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森林太郎め!

2012年05月01日 | ブックレビュー

 吉村昭先生の「白い航跡」(講談社文庫 上・下巻)を読みました。今日はネタバレバリバリですので、これから読もうとしてる人、あるいは途中まで読んだ人はすっ飛ばして下さい。これを読んで興味を持ち読んでみたいという人が出てくれば幸いです。

 舞台は幕末というか維新の時代から。主人公の高木兼寛がどういうことをやった人かを簡単に説明すると
・日本で初めて脚気の予防に成功
・東京慈恵会医科大学を創設
というのが最も大きい功績かと思います。(もちろん他にもいろいろあるのですが)

 元々大工の家に生まれた彼が医者になれたのは当時としては凄いのですが、薩摩藩の軍医として戊辰戦争に従事した際に戦闘で傷ついた兵を手当てする術が自分には何も無いことを痛感し、イギリスの医学を学ぼうとするあたりから始まります。

 のちに海軍に入った彼はその能力を認められイギリスに留学し(なんと!)、そこで猛勉強に励み主席を何度も取るほどの優秀な成績を収め(すごい!)、内科、外科などの当時の一流の技術を身につけます(やったぜ!)。

 やがて帰国した彼は海軍の軍医として活躍し、その技能が認められ海軍軍医総監となります。(よっ、日本一!) ときに軍人の病死原因として最大の問題であったのは「脚気」であり、彼はその治療と予防にも注力します。そしてその原因が軍人の白米至上主義による食生活にあるのではないかという考えにいたり、海軍の食生活改善を提案し脚気を撲滅するに至ります。(やるじゃねぇか)

 しかし当時の日本の軍隊は、海軍=イギリス医学、陸軍=ドイツ医学という流れで医学の分野では対立していました。そんな折、ドイツ留学から帰った若い軍医が「脚気は細菌感染による伝染病だ」という学説を発表し兼寛と対立します。純粋な医学の話だけではなく問題は陸海軍の面子まで絡んだ意地の張り合いに発展するのですが、その若い軍医というのが森鴎外こと森林太郎なんですね。この人はドイツで舞姫とワッチコンワッチコンしてただけかと思ったら、こんなトンデモ学説を唱えてたのでした。私は恥ずかしながらそんなことはちーとも知らなかったです。

 さて、脚気は食生活によるものか細菌感染によるものか、どっちの説が正しかったかのかは今ではみんな知ってると思いますが、もし知らない人がいたら是非この本を読んで下さい。一応結末は書かずにおきましょう。これは吉村昭先生お馴染みの逃避行ものでも漂流ものでも冒険ものでもありませんが、幕末~維新~日清戦争~日露戦争までさらっとおさらいできる上に、いわゆる「歴史ロマン」という分野なのでこれは相当楽しめます。当時の日本で脚気がいかに恐れられていたかというのもわかります。上下巻とも581円(税別) どーですか、お客さん。