“CONSERVATION of TIMBER BUILDINGS” :イギリスの古建築-2

2010-12-21 13:19:29 | 建物づくり一般
[図版更改 15.20][文言追加 15.31][文言追加 15.38]

Rafter roof :垂木構造の続きです。

先回、中世西欧の木造建物では、斜材:brace を交叉させたり、補助的な部材を付加する場合に、 lap-joint 、half lap-joint が多用さている、と紹介しました。
これは、ヨーロッパ大陸からイギリス、デンマーク、ノルウェイなど北欧地域の bahn や教会の建物に多く使われているようです。

イギリス中部の町 Hereford:ヘリフォードに、19世紀末に改造された「交叉する brace 」で構築した鐘楼(鐘塔)があり、その復元想定図が下の図です。19世紀末には、点線のように脇から支えられていましたが、half lap-joint の痕跡から想定復元された姿です。
この点線で描かれた鐘塔の外に付く部分、これが aisle の効能の一つ。最初は、ツッカエ棒のようなものだったのかもしれません。



この鐘塔の姿を鉄骨に変えると、高圧線鉄塔に似てきます。
産業革命後、イギリスでは、橋をはじめ鉄を使った構築物がつくられますが(下記)、そのヒントは木造の構築物にあったと言われています。
   http://blog.goo.ne.jp/gooogami/e/550bf074ff8bf3e9caa4befca172e345

日本の火の見櫓などでは、「斜材」使用がないのはなぜだったのでしょう。このような使い方なら、「部分的に入れる筋かい」が惹き起こす問題は生じない。ことによると、材料となる木材の樹種の違いか?

lap-joint の図解が下図です。[図版更改 15.20]



lap-joint というのは、2材がぶつかり合う箇所で、互いを欠いて接続させる日本でいう「相欠き」に相当するのではないかと思います。

図の a と b の場合、「斜材」の「柱」に当たる部分に「欠き込み」(赤い枠のところ)がある。
多分、はじめの頃は設けずに、ただ「斜材」を柱に当てて「栓」を打つだけだったのだと思います。そのうちに、「欠き込み」を設けると、「斜材」が引張られたとき、その「欠き込み」が引っ掛かって「栓」と共同して、より強くなる、それで設けるようになったのだと考えられます。
c は、逆に、押されたときに効く「欠き込み」(赤い枠のところ)と思われます。だから、引張られることに対しては、「栓」を2本打つことで対応しています。

このとき、「栓」を打つ位置が、直ではなく:「木理」上にはなく:斜めにずらしていることに注目したいと思います。
こういう仕事は、現場でなければ生まれません。13世紀の仕事だそうでうす。  
   日本の現在の木造建築で推奨される「ホールダウン金物」の取付けボルトは、
   平然と「木理」に沿って直線上に並べています。
   10cm径の柱に13Φのボルトを数多く並べるとなるとやむを得ないかもしれないが、所詮割烈の奨め・・・。
   それを承知で奨める・・・。これはどういうこと?  

d は、「欠き込み」を表に見せない方法。仕上りでは「欠き込み」が見えず、材は直のまま。これは、仕口など刻みの仕事が徐々に見栄えのよいやりかたに変ってゆく過程を物語っています。
notch とは、V字型の「切り込み(欠き込み)」のことを言う、と辞書にあります。

英語の joint は、一語で、日本の「継手」「仕口」の両方を指しているようです。

なお、探してみてはいますが、材を「持ち出した位置」つまり、支点~支点の中間で継ぐという事例が見当たりません。
これは、近世までの日本の建物づくりと同じで、材を中途で継ぐという発想は、かつての工人:現場の人たちにはなかったのでしょう。
考えてみれば納得がゆくように思います。材を継ぎたくなったら、そこには支点になるものを置く、これが素直な考え方だと思えるからです。

   斜材の先端:柱に lap する端部に「刳り形」がつくられているのは、
   先端が「ぶっきらぼう」なのを嫌ったからだと思います。
   日本で「木鼻(端)」を細工したくなった感覚と同じだと思います。[文言追加 15.31]


このような brace を多用するつくりかたで、earthfast posts による Fyfield Hall という建物(多分教会堂だと思います)が、ここ数百年健在だったことが発見されたとあります(具体的には図などが示されていません)。
earthfast とは、「地面に固定した」という意味にとれますから earthfast posts というのは「掘立柱」のことではないかと思います。
このように「斜材:brace 」をとにかくたくさん入れるつくり方は、下図の Hereford:ヘリフォードにある The Bishop's Palace の大ホールのようなつくりかたが生まれる過渡期の工法だったと考えられる、と同書は説明しています。
「斜材:brace 」の入れ方を、いわば「整理する」「要るものだけにする」までの過渡期、という意味だろうと思います。[文言追加 15.38]
The Bishop's Palace とは、Hereford 地区を統轄する司教の官邸?
いつの建設かは書いてありません。
下図は、そのThe Bishop's Palace の大ホールの断面図。



brace を多用する建物をつくっているうちに、力の流れに、より無駄なく対応できる方策に気がついた、その一つの到着点の姿と言えるのでしょう。

私がこの断面図を見て「なるほど!」と思うのは、下屋:aisle の Rafter:「垂木」(オレンジ色)の勾配・角度が、上屋の上部に設けられた「方杖」(黄色)の勾配・角度と同じで、しかも同一直線上にあることです(原図には色は付いていません)。

これによって、Rafter:「垂木」は、単に屋根の重さを支えるのではなく、建物全体の架構を構成する重要な部材として働くことになっているのです。
つまり、brace :「斜材」の役割を、Rafter:「垂木」にも担わせた、ということです。

もしも、下屋の「垂木」が、この図の位置よりも下になっているとすると、つまり、「方杖」の取付いている位置よりも下で「柱」に取付くと、屋根に載っている荷物の重さで、「柱」には上の方では外側に、下の方には内側へ押す力が生じてしまいます。「柱」には、垂直方向の力の他に、横に押す力が、しかも上下で逆方向の力がかかってしまう、その結果、ことによると「柱」が折れてしまうことも起きかねない。
逆に、位置が上になっても、ほぼ同じようなことが起きるでしょう。

おそらく、そういう経験を繰り返しているうちに、直線上に置くことの効能を知り、
しかもその直線は45度に近い角度がよいことにも気付いたものと思われます。
つまり、この「勾配」「角度」もダテではない、ということ。
   ダテ(だて・伊達):内容を充実させることには意を用いず、外見(だけ)を飾る様子。(「新明解国語辞典」)


ところで、Rafter roof :「垂木」構造に力がかかったとき、基本であるA型のフレームを構成する各材に、変形を起こそうとする力がかかります。
この様子を図解したのが下図です。



一番問題が起きやすいのは、合掌の頂部。
ところが、フランス以外の地域では、不思議なことに、このことを考慮した仕口はないのだそうです。つまり、合掌の頂部が離れてしまう事故を起こしやすい。
そのフランスで見られる仕口、解説では ridge joint 確実な接合となっているのが、下図のような方法。



これは、以前に紹介したことのある奈良時代建立の「法隆寺東院・伝法堂」の方法と同じです。参考のために、「伝法堂」の場合の写真と分解図を載せます。

        

異なるのは、フランスの場合、「枘」に相当する部分が dovertailed tenon になっていること。 dovertailed tenon とは、ハトの尾のような形、つまり、先が広がるバチ型の「枘」、辞書には「ありほぞ」とあります。 tenon が「枘」。
「伝法堂」では、ここまでの細工はしてありません。

要するに、これも、「現場で考えることは、洋の東西を問わず同じ」ということを示しているわけです。
建物をつくるに当たって、工人たちは、同じような問題に直面し、同じような解答を見つけ出すのです。これはまったく地域によらないことなのです。
私たちに必要なのは、「机上」で考えるのではなく、常に工人たちの立場に立つ、すなわち
「現場」の発想を大事にすること。それが、構築技術を考える際の「要(かなめ)」だと私は思っています。

今回の最後は、先に出てきたイギリスの Hereford:ヘリフォードの辺りの地図。
ロンドンの北西、バーミンガムの南西、オレンジ色の○で囲んであります。



次回からは、Purlin roofs 「母屋(桁)」方式の屋根を持つ建物について。
いろいろな継手、仕口が使われています。

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6 コメント

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割れに対する工夫 (ARAI)
2010-12-26 10:38:23
いつも質問にご回答下さいましてありがとうございます。
 目理に沿ったボルトが割れを誘発するとの記述で、以前目にした「しずく型込み栓」を思い出しました。大きな力が加わったときに込み栓が割れを誘発することに対する工夫のようです。
次のページの一番下にあります。
http://mokutai-jc.seesaa.net/article/22660365.html
この工夫が以前より知られているものか最近考えられたものかは知りませんが、
工夫自体は大変興味深いものだと思いました。
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危険な実験 (筆者)
2010-12-26 17:02:22
ご指摘の記事を見ました。
こういう実験はかえって害を流すのではないか、と危惧しました。
構築物にかかる外力は、このように部分にはかからないからです。もっとも、現在の法令規定の木造建築ではこうなるかもしれませんが・・・。
イギリスもそうであるように、構築物は、立体として全体で外力に抗するものです。
人間が暴力を受けたとき、全身を使って抵抗するでしょう。手だけであるいは足だけで・・・抵抗することはあり得ない、それと同じと考えてもよいかもしれません。
たしかに、こういう実験は簡単です。しかし、こういう実験は、目を部分にだけ向けさせ、本質から遠ざけてしまう、そのように思います。
つまり、これは、物理学で言う実験には相当せず、お遊びに過ぎない、そう思います。
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同感です,  シレンとアアルトの例 (ARAI)
2010-12-26 18:02:12
「危険な実験」、「お遊び」、下山先生ならばきっとそう言われると思っておりました。私が「工夫自体は大変興味深いと思いました」と限定的に書いたのはそのせいです。
 歴史に裏打ちされた昔ながらのつくりであるならば、部分的にとんでもなく大きな力がかかるなどということは無いと思います。 以前「現行法令の下での一体化工法の試み-2・・・・試案その1:基礎~土台~柱」
http://blog.goo.ne.jp/gooogami/e/242222496a998d686fe3f8f9c033fe37
の中で「落し蟻横栓打ち」を「過去の事例に、このような仕口を見たことがない」と書かれていましたが、「しずく型込み栓」も同様に昔には無かった過剰な工夫なのかな、と思って、「この工夫が以前より知られているものか最近考えられたものかは知りませんが」とコメントいたしました。
 そして、これまた以前より気になっていることがありますのでお尋ねいたします。「トラス組・・・・古く、今もなお新鮮な技術-6」
http://blog.goo.ne.jp/gooogami/e/5589cc3ba509ae2bbcc79a572abd4fed
の中のシレンとアアルトのトラス組みの写真では目理にそってボルトが使われています。素人目には割れを誘発しないか気になるところなのですが、これは割れを誘発するような大きな力のかかるところでないから大丈夫ということでしょうか。また、大工さんから隠れたところに使われている金物は結露などで接合部を駄目にするという話を聞いたことがありますが、写真のような場合では周りが覆われていないので、そのような心配はない(あるいは点検が容易)ということでよろしいでしょうか。
 質問ばかりで申し訳ありません。よろしくお願いいたします。
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ボルトの役割 (筆者)
2010-12-26 18:49:38
この例の場合、いずれも、接続の役割をしてくれる木材をとめるボルトです。
大きな座金が付いているように、ここではボルトが材を締め付けているわけです。
これは、現在の鉄骨造で使われる Hi‐tension bolt と同じように、強く締めることで2材を摩擦で接続しようという考えと見てよいのではないかと思います。
これに対して、ホールダウン金物では、引張られると、ボルトが直接木材に接することになります。それゆえ、ボルトが材を割る刃物の役割を持ってしまうのです。
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ボルトの役割・補足 (筆者)
2010-12-27 08:03:36
もう少し補足すると、アアルト、シレンのトラスでは、ボルトを通す孔は、ボルト径よりも大きくてよいということ。

かつては、木材と木材の接触面に、歯の付いたギザギザの座金(ジベルと言います)を入れてボルトを締めるものでした。古い書物には、載っています。
西欧から伝わってきた木造でのボルト使用は、摩擦でつなぐことを考えていた、ということになります。ボルトが直に木材に接することの危険性を知っていたからです。

どの時点で、これが忘れられたのか、不思議なことです。多分、現場の思考から机上の遊び的思考になってからのことでしょう。
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有難う御座います (ARAI)
2010-12-27 13:05:49
丁寧な解説本当にどうもありがとうございます。孔を大きくすること自体は、
狙いは別にあるにせよ、ちょうど話題にした「落し蟻横栓打ち」の引用元の
「現行法令の下での一体化工法の試み-2・・・・試案その1:基礎~土台~柱」
http://blog.goo.ne.jp/gooogami/e/242222496a998d686fe3f8f9c033fe37
の記事にも出てますね。シレン・アアルトの場合も孔が大きい可能性があるかどうか質問しようか迷っておったところでした。
 下山先生は既に「現行法令の下での一体化工法の試み」を示されたわけですが、先日の講習会で受講者の一人が、「そんなこと言ったって、建築基準法の中で仕事をしなければならないんだから・・・・」と呟かれたとのこと。少なくとも木造に関する限り素人目にも建築基準法がおかしいのではないかと思います。だからこそ、このように作りたいというものを頭に置いた上で仕事をしていただきたいと思うのです。こういう風に作ると決まってますから...という調子だけで作られたら素人はたまったものではないと思います。 
 いつか「現行法令がなければこうする(した)」みたいな記事も読んでみたいと思っています。素人の好奇心ということだけでははなく、建築基準法で汲々としている実務者が理想を描く参考にもなるのではないでしょうか。
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