新・ほろ酔い気分

酔っているような気分のまま、
愚にもつかない身辺雑記や俳句で遊んでおります。
お目に留めて下されば嬉しいです。

加齢と判断基準

2010年04月13日 09時02分21秒 | 身辺雑記

 一般論で言えば、歳を重ねれば重ねるほど、頑固になると言われている。

 頑固とは、頑なになり、説を曲げないことだ。言い出したことは曲げない。曲げられない。

 これはよく分かる。つまり、柔軟性がなくなってきたということだろう。私にも当てはまりそうに思う。

 一方では、老成して円熟味が増すと言われたりする。

 判断の基準は、加齢とともに、変化があるだろうか。

 私は変化してきているように思えてならない。

 甘くなったか、それとも辛くなったか。総じて言えば、甘くなったのではなかろうか。

 たとえばの話で言おう。

 電車の中での携帯電話。

 車内のアナウンスでは、「優先席付近では電源を切って下さい」、「そのほかの場合、マナーモードに切り替え、通話はお控え下さい」と、繰り返し言っている。

 仮に、「優先席付近では電源を切って下さい」の例で言えば、以前なら、メールをしている人に注意したこともあった。

 しかし今は見て見ぬふり。注意をしない。時には不愉快だから、席を立ってしまう。

 甘くなったと言えそうだ。

 理由は幾つかある。

 ① 逆ねじを食わされるのがイヤ。怖い。「触らぬ神に祟りなし」と   いう気持ち。

 ② すっかり馴れた。気にならなくなった。鈍感になったということ。

 ③ 諦めた。莫迦には何を言ってもダメ。②に近いのだが、諦観と言えそう。

 そのようなこともあって、この頃は注意もしない。

 少しずつ気にならなくなってきた。

 つまり、判断基準が甘くなってきたのだ。

 そんな私だが、②ではないと思っている。①と③かもしれない。

 他の例においても、そのような変化があるだろうか。

 加齢と判断基準について、この頃、妙に気になっている。

 政治に関しては、諦めないつもりだが。

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爪も牙もない

2010年04月12日 08時02分18秒 | 身辺雑記

「普天間基地の国外、県外移転!」を売り物にしていた現政権が、今やなすすべもなく立ち往生。

 沖縄県民の心を弄んだ上、アメリカの不信を買ってしまった。

 鳩山首相はオバマ大統領との会見も拒否され、食事会でやっと隣席に座れたとか。

 虎や狼が揃っている世界の中で、温和しい兎がどのようにして生き残れるか。

 自分はお金をばらまいて総理に登りつめたのだろうが、世界の冷厳な現実の前では通用しなかった。

 私はテレビであのギョロ目と馬鹿丁寧な言葉を聞くと、蕁麻疹が出てしまう。

 ほとほと嫌になった。

「高速道の無料化」も、「実質的には値上げ」という結果になりそうだ。

 自民党もひどかったが、これほどひどくはなかったように思う。

 タイでは反政府暴動が激しい。

 それに反し、日本人は、牙も爪もなく、モノも言わない兎のようだ。 

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風光る

2010年04月10日 07時10分00秒 | 写真俳句・エッセー

 俳句の歳時記は面白い。奥が深いと言うべきか。

 春の季語でも、「亀鳴く」、「山笑ふ」、「蛙の目借り時」など、興味が尽きない。

 私は「風光る」が好きだ。  

Simg_2123t

 柔らかい風の中で、綿毛が日を受けて光っていた。風が光っているとも言えた。

 しかし、地面では、風をイメージしにくい。風が光っている感じはしない。

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 新芽を吹いた柳が、柔らかい風に吹かれ、ふわふわ揺らいでいた。

 とは言え、「柳」が全面に出過ぎる感じ。ピンと来なかった。

 考えてみれば、どれもこれも同じようなもの。単なるこだわりに過ぎない。

Simg_4422t_2

 楓の若葉が、赤い花をつけていた。

 弱い風ににも、ふわふわと吹かれていて、頼りなげな風情ではあった。

 しかしそこには、初々しい明るさがあった。 

   風光る居心地悪しき老ひが恋   鵯 一平

 決して私自身のことではない。念のため。 

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芭蕉庵

2010年04月09日 07時26分43秒 | 身辺雑記

Simg_2842t

 元禄2年(1689年)、46歳の松尾芭蕉が、「おくのほそ道」の旅に出発したのだそうだ。

 その出発点に立つことを思い立ち、過日、深川の「芭蕉記念館」へ行った。

 ところが、行ってみて分かったことだが、真の芭蕉庵はすこし離れたところだった。

Simg_2874t

 その経緯について詳述することは避けるが、現在の芭蕉稲荷附近が芭蕉庵だったのだそうだ。

「ふーん、そうだったんだねー」と言っているようでは、いけないのかもしれない。

 その附近から見た清澄橋が下の写真である。

 曇り空の薄ら寒い日であったが、隅田川を上下する舟が多かった。

Simg_2885t

 そこも早々に切り上げて、清澄公園へ向かった。

 先日の「しゃぼん玉」は、その公園で撮らせてもらったのだ。

 子供たちの声が弾けていて、私もすっかり嬉しくなった。

 桜の花は八分咲きだったが、あちこちで花見の宴。もちろんアルコールなし。

 次の句は、そのおりに思い浮かんだ。従って、リアリズムではない。

    悪酔いの修羅が伸びてる花の宴  一平 

 若いお父さんたちも多かったが、ウーロン茶などの様子だった。

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危ないぞ、日本

2010年04月08日 07時28分00秒 | コラム・エッセー

 アメリカのハラが、露骨に見え始めた。

 ここまで見せられないと、鳩山内閣は分からなかったらしい。

 小沢幹事長は、証人喚問や参考人招致に関し、「アメリカから招待されているので、時間的な余裕がない」と言って断っていた。

 その上、「オバマ大統領との対談」を、訪米の条件にするとも豪語していた。

 そんなアメリカであろうはずがなかった。

 普天間の処理に関し、アメリカが「ノー」と言っている。

 ワシントンで開かれる「核安全サミット」でも、オバマ・鳩山会談は拒否されたとか。

 そこまでやられないと、アメリカのハラを読めない日本。アホじゃないか。

 いくら「対等だ」とか、「ノーと言える日本」と言っても、今さらどうにもならないのだ。

 日米安全保障条約に関し、日本は従属的なのだ。

 我慢をするしかない。

 憲法九条を誇りにしているかぎり、アメリカと対等ではありえない。

 経済繁栄のみに突っ走ってきた結果だ。自業自得と言える。

 このままでいいのか?

 このままの日本では、アメリカの属国的な存在だ。

 脱却しなくていいなら、今までの路線で過ごせばいい。

 しかし、いずれはアメリカの都合で捨てられる。その危険性は十分にある。

 真に対等な両国関係を確立しなければ、日本は中国に売り渡されるかもしれない。

 ポイントは、安全保障と経済だ。

 焦らずに、しかし方向性をしかと見定めて、進むしか日本の残る道はない。

 かなり遅れてしまったが、まだ間に合うかもしれない。

「密約があった!」とか、「東アジア共同体構想」とか、「普天間の国外・県外」を声高に言っているだけでは、残念ながら通用しない。

 この屈辱を跳ね返すには、今のところ、「真の同盟」を進めるしかない。

 その上で、まさに、「真の独立国」を指向しようではないか。

 自分の国を自分で守る気概がほしい。

 その国家観を元に、戦略・戦術を樹立すべきなのだ。

「血を流そう!」と言っていない。誤解のないように!! 

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