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公立図書館を限定的パブリックフォーラムと解釈しての議論

2013-10-04 08:49:15 | 読書ノート
松井茂記『図書館と表現の自由』岩波書店, 2013.

  著名な法学者(参考)が、公立図書館における「表現の自由」を検討した書籍。公立図書館を「限定的パブリックフォーラム」と捉え、資料の提供の適法なケースとそうでないケースを明らかにしてゆく内容である。8章以降の、法に触れる内容を持つ所蔵資料や裁判で係争中の所蔵資料等に対する、適正な利用制限の基準を検討した部分は、現場での対応を判断するための参考文献としておおいに役に立つと思われる。図書館ならばマストだろう。

  全体を通じて図書館と表現の自由の結びつきが強調され、図書館関係者を喜ばせる内容になっているように見える。しかし、よく読むとそうではない。重要なことはさらりと書いている。
憲法21条は一般に自由権であって、政府が国民の持つ自由を不当に侵害しないことを求めている考えられてきたので、その憲法21条から政府に一定の行為を積極的に義務づけているという解釈を導くことにはむずかしいものがあるのも事実である。(中略)それゆえ、図書館がある図書等を収集しなかった、あるいは購入しなかったからといって、原則としては利用者あるいは著者ないし出版社には、その表現の自由の侵害の主張は許されないであろう。(p.42-43)
  当たりまえのことだと思われるかもしれない。確かに、通常の憲法解釈を知っていれば誰にでも理解できる論理であるが、図書館関係者の間ではそうではなかった。長年のあいだ、「図書館の自由」論者は、国民には図書館に対して所蔵していない資料を要求できる権利があるのだと論じてきた。公立図書館はその要求に応えてあらゆる情報を提供しなければならない、とされてきたのである。管見の限りでは、図書館界の法学に詳しい者さえこうした憲法解釈の無理を指摘する声があがってこなかった。本書で敢えてそのような請求権の存在が否定されたことは、公立図書館の役割をめぐる議論を正常化するうえで意義が大きいと言える。

  このように「あらゆる情報を提供する義務」を公立図書館から外してしまうならば、もはや「知る権利を守る機関である」という図書館の自己規定は、過剰で誇大なものにしか見えない。図書館は情報提供機関かもしれないが、図書館員の裁量に従って「図書館の目的に沿った」情報を提供する機関にすぎない。美術館や学校を敢えて「情報提供機関だ」というのと何も違わないだろう。もちろん限定的パブリックフォーラムであるならば、表現の自由に従った運用が求められる。しかし、公営の集会所や展示施設、コンサートホールなども限定的パブリックフォーラムであって、公立図書館だけが表現の自由に対する特別な関係を主張できるわけではない。

  しかし、である。それでもなお、著者は公立図書館は表現の自由を守る機関であると強調する。こうした認識は個人的には蛇足かつ不要であるように思えるのだが、どうだろうか?というのも、図書館の設置目的がなんであろうと、限定的パブリックフォーラム論は適用可能なはずだからである(確信をもっているわけではないので、誰か教えていただきたい)。公立図書館が児童書を中心に集めようと、漫画図書館になろうと、ビジネス支援図書館であろうと、教育的な意図に沿って蔵書構築をしようと、所蔵資料の扱いに対する限定的パブリック・フォーラムとしての制限は受け入れざるをえないように見える。これに「図書館の目的がそもそも表現の自由を守る機関である」という前提を加えてしまうと、資料を中立公平に扱わなければならないという命題が、その前提からくるものなのか、それとも限定的パブリックフォーラムであることからくるものなのか、曖昧になってしまう。

  しかも、著者は公立図書館は表現の自由を守る機関であることを十分証明できていない。一・二章で著者はその法的根拠を探っているが、結局決定的なものはないままだった。そのため、著者は上記のような立場をとるとしたうえで後の議論を進めている。しかしながら、図書館の資料収集における裁量を認めてしまうならば、「表現の自由を守る」ことは資料提供という限定的な局面の話であって、施設の役割を決定するようなものではない。また、公立図書館はパブリック・フォーラムでないとしたCIPAをめぐる連邦最高裁の相対多数の意見にも説得力があり、また本書の議論の途上で廃された「教育目的」も成立する可能性も残ったままである。ならば、仮にこうした異論が成立する場合でも、公立図書館を限定的パブリック・フォーラムとみなすことに問題があるかどうか、また本書で示された法解釈が変わってくるのかどうかが重要な問題となるだろう。これらの点についても議論を加えたほうが、本書の分析の汎用性が高まっただろう。

  以上。ベースとなる考えに疑問をもったものの、後半の具体的な分析は詳細でためになるということは強調しておきたい。
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