電脳筆写『 心超臨界 』

ひらめきを与えるのは解答ではなく質問である
( ウジェーヌ・イヨネスコ )

いつくは死ぬる手なり――宮本武蔵

2024-05-18 | 03-自己・信念・努力
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兵法では身体が安定したら負けだという。精神も同様。安定してしまったら人生に負ける。だから絶えず修行して進歩していかなければならない。では、不動心とはどういうことだろうか。精神の安定をいうのではないか。不動心について玄侑宗久さんがつぎのように解説する。

  「不動智」とか「不動心」といわれると、当然動かないことを想像されるだろ
  うが、動かない心ほど不自由なものはない。これはそうではなく、「無心」が
  軸になっていればどんな現実に対しても車輪がブレないように「不動」だとい
  うことだ。

つまり、「いつくは死ぬる手なり」こそが不動心といえよう。、芭蕉の不易流行にも通ずる。


◆いつくは死ぬる手なり

「致知」2003年4月号【特集・人間力を養う】
●対談――谷沢永一VS米長邦雄
「男らしさこそ人間力である――宮本武蔵『五輪書』に学ぶ」

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宮本武蔵(みやもと・むさし)
江戸時代前期の剣豪。十手の名人新免無二斎の子。生国は美作とも播磨と
もいう。関が原の合戦で西軍に加わる。のちに諸国を遍歴し、吉岡清十郎ら
と立会い二刀流の奥義を開眼する。生涯60数回の試合に敗れたことなしと
言われる。豊前国船島(巌流島)での佐々木小次郎との決闘は有名。のちに
小倉藩に留まり、さらに熊本藩主細川忠利の客分となった。この間、大阪の
役、島原の乱鎮圧軍に加わったとも言われる。剣術の他、絵画、彫刻、金工
にもすぐれ、水墨画「枯木鳴鵑図」「鵜図」「布袋見闘鶏図」は有名、著作とし
て『五輪者』『独行道』が伝わっている。
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【米長】 『五輪書』に「いつく(居着く)は死ぬる手なり」という言葉があります。私が好きな言葉ですが、「いつく」というのは安定する、安住するという意味です。安定したら死である、負けであると武蔵は言うのですね。兵法では身体が安定したら負けなのです。精神もまた同じです。安定してしまったら人生に負ける。絶えず修行して進歩していかなければならない。『五輪書』を読み返すたびに理解の度合いが違うというのは、自分の精神が活性化しているかどうかのバロメーターなんですね。 
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1 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (原川 修一)
2006-06-27 20:34:45
渡部さん

お元気ですか。

どうしておられるのかなと思っています。
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