厳論、仁論が存在したのである」が議論の論点もしくは結論であれば、これら両者を比べることにいったい幾許の意義があったのか。独自であるというなら他者との比較は不要であり、原理的に不可ですらあろう。これはいうまでもなく、その「人」の持つ「権利」すなわち書名に掲げられる「人権」についても言えることである。人とはなにか、権利とはなにか、そしてそもそも「権」という漢字の本来もつ意味はなにか。

(ぺりかん社 2017年6月)