一定の責任感がなければ勉強がいまひとつ伸びない
ということもありそうです。
もちろん「逆、必ずしも真ならず」
勉強ができないから責任感がない、とは云えません。
○
無責任だと、勉強が適当になります。
たとえば、確かめなどもしないでしょう。
やる気も持続しません。
競争しても途切れます。
宿題ができなくても平気
自分の実力が発揮されてなくても平気
覚えるべきことを覚えられてなくても良心はとがめません。
「無責任」という言葉はオオゲサかもしれません。
「テキトウ」かもしれないですがね。
○
「あれ、おかしくないかい。どうやってこうなるの?」
「さ~?」
私はこんな場面で(無責任?)と思うのです。
もちろん色んな「さ~」がありますからすべてを
無責任と思うわけではありません。
現在の日本では教え方のハウツーが進歩しており
丁寧に、分かりやすく、あきないように、教えてくれます。
でも、受け取る側の中にはそのことによって
自分で考えることをせず、自立しない分、一種の無責任
が生じているように見えるのです。
○
社会による影響もあります。
ハングリー精神が満ち溢れる社会では、やる気も起き易く
責任感が育ちやすいと思います。
大人、他人とのかかわりによる影響もあります。
「~は当たり前」という気持ちが責任感に結びつきますね。
宿題位するのが当たり前でしょう、という子なら
成績は伸びますよね。
○
スポーツをすることは勉強にプラスでしょう。
もちろん無責任な子もいるでしょう。
ただ比較的責任感が生まれやすいですね。
その責任感が勉強によく作用するのです。
もちろんスポーツで勉強に割く時間が減りますから
練習量の確保には気をつけなければなりません。
とはいえ一定以上の量をする必要はありません。
○
人により必要量は違うはずなのに、一斉に宿題を出す
ことが普通になっている日本はヘンですよね。
ムダやオーバーワークをひきおこします。
ただ保護者の方はたくさんの宿題が出ていると安心される
傾向が強いようです。
塾の中にはそれを逆手にとって、オリジナルプリントなる
ものを思いっきりだす処が多いようですね。
(どこがオリジナルなんだか・・)
使いこなせなきゃ意味がないのに。
塾の責任転嫁に役立つこともあります。
「これだけやってくれないと」
「覚えさせてください、さもないと通りません」
覚えてくれれば、目先の点は上がりますが
いつまでも受け身でよいのかなあ?
○
社会全体が無責任だと、子供もそうなりやすい?
省エネ、とか口先で云いつつ実行が伴わない社会で育つ
子供に責任感を求めるのは無理というものですね。
悪戦苦闘する背中を見てもらうのがよいのですが。
○
話がずれてきました。
(教えない)の世界では自立心が育ちやすく
責任感が強くなるものですが、その話は別の機会に。
(・・タイトルに偽りありですかね)
ということもありそうです。
もちろん「逆、必ずしも真ならず」
勉強ができないから責任感がない、とは云えません。
○
無責任だと、勉強が適当になります。
たとえば、確かめなどもしないでしょう。
やる気も持続しません。
競争しても途切れます。
宿題ができなくても平気
自分の実力が発揮されてなくても平気
覚えるべきことを覚えられてなくても良心はとがめません。
「無責任」という言葉はオオゲサかもしれません。
「テキトウ」かもしれないですがね。
○
「あれ、おかしくないかい。どうやってこうなるの?」
「さ~?」
私はこんな場面で(無責任?)と思うのです。
もちろん色んな「さ~」がありますからすべてを
無責任と思うわけではありません。
現在の日本では教え方のハウツーが進歩しており
丁寧に、分かりやすく、あきないように、教えてくれます。
でも、受け取る側の中にはそのことによって
自分で考えることをせず、自立しない分、一種の無責任
が生じているように見えるのです。
○
社会による影響もあります。
ハングリー精神が満ち溢れる社会では、やる気も起き易く
責任感が育ちやすいと思います。
大人、他人とのかかわりによる影響もあります。
「~は当たり前」という気持ちが責任感に結びつきますね。
宿題位するのが当たり前でしょう、という子なら
成績は伸びますよね。
○
スポーツをすることは勉強にプラスでしょう。
もちろん無責任な子もいるでしょう。
ただ比較的責任感が生まれやすいですね。
その責任感が勉強によく作用するのです。
もちろんスポーツで勉強に割く時間が減りますから
練習量の確保には気をつけなければなりません。
とはいえ一定以上の量をする必要はありません。
○
人により必要量は違うはずなのに、一斉に宿題を出す
ことが普通になっている日本はヘンですよね。
ムダやオーバーワークをひきおこします。
ただ保護者の方はたくさんの宿題が出ていると安心される
傾向が強いようです。
塾の中にはそれを逆手にとって、オリジナルプリントなる
ものを思いっきりだす処が多いようですね。
(どこがオリジナルなんだか・・)
使いこなせなきゃ意味がないのに。
塾の責任転嫁に役立つこともあります。
「これだけやってくれないと」
「覚えさせてください、さもないと通りません」
覚えてくれれば、目先の点は上がりますが
いつまでも受け身でよいのかなあ?
○
社会全体が無責任だと、子供もそうなりやすい?
省エネ、とか口先で云いつつ実行が伴わない社会で育つ
子供に責任感を求めるのは無理というものですね。
悪戦苦闘する背中を見てもらうのがよいのですが。
○
話がずれてきました。
(教えない)の世界では自立心が育ちやすく
責任感が強くなるものですが、その話は別の機会に。
(・・タイトルに偽りありですかね)