建築界の《常識》を考える-1・・・「断熱」「断熱材」という語

2014-01-12 20:33:26 | 専門家のありよう

この冬一番と言われた寒波が通り過ぎた朝のケヤキの梢。
寒々としていますが、近くに寄ると、新芽がふくらみつつあります。



![文言追加 13日 9.00]

建築設計や施工にかかわる方がたが、建築確認申請時の「煩わしさ」について:根本的には、建築基準法およびその関連諸規定に起因する「煩わしさ」なのですが:「愚痴」をこぼしているのをよく聞きます。
一言で言えば、「基準」と称する「規制」が多く、そのなかに、どう考えても「理不尽なこと」つまり「理が通らないこと」が多いからです。

しかし、愚痴をこぼす方がたが、日ごろ「理の通ること」を口にしているか、というと、必ずしもそうとは言えないように思います。建築設計や施工にかかわる方がたの多くが、日ごろ「理の通らない建築用語」、あるいは「理の通らない《常識》」を意に介していないように見受けられるからです。
その状況が、結果として「法の名の下理不尽を蔓延らしてしまっている最大の因」ではないか、つまり、「付け入る隙(すき)を与えている」、専門家であるならば、率先して「理不尽な《常識》」に異を唱えなければならないにも拘らず、むしろその「普及」に手を貸しているのではないか・・・。簡単に言えばいわゆる「オウンゴール」ではないか、と私は思っています。


そこで、ここしばらく、「日本建築構造・中巻」の紹介の合間を縫って、この建築界に蔓延る《常識》について、思うところを書いてみようと思います。
「事例」は、選択に困るほどいっぱいあります。「耐力壁のない建物は地震に弱い」、「瓦屋根の建物は地震に弱い」、「床下の防湿には地面を防湿コンクリートで覆うのがよい」、「(人工)乾燥した木材は伸縮しない」、「防腐剤を塗れば木材は腐らない」、「太い木材を使えば頑丈になる」・・・。

そこで、これらの事例のなかから「代表的な」いくつかを選び、それについて書くことにします。当然、既に何度か書いたことと重複する点がありますが、ご容赦ください。


今回取り上げるのは、「断熱」「断熱材」という用語。

この用語は、今や、建築関係の方がただけではなく、一般の方がたの間でも広く通用しています。
住宅はすべからく「断熱性能」が求められる、あるいは、住宅は「高気密・高断熱」が肝心である・・・・。
これらは、住宅メーカーの広告では、「耐震」とともに多く見られる用語です。しかも、建築関係者・専門家も、あたりまえのように使っているために、世の中に、多くのそして大きな「誤解」を広めている用語である、と私には思えます。

漢字は、言うまでもなく「表意文字」。したがって、「断熱」とは、「熱を断つ」という意、「断熱材」は「熱を断つ材料」との意になります。
しかし、英語では、断熱は“Thermal insulation”そして、「断熱材」は“ Materials used to reduce the rate of heat transfer”になるはずです。つまり、「熱の移動する割合を減らすような材料:熱伝導率の小さな材料」のこと。
残念ながら、漢字の「断熱」「断熱材」からは、 to reduce the rate of heat transfer の意が「読み取れない」のです。
一言で言えば、英語圏では、「断熱可能な材料など存在しない」ことを前提にしている。
漢字圏でも、それは同じはずです。だから、本来、漢字には「断熱(材)」という語彙はなかったと考えてよいでしょう。
正確に伝えるのであるならば、「熱移動低減材」あるいは「熱移動緩衝材。
「保温材」「保冷材」の方が「断熱材」よりもマシかもしれませんが、それでも「温度を一定に保ち続ける材料がある」かのような誤解を生む・・・。
もしも、(完全に)「断熱」「保温」「保冷」可能な材料が存在したならば(そのようなイメージをこれらの語は与えるのですが・・・)、「世の中の常識」はひっくりかえるでしょう。
ところが、そのようなイメージ・誤解を蔓延させながら、「断熱」の語が大手を振って世の中に出回っているのです。
しかも、「専門家」であるはずの「建築界の方がた」の誰も、おかしいと言わない・・・。不思議です。 
   私が学生の頃は、「断熱」ではなく「インシュレーション」という呼称が使われていたと思います。適当な語がなかったのです。
   おそらく、「断熱」という語は、理工系の現代人が造った和製漢語ではないでしょうか。
   なぜなら、明治人ならば、このような誤ったイメージを生む語は造らなかったと思えるからです。
   明治期に造られたコンクリート⇒混擬土などは言い得て妙な造語ではありませんか。
   多分明治人なら「インシュレーション」に絶妙な漢字をあてがって済ましたかもしれません。
     「断熱」は、木造軸組工法を「在来」工法と読み替えた《企み》と同趣旨の造語ではないか、と私は推測しています。
     そして、こういう語を発明した方がたの「思考」法に、「原子力ムラ」の方がたと同じものを感じてしまうのは、私だけでしょうか。

そこで、なぜこれほどまでに「断熱」という《概念》が《一般化》したのか、知っておいた方がよい、と思いますので、かつて(2005年)、茨城県建築士事務所協会主催「建築設計講座」のために作成したテキストから、当該部分を抜粋して転載させていただきます。
 


驚くべきことは、1980年の「指針」で「断熱材」が推奨されて以来、「現場」から、木造建築での壁内等の腐朽の急増が指摘されていながら、指針の見直し(それも十分とは言えない内容)が為されたのは1999年、つまりほぼ五分の一世紀後だったということ。その間、多くの建物をダメにし、なおかつ「現場」を大きく混乱させ、その「混乱」は現在にまで及んでいるのです。
今、建築に関わる方がたで、上記の「経緯」をご存知の方はどのくらい居られるでしょうか。「経緯」を知らぬまま、「断熱」の語に振り回されている、というのが「実情」ではないでしょうか。

私は、居住環境を整えるにあたり、「インシュレーション」について考えることは重要なことだと考えています。
しかしそれは、「断熱材」を如何に使うか、ということではないはずです。
そうではなく、「インシュレーションについて考えること」とは、居住環境の熱的性質の側面について、熱の性質に基づいて考えることであると私は考えています。

ところが、「熱」というのは、きわめて分りづらい「対象」です。
温度と湿度の関係、それに材料・物質自体の性質が微妙に絡んでくる。これを「立体的に」把握することは容易ではないからです。
たとえば、南部鉄器や山形鉄器製の急須は、鉄だからすぐに冷めるように思えますが、陶磁器製のそれよりも湯冷めしにくい、という特徴があります。この理由を説明するのはなかなか難しい。
あるいはまた、「土蔵や塗り壁づくりの建物の内部が恒温、恒湿なのはなぜか」、そしてまた「土蔵の壁や煉瓦造の壁は、RC壁造の壁に比べ、日差しを浴び続けても熱くなりにくいが、それはなぜか(土、煉瓦、コンクリートの比熱:温まりやすさ:は大差ないのです!)」・・・この説明も難しい・・・。


   ここに掲げた「指針」の場合、居住空間の「室温」をいかに「閉じ込めるか」「一定に保つか」という一点に「関心」が集中したこと、
   つまり、「現象」を単純図式化した結果、いろいろな問題を起こしたと考えてよいでしょう。
   そのとき、特に、「木材の特質」を無視したことが問題を大きくしています。

そこで、前記講座のテキストに、一般的な熱の性質の「指標」である「熱伝導率」と「比熱」を諸物質・材料についてまとめてみた表がありましたので、以下に転載します。ただし、これによって、何かが分る、というわけではありません。あくまでも「概観」です。



熱伝導率は、註に示したように、置かれた「環境」の温度・湿度で異なる、という点に注目してください。一筋縄ではゆかない証です。
参考として挙げた塗り壁(土壁)、煉瓦壁の特徴も、「熱」の問題が、単純ではないことの一例です。
   瓦の土居葺きも、土壁と同じ効能を持っていたのかもしれません。
往時の人びとの建物づくりでも、当然、居住空間の熱的側面も、工夫の対象であったと考えられます。しかし、これらの工夫は、架構の工夫などに比べ、「見えにくい」、つまり「分りづらい」のです。塗り壁づくり、土蔵造りなどは、比較的「見える・分る」事例なのでしょう。「越屋根」なども、その一つかもしれません。
   
   土蔵の詳細については、「近江八幡・旧西川家の土蔵の詳細」で、土蔵の屋根の施工詳細は「西川家の土蔵の施工」で紹介しています。
   この例は、直に瓦を葺いていますが、別途土塗屋根上に木造の小屋・屋根を造ることがあります。かつて、東京・杉並の農家の土蔵でも見かけました。

屋根面のインシュレーションについては、これまで私も、いろいろ試みてはきましたが、どうするのがよいのか、未だに確信を持てていない、というのが正直なところです(壁は、大抵漆喰真壁なので、施さない場合がほとんどです)。
「棟持柱の試み」で紹介の例では、二階は天井を設けない屋根裏部屋の形ですが、屋根面からの熱射を避けるためのインシュレーションは、屋根面(天井内)の空気をドラフトで越屋根部で排出する方策を採っています。その設計図が下図。
   天井は、垂木下面に杉板を張り、野地板と天井板との間の空気を排出する方策です。同じく、野地板と瓦の間の空気も排出しています。
これは、「煉瓦の活用」で紹介した事例で最初に行った方策の継承。いずれの場合も、一定の効果はあり、屋根直下の部屋でも夏、熱射により暑くはなっていません。
   室内は、越屋根の欄間の開け閉めで通風を調整しています。ただ、建てつけの悪さと、収縮により、隙間風で冬季は寒い![文言追加 13日 9.00]

ところが、同じ考えで、仕事場兼自宅の屋根で、下図のように、棟押えの部分に下図のような細工を施しましたが、ここでは、あまり効果がありません。屋根裏部屋は、夏暑くなるのです。

この違いは、ドラフト効果の大小だろうと推測しています。
越屋根に施した例では、通気孔は20mm径@約45㎝、棟板押えの場合は、棟のほぼ全長にわたって排気用の空隙がある。
考えてみれば当然なのですが(後の祭りとは、まさにこのこと!)、前者の方が排出孔が小さい分、ドラフトの速度が大きくなる。つまり、空気がよく流れる。
   工事中に、タバコの煙を流入口に近づけると、勢いよく流れたことを覚えています。
それに対し、後者の場合、排出孔が大きいので流れが遅くなり、その分熱せられた空気の滞留時間が長くなるからだ、と思われます。
排出口を限定すれば(小さくすれば)、多分改良されると考えていますが、未実施、つまり確かめていません・・・・!   

  
もう少し、往時の人びとの surroundings の熱的側面への対応のありようについて学習しなければ、と思いつつ、長い間疎かにしてきてしまっているのです。
往時の人びとの知恵に学びたい、と思っていますが、とっかかりが分らない・・・。とにかく、事例を集めることかな?
寒冷地にお住まいの方、是非ご教示願います。(暑い地域の対処法はおおよそ推測できますので・・・)![文言追加 13日 9.00]

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2 コメント

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失敗経験談です。。。 (kaori)
2014-01-14 18:03:32
下山先生

いつもブログを拝見しております。
先生のお身体が良くなられて、今年も記事を読める事が有り難いです。

さて、断熱という用語についての今回を記事を読ませてもらいまして、先生からの直球を受けたと言いますか、もちろん先生は広く多くの方に向けて発信されておられますけども、
私は自分に向けられている!と感じました。(最近ブログに断熱の事、書いたばかりでしたし)

断熱という言葉から受けるイメージが誤解を与えるということは全くその通りだと思っています。

ではなぜ、断熱という語を使うんだと指摘されるかと思うのですが、
私の場合は北国育ちなので、3歳ぐらいの時(昭和48年)、実家でグラスウールの入った普請をしていたのを実は記憶してまして小学生の頃から断熱という語を聞き知っていました。
何度か実家での普請を目にしていわゆる断熱材という材料にも馴染みがありました。
また、グラスウールのカビや沈降、内部結露もリフォームの際に見てびっくりいたことも覚えています。
一方でリフォームした後の、いわゆる断熱材の効果(特に暖房の効きと保温性)を実感する経験もあります。
 
現在は寒冷地で伝統家屋に携わることが多い中、いわゆる断熱に関しては北国での経験を踏まえて
今まで存続してきた古民家を腐らせてはいけないと強く思いながら、断熱材の扱いや住宅の室内温熱環境を考え続けているのですが、
実はそんな偉そうなことは言えなくて、、、
私自身8年くらい前、この「断熱」の語による誤解で失敗経験(自分ではそう思っている)をしたことがあります。
親戚の家のリフォームの際に断熱材を床と天井に施したのにお風呂とトイレが凍結するということが起こりました。
その時は「断熱(断熱材)」の事を正しく理解出来ていなかったので、思わず何故?って思いまして、、、
それくらい断熱材というものに間違った期待とイメージを持っていた私でした。。。(むしろ断冷みたいに捉えていたと言えます)
与えられる熱(自然と人為と両方)のことを考えず、断熱材を入れれば手放しで室内環境が都合よく暖かくなったり(涼しくなったり)するもんじゃない、ということを知った苦い経験です。
それ以来、色々勉強しました。お恥ずかしい話です。。。
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有難うございます! (筆者)
2014-01-15 09:30:29
コメント有難うございます。

実は、こういう「生々しい)お話をうかがえればいいな、と思っていたところでしたので、早速のコメント、大変うれしいかぎりです。

こういう「情報交換」こそ大事なのだ、と思っています。
特に、インシュレーションは、よく分らないことだらけです。
今後も、いろいろな事例をご教示いただければ幸いです。
有難うございました。
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