昨日、床屋さんでの話。いつもの若おかみが相手だ。
話題が酒井法子の保釈問題に及んだ。
「どのチャンネルに廻しても、ノリピーの会見でしたからねえ、イヤになりましたよ」
さも辟易したような彼女の言葉だった。
「じゃあ、見なきゃよかったのに……」
私が言った。実は私も、会見のニュースは何度も見ていた。だから、本来は言える立場ではない。
「しかし、ウチのお客さんは、みんな男性でしょ、ノリピーの話題が多いンですよ。だから、一応は見ておかないと……」
これは彼女の言い訳だ。
「男の人って、どうして涙に弱いンでしょうかねえ。嘘に決まってるのに!」
昨日の彼女は、語調が厳しかった。前の客に、ノリピーフアンがいたのかもしれない。非難の語調だった。
「仮釈放なのに、あんなメイクして、しかも嘘涙!ぜーんぶ計算ずくですよ!」
容赦のない口ぶりだ。
まるで私が責められている雰囲気だ。つい、こちらはタジタジ。
一般的に言えば、酒井法子の問題に関し、女性の反応は厳しい。男は甘いようだ。
私も自分を考えてみた。
「薬物を勧めたのは亭主だった。子供に会いたいという母心は分かる。あの神妙さは反省しているからだろう。あの涙はホンモノではなかろうか」
どうしても、そんなふうに思ってしまう。か弱そうな雰囲気を出しているので、つい同情してしまうのかもしれない。
しかしあの会見は、周到に計算されたドラマとしか思えない。あの反省の言葉も、十分に準備されていなのではないか。誰かの演出であることは間違いない。
ひょっとしたら、復帰後の活躍を前提としているとも言える。
涙だって、演技の一部だったかもしれない。それでは酷だろうか。
髪を整えてもらいながら、居眠り半分で、そんなことを考えた。
立派な更生を願っていることは、もちろんのことだが。
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