崔吉城との対話

日々考えていること、感じていることを書きます。

痛哭、愛犬ミミが20歳と5ヶ月を生きて死んだ

2006年11月27日 05時53分46秒 | エッセイ
 生後3ヶ月のミミが1986年韓国大邱の我が家に来て以来私たちが愛し、また愛された関係で家族丸20歳と5ヶ月を生きて昨日2006年11月26日午後5時半に永眠した。私が東京朝日ホールで講演のために家内と一緒に一晩介護を頼んで空けた時から酷くなって昏睡状況が続いたが砂糖水と蜂水で延命したが苦痛な表情を見せることなく、安らかに眠るように、命の限り生きて召天した。私たちは愛犬ミミに一緒に暮らした楽しかった日々を感謝し、痛哭した。
 人間にしてみれば100才は確かに超えたといえるほど長生きをした。それより幸せな一生を暮らしたと思う。私たちは首輪をつけたこともなく、食べ物を豊かにあげて、我が家では一番贅沢な生活をさせた。雌犬でありながら出産は出来なかった。わが夫婦は一所懸命に愛した愛犬であったのは間違いない。しかし一方的に愛したわけではない。むしろミミからいただいたものはより価値あるものである。ミミから愛されたことは今の悲しさで実感する。ミミを愛することで命の大切さ、動物だけではなく、大げさにいうと人類にもこのように幸せにしてあげることは出来ないかと考えるようになった。自己中心主義から普遍的愛を芽生えさせててくれたのである。ミミに感謝し、冥福を祈る。

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2 コメント

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さびしくなりました (上田崇仁)
2006-11-28 05:47:45
二月に伺ったときにあったのが最後になりました。西条のお宅で、私はよく吠えられていましたが、懐かしいです。
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Unknown (Unknown)
2006-12-07 17:02:56
 「吠えられていましたが、懐かしいです」ということから思い出す。犬がなくなってからは生きていたときのいたずらや臭みさえも懐かしくなります。なぜでしょうか。これが本当な愛情でしょうか。
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