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気軽な雰囲気を装いながらけっこう広くて深いマイルス史

2015-10-12 10:30:04 | 読書ノート
菊地成孔, 大谷能生『M/D:マイルス・デューイ・デイヴィスⅢ世研究』河出文庫, 河出書房, 2011.

  菊地・大谷コンビの三作目(参考)。マイルス・デイビスの音楽およびファッションを分析する東大での講義録。講義録の間に雑誌に掲載されたエッセイや楽理分析なども収録されており、上下巻合わせて1000頁を超えるボリュームとなっている。文庫版には、『マイルスを聴け!』の著者で今年初めに亡くなった中山康樹との鼎談も追加されている。文体はちょっと回りくどいところはあるけれど、充実の内容である。

  構成はオーソドックスで、マイルスの生い立ちから死までを追うというもの。「牧場を持つほど富裕な家庭にうまれながら一方で黒人である」というアンビバレンスが強調される。ヤクザな黒人ビバッパーの中でも、中流家庭出身であろう白人音楽家の中でも、彼はどこか浮いてしまう。その微妙なズレは、音において衣装においても観察できる、と。また、彼の育ちの良さは、商業的成功を渇望しながらも、どうしても下世話なことができず、彼の音楽に品の良さの刻印を押す。一方で黒人であることや、ジャズが期待したほど売れないことからくる苛立ちもあった。こうした視点から、各時期の楽曲を分析してゆく。

  個人的には上巻よりも下巻の方が面白かった。下巻の前半では、電化した"In a Silent Way"(Columbia, 1969)以降の楽曲がどう構築されていたかについて、プロの音楽家らしい手さばきで録音と編集の秘密が解き明かされる。後半では、活動中止から復帰した1981年以降のセレブリティ化に、バブル期のジャパン・マネーが一役買っただろうことが指摘される。全体として、ジャズ以外の領域に対する目配りが隅々まで行き届いており、視野の広い考察になっていると言える。

  ただし読み進めるには各時代の音をイメージできる程度の知識は必要かもしれない。まあ、音源はYoutubeにけっこう上がっているので、ある程度は金をかけず聴くことができる。僕は若い頃前掲の中山康樹の本を片手に正規盤をきちんと聴こうと試みたおっさんだが、さすがに1980年代は肌に合わなくてフォローできていなかった。今回あらためて聴いてみて、スタジオ盤はそんなに悪くない印象である。ただライブ録音でのシンセ音はチープで耐えられないが。本書のAmazon.co.jpのカスタマー・レビューでの場外乱闘もある1)のでそちらも必見。

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1) Amazon.co.jp『M/D:マイルス・デューイ・デイヴィスⅢ世研究/上』
  http://www.amazon.co.jp/dp/4309410960/
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