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西洋人の心理が特異なのは教会が親族関係を破壊したから

2024-02-13 20:38:08 | 読書ノート
ジョセフ・ヘンリック『WEIRD「現代人」の奇妙な心理:経済的繁栄、民主制、個人主義の起源』今西康子訳, 白揚社, 2023.

  文化心理学と世界史。さまざまな民族の間にある性格の異同を検証しながら、西洋人特有の精神的特徴を浮彫りにする。それだけでなく、そのような特徴を持つに至った原因にまでさかのぼり、それが歴史的にどのような結果をもたらしたのかについて論じている。著者は『文化がヒトを進化させた』の邦訳のある進化人類学者で、原著はThe WEIRDest People in the World : How the West Became Psychologically Peculiar and Particularly Prosperous (Farrar, Straus and Giroux, 2020)である。

  文化間比較によると、個人主義的傾向、分析的思考、傾向性主義(行動の原因を個人の置かれた状況にではなくその個人の性格に求めること)、非人格的向社会性(非血縁者や見知らぬ人を信頼する度合いが高いこと)の四つは、他の文化では見られない西洋人の心理傾向であるという。(ただし現代では非西洋人でも都市に住む大卒者ならば同じ心理傾向を持つ)。

  非西欧圏では、個人は親族ベースの人間関係の中に埋め込まれており、それが生きる上でのセーフティネットになっている。個人のアイデンティティは親族関係によって外から与えられる。結婚相手は親族ネットワークを通じて決まる。そして、年長者か否かなど相手によってコミュニケーションスタイルが変わる。すなわち関係に合わせた自己の表出となるため、外から見ると人格において一貫性が無いようにみえる。財産があったとしても、それは個人のものではなくその家系のものであって自由に処分できず、偶然得られた収入に対しては親族間で共有しようとういう圧力がかかる。したがって、蓄財に努力する動機がない。こうした親族重視の社会システムは世界各地で見られる現象であり、進化学を踏まえれば理解できるものだと著者は記す。

  特異なのは西洋人のほうで、なぜ上記のような特徴を持つに至ったのか。それはカトリック教会の影響だという。中世の教会は婚姻形態を監視し、一夫多妻から、寡婦を死亡した夫の兄弟が娶ること、さらにかなり遠い血縁関係の間での結婚までを禁止した。これによって古代ヨーロッパに存在した各部族の有力氏族が解体されてしまい、家庭は夫婦と子どもだけで構成される核家族となってしまった。親族ベース社会が失われた結果、経済的自活は個人の才覚と勤勉さに依存することになった。また、個人は非血縁者と協力して共同体──教会、ギルド、都市──を作り、新しいセーフティネットとした。それら共同体は(キリスト教が基盤にあることもあって)構成員間で公正・平等な意思決定システムを作り上げた。

  西洋人の心理傾向は、中世に広まった上のような環境に適応したものだという。そして、こうした心理傾向が、結果として民主制や産業革命をもたらしたとする。以上のような仮説について、著者自身によるものも含めて「心理傾向⇒社会制度」という因果関係を予測させる研究結果を示しながら補強してゆく。もちろん、完璧な証明ではないけれども。だが、全婚姻に占めるいとこ婚の割合によって国の間に心理傾向に違いが現れることや、同じ民族の中でも市場への近接度で私有に対する感覚が違うなど、関係があるなどとはまったく想像したことすらないような概念間の相関関係を示唆する研究結果や実験結果が紹介されていて、驚かされることばかりである。なお、日本は個人主義的な西洋と親族ベース社会(例えば中国)のちょうど中間あたりに位置づけられている。

  本書はグローバルヒストリーという領域を数段上に引き上げる内容である。これまで読んできた多くの近代化や経済発展をめぐる議論──ウェーバーほかの近代化論、開発経済学、経済学の制度学派、社会関係資本、フランシス・フクヤマ、日本の山岸俊夫の研究などなど──が、本書によってきれいに整理されてしまった。特に、制度が先かメンタリティが先かという議論に対して、文化と心理の共進化という回答を説得力を持って提示していることは大きい。しかも、親族ベース社会⇒農耕⇒親族社会のメンタリティ強化⇒教会⇒西洋人の心理傾向の形成⇒民主制・経済発展と、きちんと要素間の順序を与えている。もちろん細かいところに疑問がないわけではない。けれども、筋書としての完成度は非常に高いと言える。この本を読んでない人間に、普遍性とか文化相対主義を語ってほしくない、と思えるレベルである。
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