花の四日市スワマエ商店街

表参道スワマエ商店街会長のひとり愚痴

岡田屋呉服店の歴史

2020年09月12日 | レモン色の町

オカダヤ(現イオン)は、街の中心部を目指して移動していた。明治・大正期の岡田屋呉服店は、東海道の辻に呉服店を構えていた。

明治〜大正期の辻付近での道路工事の様子。岡田屋の看板が見える。

戦後、諏訪新道の拡幅工事が行われ、街一番の繁華街になるとここへ移動。

昭和29年の諏訪新道

昭和43年の諏訪新道(オカダヤは商品部となっている)

昭和40年頃か? 森さん提供:この右側にオカダヤがあった。

昭和33年4月、新しく出来た近鉄四日市駅前の一等地924㎡に2階建て オカダヤが誕生する。昭和34年11月百貨店申請をして2200㎡のオカダヤ百貨店に開店となる。この2階の西南角に小さなニュース劇場があった。ここでグレゴリーペックの“ナヴァロンの要塞”を観た記憶がある。この映画の封切りが昭和36年だから、ニュース劇場は、昭和33年〜38年の間に存在していたと思う。

昭和38年3月増床。売場面積5000㎡の総合百貨店となる。昭和44年2月ジャスコ設立され、オカダヤからジャスコに改名する。

 

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2 コメント

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Unknown (伊勢生まれの下総人)
2020-09-13 16:22:45
オカダヤのニュース劇場。
わたしはここで「にあんちゃん」を観ました。
また、屋上では、望遠鏡で当時解体工事中だった石原産業の煙突を見ました。煙突の先端では作業中の2~3人の人影が動いていました。
ホトケヤさんの記事で懐かしい思い出を蘇らせることができました。
感謝です。
オカダヤの事 (タケオです)
2020-09-14 09:49:42
石原産業の煙突が ずいぶん間近に臨めたんですねえ 地震で半壊したんじゃなかったでしょうか?
ニュース劇場は 隅の狭いところのありました 100人くらいの客席ではなかったでしょうか?当時は にあんちゃん・つづり方兄弟・名もなく貧しく美しく・キクとイサム等 文部省選定の作品が多くつくられ 学校からもみんなで出かけました ニャ

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