
ザイオン国立公園です。
大きすぎて距離感がつかめず、めまいがしてしまいました。
ここへ来る途中の民家の庭に、大きな石が落ちてきて転がっていたのですが、だからといって岩壁に保護幕を覆うわけでもなく、「そこに住んだあなたの責任」ということだそうです。
もうひとつアメリカで驚いたのは、車椅子の人が、ごく普通に町を歩き(?)、様々なイベントをふつうに楽しんでいるということです。
これだけ車椅子の人がいると、ちょっと手を貸すのもごく普通の出来事になる。
これを支えているのは、トイレでしょう。
たとえばザイオンのようなところに行っても、公共施設のトイレ内は必ず、車椅子用が用意されています。
劇場では、車椅子のまま入れるスペースが観覧席内に確保されていました。
そして驚きは、決して汚れているトイレがない、トイレットペーパーが切れているところもない、ということです。
自己責任の一方では、マナーと守られるべき権利の主張もはっきりしているということでしょうか。
多民族が寄せ集まって暮らす国ならではのことで、日本もこのような意識を育てなければ、世界に出てゆくことが難しいのかもしれません。
ちなみにラスベガスのカジノでは、酸素ボンベを引きながら吸入状態で歩いている老婦人もいました。
大きすぎて距離感がつかめず、めまいがしてしまいました。
ここへ来る途中の民家の庭に、大きな石が落ちてきて転がっていたのですが、だからといって岩壁に保護幕を覆うわけでもなく、「そこに住んだあなたの責任」ということだそうです。
もうひとつアメリカで驚いたのは、車椅子の人が、ごく普通に町を歩き(?)、様々なイベントをふつうに楽しんでいるということです。
これだけ車椅子の人がいると、ちょっと手を貸すのもごく普通の出来事になる。
これを支えているのは、トイレでしょう。
たとえばザイオンのようなところに行っても、公共施設のトイレ内は必ず、車椅子用が用意されています。
劇場では、車椅子のまま入れるスペースが観覧席内に確保されていました。
そして驚きは、決して汚れているトイレがない、トイレットペーパーが切れているところもない、ということです。
自己責任の一方では、マナーと守られるべき権利の主張もはっきりしているということでしょうか。
多民族が寄せ集まって暮らす国ならではのことで、日本もこのような意識を育てなければ、世界に出てゆくことが難しいのかもしれません。
ちなみにラスベガスのカジノでは、酸素ボンベを引きながら吸入状態で歩いている老婦人もいました。
