♪ラジオ放送・文字版「世の光」

   1952年以来、キリスト教会が協力して全国民放ラジオで放送して72年、
PBA『世の光』を文字で 

■ツァレファテのやもめ / 関根弘興

2020年03月27日 | Weblog

2020/2/14放送
 世の光の時間です。お元気でお過ごしでしょうか? 関根弘興です。

 イエス様がエルサレムにある神殿の中の外庭に座っているときでした。その近くには献金箱がありました。そこに貧しいやもめがやってきて、当時の貨幣の最小単位であるレプタ銅貨を二つ投げ入れたんです。その中にすべてを神様に委ねて生きるという姿がありました。実はこれと似た話が旧約聖書に出てきます。預言者エリヤとツァレファテのやもめの話なんです。

 エリヤの時代に大飢饉が起こりました。エリヤは神様の命令に従って川のほとりに行き、しばらくの間そこで生活していました。でも食べ物がありません。しかし不思議なことに朝と夕方、カラスがパンと肉を運んできたというのですねえ。神様がエリヤを養ってくださったわけです。ところがしばらくすると川の水が枯れてしまいました。すると神様は、「エリヤよ、行ってそこに住め。わたしはそこのひとりのやもめに命じてあなたを養うようにしている。」と言われたんです。そこでエリヤはツァレファテの村に行くんですねえ。するとそこに着くと一人のやもめに出会いました。エリヤが、水と一口のパンを持って来てください、と言うと、やもめは、「私の家には一握りの粉とほんの少しの油が残っているだけです。私と息子はそれを食べてから死のうとしているのです。」と言うではありませんか。するとエリヤは「恐れてはいけません。まず私のためにそれで小さなパン菓子を作り、私のところに持って来なさい。」と言ったんですねえ。ま、なんてエリヤはずうずうしいのだろうと思いますよね。でもエリヤは続けてこう言ったんです。「飢饉が終わるまであなたの瓶の粉は尽きず壷の油はなくならないと主が言っておられます。」 こう語ったのです。やもめはエリヤのいう通りにしました。つまり自分の人生を神様の約束にかけたわけです。すると不思議にもその時から、粉も油も尽きることがなく、エリヤとやもめと息子は飢饉を生き延びることができたというのですねえ。(参照 列王記第一17章1~16節)
 実はこれは大変有名な旧約聖書のお話です。このツァレファテのやもめもレプタ銅貨二枚をささげたあのやもめも、同じように自分には何もないけれど、その何もない自分を神様に委ねて歩もうという信仰の姿を表しているんですね。その姿を神様は求めておられるのです。

     (PBA制作「世の光」2020.2.14放送でのお話しより)

***

 さて、この番組を制作しているPBAの「世の光」の係りでは分りやすい聖書通信講座を用意していて、初めての方には無料の入門コースがお勧めとの事。詳しくはPBAに案内書を申し込みましょう。日曜日に教会を覗いてみるというのはお勧め。こっそり覗きたければ一人で。それとも友だちをけしかけてつるんでもいいし。日曜日は大抵、朝10時か、10時半頃からお昼頃まで集まっていて誰が行ってもオーケー。事前の連絡なしでも、ちょっときてみました、いいですか? と言えばいいでしょう。PBAに聞くと近くの教会を紹介してくれるので、気軽に問い合わせるといいでしょう。問い合わせ先は、mail@pba-net.comです。

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