WOMAN#5

2013-08-01 14:12:38 | 見る
冷房ってものがあると知ったのは父を呼びに行った
パチンコ屋です。
50年代半ばですね。寒いほど効いていた。
小学生が行くとヘンな目で見られましたね。

尾道駅から少し西、ガードの手前に
パチンコ屋さんがありましたね。(二軒?)


次に印象深いのは個人宅の冷房
「えーっ、金持んチには冷~房・・・」

広島の海岸通りにあった会社の裏住まいから
やっと一般のアパートに引越せたのが中1、
修道中に入れたころです。(正確には、少し前)

台所兼用の四畳半と六畳、それに二畳の階段下部屋が
勉強部屋になりました。
風呂はなかったけれど貧乏人には似合いです。
(ここには長く住みました)

アパートの近所に社会党の国会代議士が住んでおられ
その息子と私が同級生になったのです。

家に行って驚きましたね。

社会党とはいえ国会議員宅、
玄関すぐの応接間に冷房が入ってた。
二階には大きなステレオがあった。

議員の息子のOK君は歩いて一~二分の我が家には
来たことがありません。
(来ても上がれませんでしたが)

ま、60年代初めに冷房があるなんて、んとに金持ちで
私が就職したころになっても、独身寮に冷房があって
「これは良いなあ」と思ったほどです。

今はおよその家で冷房設備が整っていますね。

隔世の感とはこのことです。


『WOMAN』
満島さんチ、冷房がないんですよね。

大げさにいえば生き死ににもかかわる時代に
やっと訪れた冷房って嬉しかっただろうなあ・・・

こう思える処へ持って行く上手さがあります。

結局、冷房がダメでその夜、子供がお母さんを
手伝ってあげますね。
あんな優しいことって息子には出来なかったなあ。

めまいがして倒れた時、水泳の真似をして
誤魔化そうとしますね。
泣ける。

そんなこんながあって
「私、どうしても生きなきゃならないんです」

母というものの真の姿
こんなにストレートに描いて、しかも見事。


悪いことは書きやすいですけれど
良いこと、誉めることは書きにくいものです。

どうしても平板になりますからね。

同様に、人間の素晴らしさは書きづらいもの。
ハートをゆすぶられるってのは中々ありません。

欠点をもつ人間を沢山描いているからこそ
納得できる世界なのでしょう。