新書のようなものばかり読んでいるとたまには
きちんとした日本語を読みたくなります。
森銑三『明治人物閑話』中公文庫
所収の文章を発表されたのは昭和40年代後半から
50年あたりですが、古い文体を十分に意識されて
おられるようです。
文庫の冒頭から引きます。
「井上通泰先生の玉川の別荘へ、日曜日ごとに上って、
本を見せて貰ったり、雑談を聴いたりした。その折り
のことが、なつかしく回顧せらるが、それからもう
三十余年にもなるので、折角伺った話も、記憶が
薄らいでしまっている。」
縦書きのものを横で引用するとは失礼なことです。
申し訳ありません。
どうすれば縦書きになるか、ソフトもあると昔聞いた
のですが。。
○
少しは文章の感じがお分かりいただけますか?
森先生が(なんとなく先生という感じですね)
「これが明治に出来上がった日本語です。
近年の文章は出来が甘くありませんか?」
と言われているような気がする書き出しですね。
漢文を基にし、いくばくか外国語の影響をうけ
ながら、時代に合う日本語が明治にできました。
うっすらと江戸期の(文の流れ)も感じられます。
文章ということに興味がある方にはお勧めです。
森銑三、掛け値なし、の名文家ですから。
ただし、題材を明治の人物に取りますから引用などが
今の日本語とは違っています。
古い文章が苦手の人は読まれないほうが安全です。
○
内田樹さんが文庫に解説を書いておられます。
全体として的を射ています。
彼も森さんの文体を好む、そうです。
ただね、そのワリには内田さん、解説の文章が
締まっていませんね。
いや、悪口ではありません。
現代の日本語が締まらないものですから
やむをえません。
文章というものは書くほうだけが変化させてみても
読み手が付いてこなければ成り立ちません。
文とは社会が作るものでもあります。
もちろん誰かが改革の口火を切るのですが
社会全体が認知してくれないと定着しませんから。
社会の風を捉えて文筆家が新しい文をつくる。
それを受けて社会の言葉が変容する。
こうして社会にマッチした言葉が普及するのですが
もともとの社会が饒舌になっていればそういう文体が
主流となります。
開高や野坂の辺りから大きく変わったようですね。
とはいえ子供が身につけるには難しいものです。
○
でも、この十年で表現力がゆたかな(よく言うと)
小中学生が増えたようには思えます。
饒舌の効果かなあ。
学校も社会も変わってきているのでしょう。
次は、甘さを排せられるか、文を削れるか、です
けれども、大人も変わらないと不可能でしょうね。
きちんとした日本語を読みたくなります。
森銑三『明治人物閑話』中公文庫
所収の文章を発表されたのは昭和40年代後半から
50年あたりですが、古い文体を十分に意識されて
おられるようです。
文庫の冒頭から引きます。
「井上通泰先生の玉川の別荘へ、日曜日ごとに上って、
本を見せて貰ったり、雑談を聴いたりした。その折り
のことが、なつかしく回顧せらるが、それからもう
三十余年にもなるので、折角伺った話も、記憶が
薄らいでしまっている。」
縦書きのものを横で引用するとは失礼なことです。
申し訳ありません。
どうすれば縦書きになるか、ソフトもあると昔聞いた
のですが。。
○
少しは文章の感じがお分かりいただけますか?
森先生が(なんとなく先生という感じですね)
「これが明治に出来上がった日本語です。
近年の文章は出来が甘くありませんか?」
と言われているような気がする書き出しですね。
漢文を基にし、いくばくか外国語の影響をうけ
ながら、時代に合う日本語が明治にできました。
うっすらと江戸期の(文の流れ)も感じられます。
文章ということに興味がある方にはお勧めです。
森銑三、掛け値なし、の名文家ですから。
ただし、題材を明治の人物に取りますから引用などが
今の日本語とは違っています。
古い文章が苦手の人は読まれないほうが安全です。
○
内田樹さんが文庫に解説を書いておられます。
全体として的を射ています。
彼も森さんの文体を好む、そうです。
ただね、そのワリには内田さん、解説の文章が
締まっていませんね。
いや、悪口ではありません。
現代の日本語が締まらないものですから
やむをえません。
文章というものは書くほうだけが変化させてみても
読み手が付いてこなければ成り立ちません。
文とは社会が作るものでもあります。
もちろん誰かが改革の口火を切るのですが
社会全体が認知してくれないと定着しませんから。
社会の風を捉えて文筆家が新しい文をつくる。
それを受けて社会の言葉が変容する。
こうして社会にマッチした言葉が普及するのですが
もともとの社会が饒舌になっていればそういう文体が
主流となります。
開高や野坂の辺りから大きく変わったようですね。
とはいえ子供が身につけるには難しいものです。
○
でも、この十年で表現力がゆたかな(よく言うと)
小中学生が増えたようには思えます。
饒舌の効果かなあ。
学校も社会も変わってきているのでしょう。
次は、甘さを排せられるか、文を削れるか、です
けれども、大人も変わらないと不可能でしょうね。