崔吉城との対話

日々考えていること、感じていることを書きます。

忘れない

2013年10月25日 05時39分39秒 | エッセイ
昨日はFBに速報として李光奎氏の死亡を知らせ多くの友人、知人から反応があった。韓国主要新聞などでは一斉にほとんど元在外同胞財団理事長としての訃報を載せている。彼はウィーン大学で民族学の博士号を取得し、帰国して韓国の家族研究に没頭した。この写真は2001年日本の「比較家族史学会」の20周年記念ソウル大会で彼を講師として迎えた時の物である。前列右から4番目の方である。当時韓国文化人類学では日本時代の植民地日本人学者の先行研究とそれに影響された韓国人の研究が基本文献であったので西洋の文化人類学(民族学)の彼が注目され、歓迎された。
 彼は私の大学3年先輩であって最初から一緒に読書会をし、一緒に調査をし、またよく会って話をする友人となった。彼は家族研究を一段落して閉め、海外での経験を生かして海外の韓国人いわば海外同胞研究へ注力した。そして2003年在外同胞財団理事長となった。私は彼がソウル大を定年した後広島大学へ研究教授として推薦して一緒に在日韓国人の調査研究を進めた。その結果が私との共著の『差別を生きる朝鮮人』(第一書房)である。火田民調査、全国綜合民俗調査、韓国文化人類学10周年記念シンポジウム、国際韓民族大会など数多く一緒に行った。
 当時彼は毎日自転車で坂道を走って出勤して教員や学生、特に留学生たちに模範的であった。 今大事な友人を失った。彼の多くの肩書きより私には数多いエピソード、パーソナリティ、友情の感情が濃く残っている。私が留学して数日後彼が東京へ来た。国際会館という私の一つのベッドで一緒に寝たこともあった。海外留学生活の長かった彼から慰められることもあった。友人と言ったが「友人」に義務のようなものがあるとすれば、愛すること、忘れないことである。彼はこの世を去ってしまったが私は忘れない。
 


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