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書籍之海 漂流記

看板に掲げているのは「書籍」だけですが、実際は人間の精神の営みすべての海を航海しています。

窪添慶文編 『魏晋南北朝史のいま』

2017年11月22日 | 東洋史
 出版社による紹介

 “いま”はこうなっているのですか。この時代は晋以降隋代までの正史+資治通鑑で通読したことがありますが、その従前どおりの視野視角からすると、ここで提示されているのはまるで別の時代、世界のようであります。

(勉誠出版 2017年9月)

窪添慶文 『墓誌を用いた北魏史研究』

2017年11月22日 | 東洋史
 北魏150年の間に墓誌の文体(①語彙②表現③文構造④墓誌としての体裁)は変化したか否かがあらかじめの私の関心だった。この著では墓誌の内容の外、①ついで④の諸点が注意されている。同時期の南朝の墓誌との上記①②③④の比較検討を期待するのは望蜀の類だろう。

(汲古書院 2017年9月)

山崎覚士 『中国五代国家論』

2017年11月22日 | 東洋史
 出版社による紹介

 府立図書館で題名に引かれて借りた。卒論が五代史だったこともある。
 「仮父子」関係は存在したという事実の指摘のみで価値的判断は伴わない。「節度使デスポット」や「ヒエラルヒッシュ」といった独特な術語は出てこない(定義がないので当時から意味が分からなかった)。「鉄券」も出てこない。“朱全忠政権の性格”云々については先行研究の整理の過程でその名が上がる。「唐代は古代だから唐代の史料に出てくる『客』とは奴隷を指す」といったふうの世界史の基本法則one and onlyの議論はもうどこにもない。

(思文閣 2010年12月)

福惠全書 - 中國哲學書電子化計劃

2017年11月08日 | 東洋史
 http://ctext.org/wiki.pl?if=gb&res=281633&searchu=%E4%BA%B2%E9%AA%8C

 「親驗」という言葉がC. W. フーヘランド著/杉田成卿訳『医戒』(杉本つとむ解説、社会思想社 1972年1月)に出てくる。杉田氏はこれをおそらくは諸橋『大漢和辞典』に拠って『福恵全書』の「親験ハ則チ目を経テ分明ナリ」からきている「蘭学者の愛用語」とされる(同書48頁)。そこで『福恵全書』原文をこの語で検索してみた。
 「親験ハ則チ目を経テ分明ナリ」のくだりは『電子化計画』のテクストでは(38)に見られる。
 杉田氏によれば、蘭学者はこの語を「親しく実験すること」という意味で用いたという(同書同頁)。この杉田成卿訳『医戒』でも、この意味で、オランダ語翻訳からの本重訳の訳語彙として用られている(同書20頁第11行)。
 しかし、ここで検索の結果集められた『福恵全書』における「親驗」の使用例は、「担当者もしくは責任者が実地に現実、原物・現場にあたって調べること」であり、実験の意味はほとんどない。なぜなら、これは“頭の中で勝手な予見を持たずに”という前提に立つ語彙だからである。実験は観察のうえに仮説を建ててそれを検証する行為を指すが、この「親驗」は、まずは現実を見ろ、調べろという意味であり、観察のほうの意味が主である(そしてそれば検証を兼ねる。なぜならここには仮説を立てるという過程がないから)。『医戒』の「親験」は――ひいては蘭学者における――は、本来の語義とは意味がずれている。

種村和史 「詩經解釋學の繼承と變容 : 北宋詩經學を中心に据えて(要約)」

2017年10月25日 | 東洋史
 https://www.google.co.jp/url?sa=t&rct=j&q=&esrc=s&source=web&cd=1&ved=0ahUKEwiyspea1YPXAhUCGZQKHfsJASwQFggnMAA&url=http%3A%2F%2Fkoara.lib.keio.ac.jp%2Fxoonips%2Fmodules%2Fxoonips%2Fdownload.php%2FKO10001002-20164877-0004.pdf%3Ffile_id%3D123788&usg=AOvVaw0p0AjQJV5jkfhmlGyFRb5f

 非常に興味深い。漢唐の詩経学者は権威ある経典の詩経に書かれている内容はすべてその権威のゆえに絶対的に正しき説として扱わねばならず、「国風・周南・螽斯」の「イナゴは嫉妬しないゆえに子だくさんである」もまたそうであるとして、「それを合理化するために、さまざまな努力を行った」(「第1部「歷代詩經學の鳥瞰」)。これは辻褄が合うようにするという意味では「合理」的と言えるだろうが、こんにちでは、「イナゴは嫉妬しないゆえに子だくさんである」というのはどういう証拠があるのか、そもそもイナゴは嫉妬するという証明はなされているのか」と問うのがより合理的ではないか。このあたり著者氏は私と疑問点を同じくされているだろうか。当時の「合理」と現在の「合理」の違いに留意し、その差をどう論旨また北宋時代詩経解釈学の評価に組み込むか。さらにまた、これをも含めて、「要約」を覧て抱いた私の同じ研究対象への、また氏の論文詳細への、内在的かつ外在的な疑問(複数)への答えはあるだろうか。ぜひ一読したいと思う。東方書店による紹介

ベンジャミン・A・エルマン著 馬淵昌也ほか訳 『哲学から文献学へ』

2017年09月05日 | 東洋史
 副題:「後期帝政中国における社会と知の変動」
 翻訳者:馬淵昌也/林文孝/本間次彦/吉田純。

 2016年10月26日より続き。
 出版社による紹介

 結論は私もほぼ同じ。ただその結論へと至る過程が、掛け算を使わずに足し算を延々と繰り返すような、あるいは公理の発見から始める、やや堅牢に過ぎた印象も抱く。しかもその公理を定義化して明示していない。

(知泉書館 2014年12月)

下川玲子 『朱子学から考える権利の思想』

2017年09月04日 | 東洋史
 出版社による紹介

 朱子学的な尊厳論や儒教の仁論は、西洋近代の人権思想(およびそれと表裏にある国家権力の横暴を法によって制限するという考え方)と対立せずむしろ補完しあうものである。西洋の人権概念の根底には、差異はあっても同じ人間として認め合い尊重する人類愛の思想があると考えられるが、東アジアの普遍思想として機能した朱子学においても、独自の尊厳論、仁論が存在したのである。  (「1 朱子学の論理と人権の論理 第2章 朱子学の尊厳論」本書45頁)

 朱子学が「東アジアの普遍思想として機能した」というとらえ方にはおおいに賛同するが、西洋近代の人権」なかんづく「人」とその「東アジアの普遍思想」たる朱子学の「人」は概念として同じものであったのかどうか。「補完」とはいかにそうあるのであろうか。原理的にはなく、偶然的・技術的にであろうか。そしてまた、その西洋の「人」また「人類」の抱く「愛」と、東洋(朱子学)における「人」の有つ「仁」の中身・あり方の同不同は確認されたか。もし、「独自の尊厳論、仁論が存在したのである」が議論の論点もしくは結論であれば、これら両者を比べることにいったい幾許の意義があったのか。独自であるというなら他者との比較は不要であり、原理的に不可ですらあろう。これはいうまでもなく、その「人」の持つ「権利」すなわち書名に掲げられる「人権」についても言えることである。人とはなにか、権利とはなにか、そしてそもそも「権」という漢字の本来もつ意味はなにか。

(ぺりかん社 2017年6月)

文字が語りかける民族意識:カラホトと西夏文字 | 貴重書で綴るシルクロード

2017年08月08日 | 東洋史
 http://dsr.nii.ac.jp/rarebook/08/

 西田龍雄「西夏語訳『論語』について」(注)によれば、同訳の西夏語は“漢文調”だそうである。文法構造はごく稀な場合をのぞいて正しく西夏語の文法通りだそうなので、これは語彙と表現レベルについての指摘であろう。

 。吉川教授退官記念事業会編『吉川博士退休記念 中国文学論集』(筑摩書房 1968年3月)所収、同書75-106頁。

マーク・エリオット著 柳澤明訳 「中国第一歴史档案館所蔵内閣・宮中満文档案概述」

2017年07月07日 | 東洋史
 『東方学』85、1993年1月掲載、同誌147-157頁。

 清代中国史の研究者は、国籍を問わず、満洲語を知らなくても仕事の結果には何ら相違をもたらさない、という考え方に慣らされている」のは何故かについて、その答えとして、「多数の優れた学問的業績が、満洲語を用いずに成し遂げられたという事実である。だとしたら、なぜそんなものにこだわるのか? (原文旧漢字)

 と、著者の思想からすれば反語的に、きついことが書いてある。