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崔吉城との対話

日々考えていること、感じていることを書きます。

恩師李杜鉉先生の訃報

2013年08月19日 03時43分36秒 | エッセイ
 私の恩師,ソウル大学名誉教授の李杜鉉先生がこの世を去ったと崔来沃氏から電話で知らされた。明日(2013.8.20)の朝7時ソウルの三星医療院で告別式(發靷式)を行うという。先生とは1959年にソウル大入試の時に会ったことを覚えており、私の人生と学問に大きく影響をしてくださった方である。大学2年生の時から先生の民俗調査に参加し、日本留学まで長い間いろいろとお世話になった。先生の専門は私の生まれ故郷の楊州の仮面劇であって、そこには我が先祖代々の得意巫女の趙英子氏が住んでおり私が巫俗研究をするようになったのも先生の助言からであった。先生の研究は私のもう一人の恩師の任宰先生へ、また任先生の恩師の京城大学の秋葉隆先生に遡る。私は戦後から戦前へ、被植民地から植民地へ遡る近い歴史に上る複雑な縁を引いている。李先生は秋葉先生の弟子である泉靖一先生とは友人、その泉先生の影響で私が日本に留学し、東大の文化人類学の泉先生の弟子たちの協力を得ながら社会人類学へ、そして日本植民地へと研究を広げながら現在に至っている。
 数年前に先生の著作集刊行委員会を立ち上げる時、先生はご老軀にも関わらず奥さんと娘と同席で夕食会を行い、最近2冊目が出たばかりであった(写真:向かって私の右が李先生と娘さん)。先生はその刊行を催促し、「遺稿集を作るつもりか」と叱られたこともあった。日本茶を好んでお飲みになり、切れないようにお送りしていたが、お茶が切れそうだと先生からの嬉しいお電話をいただき、お茶が届いたというお元気で嬉しそうなお電話があったのは2カ月くらい前のことだった。耳が遠いということで奥様からイントロのお話しがあってから代わって直接話をしたが、普通に通話が出来、昔話もした。それなのに昨日の訃報には強いショックを受けた。李相日先生からも連絡をいただいたが今日私が中心になっている「しものせき映画祭実行委員会」が私の学校で行われることも含めてどうしてもスケジュールの調整ができず,二十日の午前七時の發靷式には参加できないのがとても残念である。先生のご恩の深さを思い、感謝し、冥福を祈る。享年89。

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