“CONSERVATION of TIMBER BUILDINGS” :イギリスの古建築-3

2011-01-13 20:44:37 | 建物づくり一般
[註記追加 14日 9.57][註記追加 14日 10.20][文言改訂 14日 10.23][註記追加 14日 17.08]

今回は、「 Purlin:母屋桁」を使った小屋組・屋根について。
次のような解説があります。そのまま転載します。



どうやら、地中海沿岸の石造建築が盛んな地域=木材の乏しい地域での木造建築から生まれた工法が、北方の急勾配を要する屋根の架構を考える中で発展した、と考えられているようです。
一言で言えば、「 Rafter Roof 又首組:垂木構造」より一歩進んで、各部材を組んで立体的な架構に仕上げる方法だ、と言えるでしょう。

前提となる木材は、オークを主とする広葉樹です(いずれ紹介しますが、オークの使い方を詳しく解説した章があります)。針葉樹のような長大で真っ直ぐ、しかも太さもある、そういう材が得にくい樹種。

次の図は、「棟:ridge 」部分の架構の一例。



「 king post :真束」に、細身の材で2段の「棟桁:ridge 」を差して「棟」を構成しています。
上段の「桁」は、「真束」上で「相欠き」で継いで、「真束」の「頭枘」を貫通させて留めています。「柱」と2本の「棟桁」が、これで一体の立体となるわけです。
   古来、日本でも使っている継手・仕口です。「鉤型」を付ければ一層確実。    

下段の「桁」は、[真束~真束]間を一材とし、継手は使わず、真束を介して連続させることを考え、「真束」に段違いで「枘差し」。「込み栓」と「鼻(端)栓」を併用して留めています。
   同じ高さで継ぐ方策がないとき、あるいは面倒なとき、日本でも見かける方法です。
   下記で紹介の「広瀬家」の棟持柱への梁の取付けに、この方法が採られています。[註記追加 14日 17.08]
   http://blog.goo.ne.jp/gooogami/e/a558f2498c1f364f9ab4b93d7092989d

上下2段の桁の中途に2本の「 brace:支柱」が入れてありますから、結果として「 lattice :ラチス(梁)」になっています。「 lattice 」とは「格子」「格子組」。
おそらく、これも「 truss 組」発祥の一と考えてよいと思われます。
細い材でなんとか長い「棟桁」や「桁」をつくろうという工夫がいろいろ試みられ、それが「トラス組」という架構の「定型」を生みだしたのです。

   当然、構造力学誕生の前のことです。
   構造力学がトラス組を生んだのではない、という「事実」は、
   力学を先に学んでしまう現代の人びとには、理解できないことかもしれません。

   また、brace を直ちに「筋かい」と訳すのも考えものです。あくまでも、「支柱」、「副柱」という意味です。
   「現代日本の法令規定の木造建築」流に解釈すると落し穴に落ちます。

   参考 「建築学講義録」で紹介されている「洋小屋」の変遷・発展図を載せます。
       この図は、以前に下記記事で載せた図の再利用です。
       この記事で、各種の小屋組がなぜ考案されたか、
       「建築学講義録」の「力学を使わない」解説を紹介しています。[註記追加 14日 9.57]
        http://blog.goo.ne.jp/gooogami/e/16c9b15026d4e8bb0fe224f2acf8ffab
       黄色の色を付けた方法が「 king-post 」を使っている例です。
       「 king-post 」を「釣り束」と呼んでいます。
      

次は、「真束」はありませんが、「 Purlin:母屋桁」を使っている事例の図解。



左側の図、細い材、あるいは短い材を合成して、「 portal-frame :門型フレーム」をつくることに懸命であることが分ります。とりわけ、屋根の形をつくる垂木にあたる部分では、2本の垂木が「母屋桁」を挟んで取付いています。compound rafter :「複合垂木」と呼んでいます。

これを見ると、ここで使われている「 Purlin:母屋桁」は、日本の「母屋」とは、働き:役目の考え方がいささか異なるように思えます。
日本の場合、単純に「 Rafter:垂木」を受ける材、載せる材として考えますが、ここでは、「 Rafter:垂木」とともに、屋根面を積極的に「面」として形づくることを意図しているようです。
   もちろん、日本の場合でも、「結果としては」「面」として働くことにはなりますが、
   それほど積極的には考えていないのではないでしょうか。

先の解説文中にある「 longitudinal racking :縦方向の歪み」を防ぐための「 wind-bracing 」とは、右側の内観図で、柱ごとにある「登り梁」と、それに架かっている「 Purlin:母屋桁」との間の曲りのついた斜め材、日本で言えば「火打ち」あるいは「方杖」」にあたる材のことでしょう。
wind-・・ は多分、「曲っている」という意味では?

「 Purlin:母屋桁」と「 wind-bracing 」の関係を示すのが下の写真。



   日本の最近の木造建築の「火打ち」や「方杖」は部分的に入れて済ませていますが、
   この場合は、そのような「省略」はせず、
   全ての箇所に徹底して入れていることに留意する必要があります。
   そうすることで、組み上がった全体は、単なる部材の足し算ではなく、強固な立体になるからです。
   あくまでも、「架構全体を、一体の立体に組む」ことが念頭に置かれているのです。

   これを見ると、日本の現在の法令規定の木造建築が、
   強い部分と弱い部分の足し算で考え、強い部分が外からの力に耐えると見なし、
   「一体の立体に組む」ことをまったく考えていないことが分ります。
   中世のイギリスをはじめ西欧の工人たちの方が、scientific だ、ということです。
   わが《先達》たちは、西欧に留学して、何を観てきたのか、まことに不思議に思います。

   なお、wind-bracing は、屋根面だけではなく、図で分るように、各所に使われています。
   この場合も、部分的にではなく、入れられるところは全て入っていることに留意。[註記追加 14日 10.20]

今回は、最後に、「 Purlin:母屋桁」の取付けにあたって使われている各種の継手や仕口の図解を転載します。



Fig18 の a)
Clasp purlin 「抱き付き」母屋桁、あるいは、日本の「吸い付き」とでも言うのがよいのか?
点線で描かれているのが Purlin 。右から来る材は、左右の「登り梁」を繋ぐいわば「繋ぎ梁」。
Purlin が載る材が principal と呼ばれている主材:「登り梁」。寸面が Purlin の載るところから上で小さくなるので reduced principal。この場合、 Purlin は、欠き取ったL型部に載っているだけ。

Fig18 の b)
同じく Clasp purlin で、principal に刻まれた「枘」で取付く。

Fig18 の c)
これは日本の「相欠き」と同じ。

Fig18 の d)
この図では、登り梁に開けられている孔が purlin の全幅で開けられていますが、そうすると、「枘」をつくりだしている意味が分りません。
多分孔の幅は、「枘」の幅:厚さ分ではないかと思います。図が違う。
そうであれば、三角形に斜めに伐った「枘」が、孔の内部でぶつかり、側面からそれぞれに釘なり栓を打って固定できます。

Fig18 の e)
splayed-scarf とは、日本の「殺ぎ継ぎ(そぎつぎ)」単純に2材の先端を同じ角度で斜めに切ってぶつけるだけ。登り梁の中で継いでいる。少しきつめにつくるのか?

Fig18 の f)
単純な「相欠き」継ぎ。
これなら、側面から栓や釘を打って留めることができる。

Fig19 の a)
brideled scarf 何と訳せばいいのか?
同じ継手が、「法隆寺東院伝法堂」の「垂木」にあります(下記に図と写真を載せています)。「文化財建造物伝統技法集成」でも、名前は付いていません。
「伝法堂」では、「栓」が1本で、その位置で「垂木」の勾配が変ります。
 http://blog.goo.ne.jp/gooogami/e/bd1f8005ded5ccf15608d1500345cbba

Fig19 の b)
この方法も、どこかで見た記憶があるのですが、思い出せません。探しています。


ここまで見てきて、またまた、人の考えることは、地域によらず同じなのだ、と感じています。
もちろん、環境が違います。気候は当然、樹木だって同じではありません。
しかし、どうすれば確実な構築物をつくることができるか、その点で考えることは同じなのです。
今見ている建物は、いずれも地震のない地域の建物です。
しかしながら、現在の日本の法令規定の木造建物などよりも、数等優れていると言わざるを得ません。

この書物が紹介している古建築群を見て感じる私の一番の感想は、
日本の建物も「一体の立体に組上げる」ことではまったく変りはありませんが、なにゆえに「 brace 」を用いなかったか、という点です。[文言改訂 14日 10.23]

その理由は、一つは、明らかに、使用材料が広葉樹か、針葉樹であるかの違い。
そして、もう一つは、少なくとも、ヨーロッパの中央部では、その根に、石造、煉瓦造のイメージが色濃く残存しているからなのではないか、と思っています。
つまり、木材で、石造、煉瓦造の如き、「揺るぎなき」構築物をつくる、という考え。

これに対して、日本では、石造、煉瓦造の「素養」はない。はじめから木造。
木造のしなやかさ、復元・弾力性を認識できていたとき、「揺るぎなき」構築物を求める必要はなかったのではないか。そのように私には思えます。
つまり、非常に弾力性に富んだ「一体の立体」であれば、「しなやかに」外力に対することができる、何もガチガチに固める必要はない、そのことを知っていたのだろう、と思います。

現在の日本の法令規定の木造建築は、「揺るぎなき」構築物にすることを意図しているはずです。
しかし、それにしては中途半端。と言うより、足し算でしか考えていない。brace を使うなら使うで結構。しかし、使うなら、ここで見てきたような使い方でなければ、中途半端なのです。先ほども書きましたが、中世の西欧の工人の方が、「揺るぎなき」木造の構築物をつくるつくり方をはるかによく知っていたのです。

しかし、木造建築は、わざわざ石造の如くに「揺るぎなき」構築物にする必要がないことは、日本の木造建築の歴史が実証しています。
このことは、元々が木造建築主体の地域、たとえば北欧や先に紹介したアルプス山麓の地域では、brace が使われていないことでも明らかではないでしょうか。

いずれにしても、日本の現在の木造建築の権威諸氏が、
西欧、日本、その双方の木造建築技術史に疎いのはたしかだ、としか言いようがありません。

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