♪ラジオ放送・文字版「世の光」

   1952年以来、キリスト教会が協力して全国民放ラジオで放送して66年の
「世の光」を文字で 

■死者の復活がないのなら / 福井 誠

2018年05月09日 | Weblog
2018/4/4放送


世の光の時間です。いかがお過ごしでしょうか? 福井 誠です。今日のバイブル・メッセージは「死者の復活がないのなら」です。 コリント人への手紙第一15章32節から読みましょう。
もし死者がよみがえらないのなら、「食べたり飲んだりしようではないか。どうせ、明日は死ぬのだから」ということになります。(新改訳2017)

 ある高校の教師がいつものようにパチンコ屋の列に並んでいました。10時開店を待って、今日もパチンコで負けるか勝つか楽しみにしていたのです。そしてその日は日曜日。奥さんはいつものように教会へ出かけていました。待ち列に並びながら、ふと教会へ出かけた奥さんのことを思い出し、何をバカなことをしてんだか、真面目くさった人生を生きて実につまらん、と考えていました。ところがいつものようにパチンコ屋に入り、玉をはじいているうちに、ふと心の中にこれまで感じた事のない空しさを感じてきたのです。人生死んだら終わり、と生きている間に飲み食いして楽しい思いをして人生生きなければ損、と思っていたのが、ただ自分を楽しませるだけの人生を生きている自分に急に空しさと卑しさを感じてきたのでした。食っては寝て、食っては寝ての生活。出て来るものは糞だけ。俺はただの人糞製造機ではないかと思わされて、それから奥さんについて教会へ通うようになりました。そして信仰を持ったあとは定年退職前に退職をし、神学校へ入り、教会の働きをするようになったのです。

 確かに人間死んだら終わりと考えたら何よりも今ここの瞬間が大事なことになるはずです。しかし考えてみれば、人間のいのちはそんなに安っぽいものではないはずです。人間のいのちは地球よりも重く、永遠に価値あるものとして造られたのが本当でしょう。多くの人はそのような事実を感じていながら、聖書がそれを事実として語っていることを認めません。

 聖書ははっきりと、人間は高価で尊い者として神に造られ愛されていることを語っています。人間は死んで終わりではないのです。その魂はよみがえってこれをくださった神のもとに帰る(※その魂はこれをくださった神のもとに帰り、身体のよみがえりの時を待つ)というのが聖書の語ることです。ぜひ聖書を読んで、人間の人生に素晴らしい御計画をもっておられる神様を知っていただきたいと思います

(PBA制作「世の光」2018.4.4放送でのお話より )

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 さて、この番組を制作しているPBAの「世の光」の係りでは分りやすい聖書通信講座を用意していて、初めての方には無料の入門コースがお勧めとの事。詳しくはPBAに案内書を申し込みましょう。日曜日に教会を覗いてみるというのはお勧め。こっそり覗きたければ一人で。それとも友だちをけしかけてつるんでもいいし。日曜日は大抵、朝10時か、10時半頃からお昼頃まで集まっていて誰が行ってもオーケー。事前の連絡なしでもちょっとのぞかせてくださいと言えばいいでしょう。PBAに聞くと近くの教会を紹介してくれるので、気軽に問い合わせるといいでしょう。問い合わせ先は、mail@pba-net.comです。

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