デパ地下Y塾

2008-08-31 13:57:25 | 塾あれこれ
20年近くお世話になったY塾の話です。
辞めて10年たちますから多少の話はできる?

広島では中学受験の有名塾ととして一、二を
争う存在でした。(←過去形)
他県から新幹線で通う人もおられたほどです。

最近はいろいろあって
・・早く往年の勢いを取り戻して欲しいですね。


「きみ、やるんなら十年はやってもらわないと」
私の採用試験のおり、先代の塾長が言われました。

ん~、十年でクビか、とも思ったのですが
入ってどうなるかも分らないのですから
「ハイ、よろしくお願いします」と言ってしまった。

後になって講師連中に聞いた私が入った頃の印象は
「数ヶ月で辞めるヨ」でしたね。
それまでとカラーがまるで違う世界でした。

入って小4の担当を数年したころ、予習をしていると
「あんたまだ予習せんといかんの?」
片方の教室の主任から言われてしまった。。
私は気が強いから無視したけど。 


長くお世話になった間には「辞めようか」という事が
2回ありました。

一度は中学部設立を任されたとき。
どうせなら自分で始めようか、と思いました。
兵糧も兵站もない独立部隊でしたから。

もちろん独立していたらダメだったでしょう。

もう一度は中学部が軌道に乗った頃
付いていけない、と皆に言われたとき。
塾長以下完璧に全員からでした・・

アタマにきて「だったら辞めましょう」
それをなぜか慰留された。

「どうすりゃいいんですか?」
「キミが考えなさい」

また一晩考えて、進学クラスを私一人が教える
という案を出しました。
職員室からも出て8番教室が塾内塾です。
TVにレンジ、図書、マンガ・・
生徒用のイスも他とは変え好きな事をしました。

他塾どころかY塾の人にも進め方は隠しました。
途中からは引継ぎしたつもりですが、ね。

それから十年弱、イイトコドリと言われて再度
塾を辞めると言い出したときはOVER50
誰も慰留しなかった。。ハハ

これが今の井上教室の反面教師となった
私のY塾御勤め時代の要約です。

その後更にY塾は「リストラ」が進み
中心講師の殆どがやめた後に
あろうことか若手実力グループが離脱し
Y塾の現在に到ります。

最初に飛び出したのが私ですからY塾のその後は
どうなっていたのか、よくは分りません。
その前はナゼ強い塾だったのでしょう?

塾長の力ほかいろいろなことがありますが
一つに「教えることの自由」があったことは
強調しておきたいですね。

デパ地下に似ているのです。
Y塾デパートにH屋N本舗M本店などが並んで
いました。
皆で競争です。

あいつには負けない、同じ事をしない・・
つまりお互いをよく知ってもいたのです。

この方式が力を生んでいました。

デパートも有名店のものが買えるだけではダメ
たしかに虎屋を赤坂や銀座に行かなくて買える
のは便利ですが、それだけでは勢いが出ません。

各店が営業を競うようになってデパ地下が活気を
持ってきたわけですよね。
働く人は大変らしいけれど。

巧まずしてY塾はデパ地下に似ていたのです。

げっ、オジサン長髪だったの?

2008-08-30 11:44:14 | 塾あれこれ
夏バテに雨続きそのうえ、うっとーしー話。

信じられないでしょうが、若い頃はビートルズを真似
したような長髪だった私です。

武田鉄也などより更にブッ細工な様子でうろついてい
ましたから年長者は嫌だったハズ、
心理の底にはそれが狙いであったかもしれません。

我々より一つ上の世代はリーゼントやポマードで髪が
こてこて状態でしたからその対極をしたのです。
上の世代の反対をやりたがるのはバカの証明ですね。


自分の世代と同じことをしたいのも人情です。

牛乳を飲むとき腰に手をあてていたり
写真で片足を踏み台に乗せるポーズとか
気がつくとそういう格好をしているのです。
真似をしている意識すらないことも多かったのではと
思いますね。

ところが周りに違和感を覚えることが出てきました。

話しながら首をたてに何度もふる人がいますね。
うんうん、って柳原加奈子もやってるアレです。

昔は他人の話に相づちをうち、あるいは同意を示す
場合に首をたてにふりました。
いまみたいにノベツふっているわけではありません。

どうも自分で自分にむかって振っているのですね。
それを他人に見せようというのでしょう。
「うんうんうん、間違いない話だよ・・」

曖昧世界の反対ですね。
口から出していることと自分の気持ちと一体である
ことを分ってもらわなければならないようです。
一種の自意識過剰でしょう。


バラエティ番組でよくみかけるしぐさに
面白い話を聞いて手を叩くというのがあります。

昔からなくはなかったけれど最近はオオゲサ。

どうにもチンパンジーに見えてしまいます。

一回叩くだけならまだしも、横綱の土俵入りに
似た手の旋回運動を繰り返し何度も叩きながら
大口を開けて笑っておられます。

ついでに腰がぴょこぴょこ浮くのがいて
サルがシンバルをバシバシとゆーオモチャに
そっくりになっています。

立ち上がる場合もありますね。

自分は受けてますよ、というポーズでしょう。
本当に面白いかどうか怪しいときもあります。

気になったのは久本雅美辺りからでしょうか。
彼女はよいとして若手が真似をしています。

仲間はずれになるのが怖いのではないでしょうか。
曖昧であっては危ないのです。


シロウトでこのチンパン叩きをして
「うけて」いる人がいます。
中年以上の方も多い。

みっともないからお止しなさい!

つらいニュースです

2008-08-29 11:39:24 | 塾あれこれ
伊藤和也さんが殺されたニュースです。
TVを見ながら涙が出ます。

何という立派な人たちがおり
また何と世界が違う人間がいることでしょう。

以前から絶え間なく続く大問題であり
更に国際政治の、全く嫌になる面が遠く関わっている
ことでもあります。
ロシアもアメリカも遠因を負っていることです。

一人の人間が自らの心に従って生きるだけでも
こんな現実とぶつかるのです。


中村哲さんとその活動については以前NHKが
毎週30分を計8回、2ヶ月に亘って紹介され
メディアとしてはかなりの情報を発信してくれ
ました。

カミサンと二人で感心して見ていました。
世の中には立派な方がおられるもので
自分達の存在はいったい何だろう?

そこで何も出来ないのが情けないところですが。

これからも大変な現実が押し寄せてくるでしょう。

中村さんはTVで「負けない、引かない」旨の
発言をされていました。
さすがです。

活動が続きアフガンの人たちが少しでも人間的な
生活を取り戻せるよう願うばかりです。


地球規模の気候変動や人間の自然破壊も関係して
いるハズです。

我々ができるせめてものことはそういう面での
協力かもしれません。

塾のバカ

2008-08-28 12:00:29 | 塾あれこれ
ご好評?につき(ウソつき)の続きです。

加齢が進む以前から物の名前などふっと出てこない時
がありました。
度忘れ、というやつですか。

近年は加齢により、度忘れした!ということが言い
づらくなってきました。
口走ると冷たい視線を受けるのではないか・・と。
「ええ?ドワスレですか?違うやつじゃないスか?」

名前が出てこないで仕事をやめちゃったのは八代目文楽
ですが、そんなことを真似しようものなら何度仕事を
やめなきゃならないか、大変です。

名前の取り違えというのもありますね。
例えば同じ学年に苗字が同じ子がいるとつい間違えます。
青木太郎、と青木一郎みたいになると迷うのです。

一度間違えて謝り、次に「さて今度は間違えないぞ」と
慎重に考えて、また間違え、謝ります。
嗚呼。

名前の取り違えと似ていますが向田邦子の『眠る盃』
みたいなこともよくあります。
ふっとどっちか分らなくなり思案の挙句間違いを選ぶ
というやつですね。

「呈」下の横棒は水平か、右から払うのか
「戻」は中が大か犬か
己、已、巳の違いとか厄の中の部分とか
こういう類ですね。

書き順を分からなくなることもあります。

どうやら祖父祖母に教わった字が影響していて旧字を
多く書くクセがあるようです。


なぜか間違いを覚えこんでいたこともあります。
高1くらいまで書いていたのが「私」の嘘字。
どうしても「シメス偏にム」を書くのですね。

多くはいつの間にか修正されるのですが
中にはしつこく直らないものもありますね。

塾のうそつき

2008-08-27 15:43:38 | 塾あれこれ
一般的な塾のウソなら誇大広告や数字のごまかしが
ありますね。

ここでは塾という所で主に教員(私)がつくウソです。


まずは他人の話から。
・・自分のは話しにくいじゃありませんか。

30年近く前某Y塾で私がバイトと話をしてたときの事。

彼はそのまま塾に就職、若手の双璧と言われるように
なり、将来どころか就職後すぐに塾を支える一人に
なりました。

彼の名前を仮にタイル君としましょうか。

木村資生の進化の中立説なども岩波新書で著書を
出されたころタイル君に教えてあげました。
私の話を信じていなかったようですけれどもね。

(木村博士はもう少し長生きしていればノーベル賞を
もらった可能性が高い偉い先生ですが彼の岩波新書は
とても読みやすく、私は名著と信じています。)

で、あるとき物理の話をしていて
私「タイル君、電磁波は光と同じ速度だから・・」
タイル君「え?ウソでしょ。
     光とは違います、光だけが一番速いです」
私「ん?キミそれは違う・・」
タイル君「ボクは理科系です。間違えてません。」

私も気が小さい、じゃ帰って調べようとなりました。
もちろんタイル君の間違いでしたが、このことに
ついては、あと私も言いませんでした。
かれもバツが悪かったか何も言いません。

そのセイかどうか後年塾の理科の先生は別人が
やっていましたね。

恥ずかしながら、塾ってこの程度
・・ばかりでなく、立派な方もおられますが、
すごいのもいるという話です。


ヒトサマのことばかり言えません。
私もウソが多い。
塾から巣立ったあとに気づくと訂正しようがないし
「井上はウソばかり言ってた」と言われているかも
しれないですね。
身から出たサビですから仕方ありません。

無知の間違いも多いけど、違う場合もあります。
ちょっと高級なことを話そうとして失敗も、ね。

ユキコさんという賢い生徒が中1くらいだったか
私に質問されました。
「神功皇后って実在したの?」

エライ子でしたからきちんと説明しようと
「学者の間でもいろいろ説があるみたい。
 少なくともモデルがあり抽象化された話が
 集合したことも考えられ・・
 まるきりフィクションというわけには」

「分った。いちおう居たんだ」

向こうからモタモタした話を切り上げられて
しまいました。
結果私はある種のウソをついていたことにも
なりますね。

相手の状況を見て話をしなくてはいけません。
正確を期そうとか、知識を見せびらかそうとか
すると正しく伝わらないことがあります。

話がゴチャゴチャになって大切な部分が伝えられ
なくなるときは思い切って単純化しますね。
それもある種のウソには違いない。

「動物にはみんな血が流れてて赤血球があるの。 
 血って赤いでしょ。あれはね・・」

こういうほうが絶対わかり易い。

「赤もあるし、白い血もあって、赤血球は酸素を
運ぶのに必ずしも唯一の存在ではなくて、いや白い血
といっても白血球とゆーのとはまた違って。。。」

もたもた正確を期するのは却って分りづらい
ことになります。

相手の状況を判断して話すこと、が大切なのですが
単純化をするのも難しいですよね。

考える

2008-08-26 14:29:59 | 塾あれこれ
初等中等教育では一般的に身につけるべき基礎学力
と個人のオリジナリティ涵養が二つの柱です。

基礎学力は単純反復作業から始まります。
けれどもそれだけでは行き詰まりやすい。
考えることが大切ということが分ってきます。

ただ例えば、かなり計算が出来る場合、そのことが
欠点を隠し、問題点が明らかになるまで時間が掛かる
とか手遅れになるという恐れもあります。

個性のほうはどうでしょうか。
どのように発芽させ、育てるか、これも難問ですね。
芸術家が子供を自由に育てる場合の成功例が知られ
ますが、一般的ではないでしょう。

湧き出る個人に特別な感覚は実は誰にでもあります。
多くの場合潰れているだけです。
どのように育むか、が大変。

また、その個性を実現させるときには思考力が必要に
なります。
ここでも考えることがキーになるのですね。

荒唐無稽な発想ならば思考は要らないか?
そんなことはありませんから。


考えるといっても、どうすればそれが出来るか。
う~ん、とか言うだけで何も考えていないことも
しばしばあります。
本人は考えているつもりになっていますが。

下手の考え休むに似たり、という言葉もあります。

そのうえ、あまりに高度なことを考える段階にまで
力は伸びていません。
得意分野不得意分野ということもあります。

更に個別の成長、発達度合いが大きく違います。

一律に対応されると考える力は伸びません。
考えるとは一人ひとり違う人間に沿って導かねば
伸びにくいことです。
「やりとり」が必要なのです。

現在の小学生では、どうすれば考えたことになるのか
それを分からない子のほうが多いでしょう。

これはテストの点数では分りづらいことです。
出来る出来ないということと考えることは別問題。

点数が高いから、有名進学塾に合格したから
では安心はできません。
反対に点数が出ていなくても考える力がある子も多く
大人になって証明できている場合も多いですね。

島田紳介は学校の成績は良かったか?
たぶん考える力が大きすぎて学校のワクに収まり
きれていなかったのではないでしょうか。

こ~ん

2008-08-25 14:29:35 | 塾あれこれ
NHK料理番組でトウモロコシがテーマの回
著名な先生が煮物を作られました。

和風出汁に醤油味でジャガイモとコーンをじっくりと
煮るのです。
悪くありませんね。

カミサンと宇野重吉のジャガ煮に似ているね、と
話をしました。
彼のはジャガイモだけひたすら煮るのです。
これが美味いんですよね。

さてクダンの先生「煮えたらここで,,
私も、ここで、ピンと来ました、

だれでも発想するでしょう、そう、バターを投入。
不味くはないでしょう。
いや美味しいでしょう。
しかし安易です。

極端なことを言うと何でもバターを入れれば美味しく
出来上がります。
一時期日本で何でも最後に化学調味料というのと
似ています。

いつでもバターやオリーブ油を入れていると
そちらに頼ってしまいます。
その上肥満を招きやすい。

ぎりぎり安易なことをしないのが先生ではないか?
辻静雄さんは料理は引き算と言われましたよね。


勉学も引き算。

困っている姿を見るとすぐバター!が今の教育。
これでは肥満児ができます。
何でもバターを入れるとお手軽ですし
食べる方も喜びます。

繰り返しますがそれは安易です。

一時的に双方ともが満足するのですが。

ゆとり教育の時代、生徒がいかに興味をもつか
面白がるか、ばかりを追いました。
成果もあります。

中位以下の依存体質を量産してしまった面もあります。
教育問題としてあまり深刻に捉えられていないようです。

肥満のおそれを抱きながらバターを与え続ける先生が
まだまだ多いように思いますが、どうでしょう。

林家正雀

2008-08-24 14:53:41 | 塾あれこれ


雑誌『落語界』NO34は林家彦六追悼号でした。

彦六=八代目林家正蔵です。

ご存知ない方のために書いておきますと
当代の九代目正蔵は三平の息子で襲名披露の収入を
脱税してしまったとんでもない金儲け主義ですが
先代八代目正蔵はその類が一番嫌いだった。

人間としても脱税は最悪ですよね。

まあコブちゃんのワルクチは止まらなくなるので。
先代正蔵の最後の弟子正雀について少し。

上記『落語界』に弟子たちの座談が載っています。
橘家文蔵以下四人が師匠の思い出を語るのですが
メンバー構成がいいですよね。
その中に正雀師もいます。
ほんの少し落ち着きが出た彼の写真もあります。

彦六になる前くらいから足が不自由になられたので
高座へ正雀が手を引いて上がられました。
広い舞台などでは板付で幕があがることもあり
ましたけれども。

一門会などでもずっと正雀が師匠につききりだった
ように記憶しています。
勉強になるでしょう。
他の弟子が勉強していないときでも彼は師匠の芸を
学んでいた筈です。

本名が井上と言いその所為か気になっていた存在です。

紙切の正楽さん(二代目)は著書『正蔵師匠と私』で
弟子達の中で繁蔵→正雀を一番温かい筆で書いてます。
二人の人柄でしょうね。

正雀さん、繁蔵時代は少年のような風貌でした。
青蛙房『正蔵一代』に一門の写真が載っていますが
その中の彼が当時の雰囲気を伝えてくれますね。

六代目歌右衛門の声色が得意で、よく似ており
また笑いもとっていました。
師匠からはチェックされなかったのかなあ。

そのころは若すぎて年に似合わぬ噺ではどうしても
ペラっとした無理のある芸に見えることもあり
小さくまとまらなければ、の懸念もありましたが。
(どうしても師匠と比べるしね)

その語の成長はネットでも分ります。
私はナマを聴いていないけれど。

先日、NHKの「美の壺」で牡丹灯篭を話している
姿が映りました。
貫禄が出てきましたね。

これからが楽しみです。
噺は、最後は「人の柄」ですので。

「いまイイスか?」

2008-08-23 10:26:08 | 塾あれこれ
「いまイイスか?」
ンとは良かない、いいって言うけど。

キミのほうは歩いている時間とか待時間を「有効に」
活用して携帯をかけているのでしょう。
友達同士ならそれでよろしい、もちろん恋愛でも。

しかし私の場合恋愛対象ではないでしょうから
(オカマちゃんにモテない、徹底してモテない、
 とゆーことは当然女性にもモテない、
 そのうえ加齢の進行中・・)

人間関係に距離があったり年齢などに差がある場合
自分の都合を優先させた電話は失礼にあたりますね。

いま良いか?って諒解を求めてるジャン、ちゅーのは
単細胞の考えですぞ。

固定電話の時代は、電話をかけるタイミングには
気をつけたものですけれど。


先日、若い知り合いからEメイルで「~について教え
ろ」と言われ返事をしました。
すると、届いたとも何もレスポンスがない・・

こちらが送ったつもりでミスがあったのか
気に入らないことがあったのか。

たぶん、そうではなくただ返事がきたから終了で
何も悪気はないのでしょう。
けれどもそれでは損をすることがあるかもしれない。

ただ「それではソンするよ」と片方の当事者からいう
のはイヤラシイ。
黙っているしかありません、相手にも悪い。。

塾の生徒になら教えます。
相手に一定の判断力があるという場合ですが。

一見、反対のことがありますね。
子供同士のメールですぐにレスをしないといけない
強迫観念にとらわれているとか。
本来の長所と反対の方へ向いているのです。

これもモノを考えていないからですね。
子供だからでは済まない幼稚さです。

小さなことでも常に考える人が増えていれば
こんなことにはならないでしょう。


極端だけれどもしばしば起きうるケースで
考えてみましょう。

「~しなくてよい」と言われたら?

必要がない、ということか、禁止なのか?
場合によれば逆に、することを依頼している
ことだってありえます。

真ん中をとって、必要はないかもしれないが、
と~しておくと、禁止なのにと不愉快に
思われるかもしれません。

こういうことを常に考えさせられ鍛えられる
ことが人間を磨いてくれますね。
信用というものが付いてきます。

曖昧な世の中、間違えることも多いでしょう。
けれども信用があれば誤解を避けられます。


恋愛でも相手の言葉、気持ちを考えなければ
なりません。
「~しないでいい」と言われ「分った」では
モテませんよね。
実際にモテなかった人間がここに一人いる!

考えない人間はモテません。

最近、オバカブームではありますが
よほど人がよくて、かっこよい場合はモテて
普通の人はどうかなあ?
考えなきゃ。

エコ苦戦

2008-08-21 14:31:43 | 塾あれこれ
広島もいくぶん涼しくなってきました。
虫の音も秋になりつつありますね。
今年は暑かった。

暑いと味つけが濃くなります。
素麺のつゆは私が担当ですが濃くなりました。
(干椎茸と干海老にこだわって御鉢が回った・・)
塩分その他少し濃い目にしたつもりでも食べるときに
もう少しだね、という感じになります。
疲れると塩分を薄く感じますが似ているのでしょう。


直近の一ヶ月消費エネルギーが分りました。

電気が7/2~8/3で404kwh  一日当たり12.24kwhで
前月より一日40%増です。
前年同月よりも増えています。
ガスは7/18~8/20で12㎥ 一日当たり前月より30%減
となりました。

仕事で生徒がいる間は冷房をつけます。
今年は外気温が高かったので温度差を考え28~29℃と
しましたが、それでも上記電気量です。
次の一ヶ月を思うと嫌になりますね。
エコも苦労が多い。

夏季、冬季にはサーチャージを頂く塾がありますが
気持ちは分らないでもありません。
こまごまと名目をつけての料金アップは全体の信用を
考えると結局よろしくないでしょう。
でも、分らないでもありません。

前の塾でバイトが戸を開けっ放しにしていたりして
ぶっ飛ばしてやりたかった、のを思い出します。


アツクならないようにスイーツの話でも。

アイスカフェオレというのですかね、普通のカフェ
オレに氷を浮かべるのかと思っていたら、違うのが
あってカミサンから一口頂きました。

カフェオレをカキ氷状にしてあります。
(年寄り臭い表現ですかねえ)
さっぱりとして美味しいものでした。

帰り道、クラッシュドアイスの話をしながら
思いつきました。
家で甘く煮た小豆を小分けにして凍らせています。
それを砕いて粒にしたものを頂きます。

少し解けかけを食べると、シャリシャリとした後に
小豆の味が口中に広がります。
上記カフェオレは難しいけれど、家でも作れる新式
アイスだ、と威張りましたがカミサン無視。

私は生クリームを加味すれば売れるかもと思います。
エコです、家で氷菓を。


気づくのが遅れたのですが、素麺やウドンを茹でる時
今までは表示時間を基準にガスに架けていました。
これは無駄使いでしたね。

例えば素麺。
沸騰した湯に麺を入れ再び泡が盛り上がるように沸騰
そこで直ぐに火を止め蓋をします。
指定の時間迄むらせば茹で上がりです。

条件により時間を長めにとる必要があるかもしれませ
んがガス量をかなり減らせます。

讃岐饂飩の半生タイプでは茹で時間が10分とか20分
長いものがありますね。
これもほぼ同様です。
最初の茹で時間を1分より気持ち長めかな。

みなさん!ガスもエコでいきましょう。