2022/6/9放送
「世の光」の時間です。皆さんお元気でしょうか。鶴瀬恵みキリスト教会牧師の堀肇です。
今日も「そういえば、どこかで聞いたことがある。読んだことがある。」というような聖書の名言の一つを取り上げてみたいと思います。
マタイの福音書7章13節、14節に出てくる「狭い門から入りなさい」ということばです。
ところで、このことばを聞くと、すぐアンドレ・ジッドの名著『狭き門』を思い出される方もあると思います。そのタイトルはこのマタイの福音書から取られたものなんですね。
みことばの全体を読んでみます。
「狭い門から入りなさい。滅びに至る門は大きく、その道は広く、そこから入って行く者が多いのです。いのちに至る門はなんと狭く、その道もなんと細いことでしょう。」
というのです。
このことばは名言ではありますが誤解の多いことばでもありまして、キリスト教の信仰に入るには厳しい修練を経て、それこそ受験勉強のように頑張って狭き門から入るのではないか、と考えている人が意外と多いんではないでしょうか。
「こんないいかげんな生活をしていては教会に行かれない」と言われる方もよくあるんですね。まあある意味で真面目な人だと思います。
しかしこれは誤解なんですね。聖書は、人が救われるには立派な人間にならなくてはならない、とは教えていないのですね。罪を悔い改め、イエス・キリストを救い主として信じるその信仰のみで救われる、と教えているんですね。これはキリストの使徒パウロも宗教改革者たちも繰り返し語ってきたことです。
では「狭き門」というのはどういうことなのでしょうか。それは、「信じる」という「ただ信じる」という決断をする人が少ないという意味で「狭き門」だということなんですね。
変なたとえですが、何か流行すると内容をよく吟味もしないで多くの人が飛びつくのに目も心も奪われやすいものですね。人生においてもそうなりやすいのです。
たとえ興味を持つ人が少なくても、その道は細くても、いのちに至る道を選択したいものです。
( PBA制作「世の光」 2022.6.9放送でのお話しより )
******
さて、この番組を制作しているPBAの「世の光」の係りでは分りやすい聖書通信講座を用意していて、初めての方には無料の入門コースがお勧めとの事。詳しくはPBAに案内書を申し込みましょう。日曜日に教会を覗いてみるというのもいいんじゃないかなあ。日曜日は大抵、朝10時か、10時半頃からお昼頃まで集まっていて誰が行ってもオーケー。でも、新型コロナ禍で集まるのを制限したりオンラインの集まりに切り替えたりしているかもしれません。PBAに聞くと近くの教会を紹介してくれるので、気軽に問い合わせるといいでしょう。問い合わせ先は、mail@pba-net.comです。
******
このサイトは URL名として http://yonohikari.biblica.info が使えます。携帯からもこのURLでどうぞ。