♪ラジオ放送・文字版「世の光」

   1952年以来、キリスト教会が協力して全国民放ラジオで放送して72年、
PBA『世の光』を文字で 

■わたしだ。恐れるな  

2009年03月03日 | Weblog

世の光の時間です。 お元気でお過ごしでしょうか? 関根弘興です。 今日もさわやかに一日を始めていきたいですね。

 私たちは信仰を持つということに関して、ま、次のように考えることがあります。 それはイエス・キリストのことばに従っていれば人生に嵐なんて来る訳がない、問題もなくなり、すべてが順調に進むに違いない。 ま、そう考えることがありますね。

 でも、そう考えてしまうと、何か困難や苦しみという嵐がやってくると途端に自分を責めてしまうか、なあんだイエスを信じたって何にも良いことがない、と言って去ってしまうこともあるんですね。 

 イエス・キリストを信頼し生活していてもすべてが順調にいくなどということは決してありません。 しばしば嵐が起こります。 問題も起こります。 でも大切なのは嵐が起こらないことではなくて、嵐の中でも神様に信頼し、嵐を通して神様が教えてくださることを受け取っていく、ということなんです。

 神様はいたずらに嵐を起こして私たちを翻弄するような方ではありません。 私たちが更に神様の深い真理を知り、成長していくことができるように、ま、ときどき困難や嵐と思われることを通して訓練してくださる方なのです。 

 ですから人生の嵐が起こったら、今度は何を学ぶことができるのだろうか、どんな神様の姿を知ることができるのだろうかと、どうぞ考えてください。 

 さて、イエス・キリストの弟子たちがガリラヤ湖を舟で渡ろうとしていた時のことです。 突然の嵐が起こり、彼らは舟を漕ぎあぐねてしまいました。 すると何とイエス・キリストは湖の上を歩いてこられたのです。 もう弟子たちはびっくり。 まるで幽霊を見ているかと思い、叫び声を上げたんですねえ。 するとイエス様は弟子たちに、「わたしだ。 恐れることはない。」と語られたんです。 弟子たちは嵐に翻弄されながら、イエス様の「わたしだ。 恐れることはない。」(マタイ 14章27節、マルコ 6章50節) ということばに安堵していきました。 

 実はイエス・キリストがここでわざわざ「わたしだ。」と強調しているのは深い意味が込められているんですねえ。

 それは昔エジプトで奴隷生活を強いられていたイスラエルの人たちを約束の地に導くためにモーセという人が選ばれました。 神様はリーダーとしてあまり自信のないモーセに「わたしは永遠の存在者である。」ということを示されたんですね。

  実はイエス様が「わたしだ。」と強調されたことの中におなじ意味が含まれているんです。 それは「わたしは決して滅びることのない永遠の存在者だ。 だから恐れることはない。 安心しなさい。」 そういう意味があるんですねえ。

 「わたしだ。 恐れるな。」と語られるイエス様はあなたにも語りかけているんです。

 (PBA制作「世の光」2009.3.3放送でのお話しより)

******

 さて、この番組を制作しているPBAの「世の光」の係りでは分りやすい聖書通信講座を用意していて、初めての方には無料の入門コースがお勧めとの事。詳しくはPBAに案内書を申し込みましょう。日曜日に教会を覗いてみるというのはお勧め。こっそり覗きたければ一人で。それとも友だちをけしかけてつるんでもいいし。日曜日は大抵、朝10時か、10時半頃からお昼頃まで集まっていて誰が行ってもオーケー。予約なしでもちょっとのぞかせてくださいと言えばいいでしょう。PBAに聞くと近くの教会を紹介してくれるので、気軽に問い合わせるといいでしょう。問い合わせ先は、mail@pba-net.comです。

***

このサイトは URL名として 
http://yonohikari.biblical.jp 

が使えます。携帯からもこのURLでどうぞ。



  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする