先日、かなりの強風が吹いた。
各地に被害が出たようだ。
あのような場面に遭遇すると、私には決まって思うことがある。
孫のことだ。
寒いだろうな。手が冷たいだろうな。風邪を引かなければいいな。
どうにもならないクセに、心配をする。われながら、呆れたものだと思っている。
そのときに浮かんだ俳句が、次のようなものだった。
転びつつ父の背を追ふ冬帽子 鵯 一平
ここで言う父とは、わが息子のことだ。
その息子の話によれば、保育園へ行く際、むしろ追うのは息子らしい。
ありがたいことに、そこまで成長してくれた。いや違う。世間の方々のお力をお借りできたからこそ、ここまで大きくなれたのだ。
句を修正すべきかもしれない。次のようにしたい。
転ぶなよ父の背を追ふ冬帽子 鵯 一平
強風の日、亡き母を思うこともあった。
亡くなって50年以上の過ぎているのに、今になっても思い出すのだ。申し訳ないのだが、父親については思い出さない。
戦後の食糧窮乏時代に、両親の苦労は大変なものだった。
栄養のバランスの問題からか、冬の母は、よくアカギレに苦労していた。
病気ならもつき合うはずの私なのに、シモヤケやアカギレに罹ったことはなかった。
体質のせいだったのだろう。
あかぎれや黄泉行く母の右踵 鵯 一平
右足だったか左足だったか憶えていない。両足だったかもしれない。
今の時代、アカギレの話は聞かない。
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