今日のひとネタ

日常ふと浮かんだことを思いのままに。更新は基本的に毎日。笑っていただければ幸いです。

小谷夏という作詞家

2018年02月27日 23時48分57秒 | 昭和歌謡

 小谷夏という作詞家がいたなぁと思い出したのは、今日のNHKラジオ「すっぴん」を聞いてたため。ゲストのタブレット純さんが話題にしてたのですが、この「小谷夏」というのはTBSのドラマ演出でお馴染みの久世光彦氏の作詞家としてのペンネームなんですって。「ほぇ~、知らなかった!」と驚いたのですが、久世光彦氏のWikipediaにはちゃんと書いてありました。有名な話なんですね。

 それで、昔明星の歌本なんかで名前をちょくちょく見かけたと思ったのですが、一番ヒットしたのは天地真理の「ひとりじゃないの」でしょうか。あとは堺正章の「涙から明日へ」もそうなんですね。その他有名なのはジュリーの「コバルトの季節の中で」とか郷ひろみの「悲しきメモリー」とか。よく名前を見たような気がするのですが、さすがに副業なのであんまり数は多くないですね。

 その中で「おっ!」と思ったのが、浅田美代子の「ひとりっ子甘えっ子」。デビュー曲の「赤い風船」が安井かずみ先生なので、これもそうかと思ってたのですが。なお、かの尾崎亜美さんは学生時代「ひとりっ子甘えっ子」に触発(?)されて「ひとりっ子カバっ子」という曲を作ってましたが、安井かずみ先生のオマージュじゃなく久世光彦氏のオマージュだったとわ。

 世の中まだまだ知らない事が多いですね。

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「第1回ヤング・歌の祭典」見ました

2018年02月17日 22時52分51秒 | 昭和歌謡

 先日レッツゴーヤングのイベントに行った際、SKIPシティにある映像公開ライブラリーで「第1回ヤング・歌の祭典」を見てきました。この映像公開ライブラリーは、説明によると、「NHKの番組公開ライブラリーと一体的に運営を行っている国内最大級の映像の図書館」で「埼玉県がデジタルアーカイブした映画、TV番組などの動画約5,000本を各端末から無料で視聴できる施設」です。そこにこの番組が保存されてるんですね。


 そもそもこの番組は1975年05月05日に放送されたもので当時見ました。司会は山川静夫で、出演は西城秀樹、郷ひろみ、フィンガー5、山口百恵、桜田淳子、森昌子、アグネス・チャン、小坂明子、あいざき進也、三浜鉄平、渡辺秀吉、城みちる、片平なぎさ、ザ・リリーズ、黒木真由美、豊川誕、ちゃんちゃこ、西川峰子、ジャニーズジュニアスペシャル、甲斐バンド、伊藤咲子、林寛子、細川たかし、ずうとるび、タケカワユキヒデ、マイペース、などなど。当時西城秀樹はドラマ収録中に腕を骨折して、この番組の出演中もずっと腕は吊ったままでした。アイドルも大変です。


 なお、私は誰が見たかったかというと、ずうとるびと甲斐バンド。番組中盤ではスライディングステージにいくつかのバンドが乗ってきて順番に演奏したのですが、その最初がずうとるび。「みかん色の恋」をバンドスタイルで演奏したのを見たのはこの時が最初だったかと。当時私はギター始めたばっかりでそれもフォークギターだったので、華麗にリードギターを決める江藤氏は神様に思えました。(いや、当時は本気で華麗だと思ってたので。ずうとるび好きだったし。)

 

 あらためて見てみると、江藤氏も山田氏もレスポールタイプのギター持ってて(ギブソンではなさそうだったけど)、今村氏のベースはヤマハのBBかと思ったけど、この時点であれが発売されてたのかは不明。ちなみに記憶の中では指で弾いてたのが、実際にはピック弾きでした。

 
 音の方は凄くテンポ速くて、よくあれで演奏が成立したものだと。昔見た時は結構長くフルサイズで演奏したという記憶だったのですが、実際は1コーラスのみでした。それだけ印象が強かったのでしょう。江藤氏のリードギターは凄く荒削りでしたが、「ほぉ~、出だしはああやって弾くのか」というヒントがありました。まぁ私がこれをバンドで演奏する機会は無いですが…。

 
 ずうとるびの次に演奏したのがタケカワユキヒデ&ミッキー吉野グループ。ゴダイゴの前身でしたね。その次がマイペースで3人だけで「東京」を演奏。なんか歌ったあとに秋田出身だからって秋田音頭歌わされてかなり痛々しかったです。


 その次が甲斐バンド。曲はもちろん「バス通り」。大森さんはミニハムのレスポールデラックス、甲斐さんは当時いつも持ってたグレッチのギターでした。結構甲斐さんのギターが聞こえたのですが、歯切れの良いリズムギターでいい音してました。曲は一応2コーラスだったけど、イントロも間奏も短くて2コーラス目は無理矢理短縮させられてて一瞬歌詞間違ったのかと思いました。ああいうのをやらせるから、甲斐バンドもテレビに出たがらなくなったんでしょうね。でもいいものを見ました。凄く上手いとは言いませんが堂々たる演奏です。なぜか、当時見た記憶無かったのですが…。

 
 そんな感じの内容で、見る前は「映像あるなら再放送してくれればいいのに」と思ってたのですが、実際画像が悪すぎてこれはテレビで放送するのはムリですね。家庭用ビデオで録画したのをダビング何回かした感じ。特に女性歌手は口紅の色むらが酷く、幼稚園児がチョコレートケーキを手づかみで食べるとああいう感じの唇になるかも。

 
 まぁ貴重な映像であることは間違いないので、見たい人は川口かお近くの映像ライブラリーまでお出かけ下さい。ちなみに第二回、第三回の映像はありません。第三回には尾崎亜美さん出たはずなんですが。

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太田裕美で「君のコスモス」を

2018年02月15日 22時41分50秒 | 昭和歌謡

 先日のレッツゴーヤングのイベントでの話。太田裕美さんがスクールメイツ時代の話をしてました。そもそもなぜ歌手になったかという話になった際、彼女は当時ジュリーの大ファンで、同じ渡辺プロのスクールメイツに入れば会う機会があるのではというのがきっかけだったとのことです。

 その話が出たとき、クリス松村氏がすかさずスクールメイツの「愛するハーモニー」のシングル盤を取り出し、「ここにランちゃんがいてスーちゃんがいて太田裕美さんも映ってる」と前の方の人たちに見せてました。そもそも画像をスクリーンに映したわけではなく、シングルのジャケット持って見せて回ってたので、まぁ見えたのは最前列くらいでしょう。

 で、「その当時の映像があるんです」というので「おおっ!」と思ったら、出てきたのがステージ101の最終回。あの時は「君のコスモス」を歌ったんですね。太田さんも「まぁこれはスクールメイツじゃなくてヤング101の時ですけど」と言ってたのですが、特別に珍しい映像ではありません。NHKオンデマンドでも見られるし。

 この回は実際にBSでも何回か再放送されてて、私は保存版にして持ってます。ということで、久しぶりに引っ張り出して見てみました。太田裕美さんのミニスカートが可愛いです。「雨だれ」でデビューする半年以上前だったんですね。

 ところで、先日のイベントですが会場の前ではフリーマーケットをやってて、このイベントの事を知らずにポスター見て「へぇ~」といってる人がいました。その中で「お、クリス松本だって!」と言ってた人がいて、多分ゴルゴ松本と勘違いしたんだろうと妙におかしかったです。

 なお、私はクリス松村氏の「『誰にも書けない』アイドル論」という著書を読んで以来氏を尊敬しておりますが、今回の司会ぶりはその期待に違わないものでした。当日ご本人が言ってたことによると、テレビやラジオでしゃべるのはすべて自分の家にある資料で調べたことを基にしており、インターネットの情報はあてにしてないそうです。今回も荻野目洋子の話題を出した時にWikipediaの間違いを指摘してたので。元々膨大な資料を持ってる上に、いろんな番組でアイドル本人から話を聞く機会も増えてその情報量は日々充実してると思われます。凄い…。

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「レッツゴーヤング」フォーエバー ~上映会&ミニライブ~

2018年02月10日 23時24分27秒 | 昭和歌謡

 レッツゴーヤングのイベントに行ってきました。レッツゴーヤングが何か知らない人はどっかで調べて下さい。今回これが開催されるに至った経緯は知らないのですが、私はたまたまネットで情報を見て、埼玉県内だし試しに電話してみたらすんなり予約できたと。今回のイベントについては以下の通りです。


日時:2018年2月10日(土) 開場 12:30
開演:13:30~16:30(予定)入場無料
会場:埼玉・川口市 SKIPシティ 彩の国ビジュアルプラザ4F 映像ホール
司会:クリス松村、森口博子
ゲスト:太田裕美、狩人、渋谷哲平

 今回開場から入場までのドタバタがあって「こんだけ段取り悪いのはあかんやろ」と思ったのですが、何しろ無料だしNHKだしそこは今回言及しません。なお、今回は登場する人が多いのですべて敬称略とさせていただきます。あしからず。

 イベント全般に関してはすごく楽しめました。入場までのドタバタは抜きにして(まだ言う)、内容についてはなんの不満もありません。「そもそもレッツヤンなら司会は太川陽介と石川ひとみやろ?」と思ったのですが、クリス松村と森口博子はバッチリでした。100点満点でつけるなら、クリス松村は150点、森口博子は130点あげましょう。余計なことをいわず進行もサクサク、なおかつ楽しめてゲストもいじってというのは流石です。

 今回の会場はキャパ300~400人くらいでしょうか。私はL列だったのですが、結構ステージは近く見えました。開始後にクリス松村が客席に年齢層を尋ねたところが圧倒的に50代で、次に40代、60代も少々、30代がちょっとで20代以下は少数。とはいえ、20代は親に無理矢理付き合わされた感じとか…。さらに、遠くは山口とか広島とかからも来てる人がいたとか。

 今回のイベントは3部構成でまずはイベント開始前にステージに椅子が3脚あって、「あれ? 狩人と太田裕美と渋谷哲平なら4人分では?」と思ったのですが、これがNHKのセンターの人と埼玉県の役人と川口市長の椅子。この開場のSKIPシティが開場15周年だそうでそれぞれが挨拶して10分くらいかかったのですが、さすがに話はうまくて特に川口市長の話は面白かったです。

 そして、ゲストも登場してちょこっとトークをしてからいよいよ番組映像の上映となったのですが、予想として番組を2~3回分そのまま上映したりするのかと思ったら、全編アイドル歌手の歌唱映像をそれぞれ編集したものでした。なので、フォーリーブスとかずうとるびとか鈴木ヒロミツとか平尾昌晃とか都倉俊一とか小坂明子とかは一切なし。

 まずは70年代アイドルの歌唱映像からだったのですが、最初は以下の通り。

石野真子「私の首領」
石川ひとみ「くるみ割り人形」
榊原郁恵「Do it BANG BANG」
岩崎宏美「悲恋白書」
野口五郎「女になって出直せよ」
西城秀樹「ラストシーン」

 まず真子ちゃんだったので「うわぁ~」と思ったのですが、次が石川ひとみだったので「うお~」と思いました。さらに榊原郁恵だったので、「はは~ん、これは3人とも司会だったからね」と。

 そして、それぞれの曲を見ればわかる通り、普通の音楽番組で紹介される代表曲からは微妙にずらしていると。この辺はクリス松村の意向がかなり反映されているようで、そういうコメントは端々にありました。岩崎宏美の「悲恋白書」も「『想い出の樹の下で』と『思秋期』の間で」とか言ってたので。

 次のコーナーとしては太田裕美と、番組でのグループであるサンデーズの映像として

太田裕美「振り向けばイエスタデイ」「失恋魔術師」
香坂みゆき「青春舗道」だったか「初恋宣言」だったか失念…。
五十嵐夕紀「ワル」
天馬ルミ子「教えて下さい神様」
狩人「あずさ2号」
渋谷哲平「Deep」
太川陽介「ルイルイ」

 など。

 太田裕美の「振り向けばイエスタデイ」がなんか「サー」というノイズの多い映像だと思ったら、これは番組発掘プロジェクトにごく最近ビデオが提供された映像で、その提供者がサーカスのメンバーの人だったとか。今日一番旬の映像だそうで、太田裕美も「これがあったんだ」と驚いてました。

 渋谷哲平は自分の姿より後ろで踊ってた自分の奥さんのヘアースタイルに驚いたという話でしたが、スクールメイツの女子をナンパして結婚したという事は初めて知りました。芸能界は楽しそうですね…。

 このあとに太川陽介からのビデオメッセージがあって、どっかの楽屋で収録した感じでしたが「狩人はよく喧嘩してた」とか言って「これを使うか使わないかは…」とか言ってたのがちゃんと使われてました。ちなみに今回の「ルイルイ」は初期の映像で、手首を曲げないタイプの振り付けだというのをクリス松村が解説してました。(って、わからんか) 今回のゲストでは狩人弟がかなり毒を吐いてたのですが、「陽介も俺たちのことを言ってる場合じゃないだろう」と鋭い突っ込みあり。

 さらにクリス松村は自前のレコードをかなり持ってきていてスクールメイツの「愛するハーモニー」で太田裕美とキャンディーズのメンバーがいるジャケットを紹介したり、第二部の前半の「マニアック情報局」で野口五郎のレコードジャケットでクイズ出したり。

 ちなみに、「ジューシーフルーツのイリアが在籍したガールズは、和製○○○と言われた。それは何か?」というクイズがあって、手を上げて答えたのは私です。ワハハ。いろんなとこで手を上げたのですが、席が真ん中より後ろだったのでそれ以外はほとんど反応されませんでしたが。

 そして70年代映像としてはさらに以下のがありました。

ギャル「薔薇とピストル」
木之内みどり「ジュテーム」
井上望「ルフラン」
レイジー「赤ずきんちゃんご用心」
能勢慶子「美少女時代」(違ったかも…)
浅野ゆう子「ストップ・ザ・カンバセーション」(だったような…)

 ギャルがマグネットジョーでなかったのも、木之内みどりがジュテームだったのもなかなかの拘りを感じます。映像見たあと、クリス松村が「みんな結構上手い」と言ってたのはまったく正論。木之内みどりとか能勢慶子は当時かなりやばいように言われてましたが、映像見るとすごくちゃんと歌ってました。要するに周りのレベルが高かったんですね。

 そして次は80年代の映像があったのですが、私の守備範囲外のも多くこちらはかなり記憶が曖昧。なにしろ80年代アイドルと言いながら、松田聖子も中森明菜もキョンキョンも出ないあたりが拘りなのかしがらみなのかわかりませんが。

 まずは河合奈保子の「ムーンライト・キッス」から始まって、堀ちえみ「潮風の少女」、三田寛子「夏の雫」、竹本孝之「連想ゲーム」、石川秀美「Hey!ミスター・ポリスマン」があって、あとはチェリーズ、壺井むつ美、新井薫子、新田純一、荻野目洋子、井森美幸、森口博子など。(ちなみの壺井むつ美は「高校野球」でした。すごくちゃんと歌ってたのが意外…)

 さらにテクノポップとして
ヒカシュー「白いハイウェイ」
ジューシーフルーツ「ジェニーはご機嫌ななめ」
コスミックインベンション「コンピューターおばあちゃん」
などもあり。(ジューシーフルーツがテクノなのかは疑問ですが)

 第三部はミニライブとして、狩人が「あずさ2号」「国道ささめ雪」、渋谷哲平が「Deep」「Young Saior Man」を歌い、森口博子も2曲歌って会場を盛り上げ、太田裕美は弾き語りで「雨だれ」を披露。最後に番組テーマであった「ムーンライトカーニバル」を会場全員で歌って終了でした。

 細かいエピソードはいろいろあるのですが、とにかく司会の二人にはアッパレをあげましょう。本当に楽しめました。これなら有料で全国回ってもいいのでは?と思ったくらい。第二弾をやって欲しいと思いつつレポートを締めます。こぼれ話はいろいろあるのですが、それはコメントにて書きましょうか。

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レッツゴーヤングの甲斐バンド

2018年01月28日 13時13分01秒 | 昭和歌謡

 甲斐バンドの「バス通り」をテレビで見た記憶があって、それが「レッツゴーヤング」ではなかったかと思い、どうにか調べる方法がないかと思ったらNHKのサイトで見つかりました。(簡単に見つかったとは言いませんが)

 こういうページがあったのでわかったのですが、その放送は1975年02月16日。出演者はフォーリーブス、郷ひろみ、山口百恵、麻丘めぐみ、浅田美代子、荒川務、甲斐バンド、鈴木ヒロミツ、有田美春、ヤングメイツ、リトルリーブスですが、フォーリーブス、鈴木ヒロミツ、有田美春は司会ですね。

 で、そのサイトによると演奏曲は
「かあさんのうた」(リーブス)
「わるい誘惑」(郷)
「冬の色」(山口)
「雪の中の二人」(麻丘)
「想い出のカフェテラス」(浅田)
「朝も昼も夜も」(荒川)
「バス通り」(甲斐バンド)ほか
でした。

 なぜ覚えてたかというと、当時一緒にテレビ見てた母が「この兄ちゃん、ギッチョでギター弾いとる」と言ってたので、多分あれは甲斐バンドだったのだろうと。この演奏の様子を見てみたいですが、公開ライブラリーには無いらしいです。

 なお、「裏切りの街角」で出たのはちゃんと覚えてたのですが、そちらは1975年09月28日で、出演者と演奏曲は
「理由ある旅」(草川)
「素敵なラブリーボーイ」(林)
「キャンパスガール」(サミー)
「ふるさと」(内田)
「裏切りの街角」(甲斐)
「初恋の絵日記」(ずうとるび)
「やさしく歌って」(小坂,エルムス)
など。ずうとるびが司会の頃だったんですね。

 なお、甲斐さんが前にテレビで言ってたのによると、レッツゴーヤングは会場入りが朝の9時くらいで収録が夕方からだったとか。それで「こういうのはやめよう」と思ったそうです。番組は40分くらいですが、収録は大変なんですね。

 それにしても、当時の番組内容をあれこれ調べてたらすっかり現代に戻れなくなりました。レッツゴーヤングは最初から順番に全部見たいです。スペクトラムの回とか有吉ジュンとか優雅とか青木美冴とか。(当方ストライクゾーン広いので…)

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南沙織さんのアルバムがmp3で

2018年01月13日 19時45分54秒 | 昭和歌謡

 ふとしたきっかけで南沙織熱が再燃してしまい、amazonでアルバムを調べてみたらなんと配信でオリジナルアルバムがすべて入手できるようになってました。2年ほど前に調べた時は入手できないアルバムも多く、中には中古市場でプレミアがついてるのもあってガックリ来てたのですが、今ならコンプリートできそう。

 その配信のニュースがあったサイトはこちらですが、一昨年の3月から始まってたとか。ということは、私があれこれ入手しようとしてあきらめた直後なんですね。時代は私のあとをついてくるということでしょうか。(んなわけはない)

 ということで、シンシアのオリジナルアルバムと発売年月を並べてみましょう。

・17才(1971年10月)
・潮風のメロディ(1971年12月)
・純潔|ともだち(1972年6月)
・哀愁のページ(1972年9月)
・早春のハーモニー(1972年12月)
・傷つく世代(1973年5月)
・20才まえ(1973年9月)
・ひとかけらの純情(1974年2月)
・夏の感情(1974年7月)
・CYNTHIA IN CONCERT(1974年9月)
・20才(1974年12月)
・Cynthia Street(1975年6月)
・シンシアのクリスマス(1975年11月)
・人恋しくて(1975年12月)
・素顔のままで(1976年4月)
・哀しい妖精(1976年9月)
・ジャニスへの手紙(1976年12月)
・午後のシンシア(1977年4月)
・Hello!Cynthia(1977年8月)
・SAORI ON STAGE(1977年12月)
・I've been mellow(1978年6月)
・Simplicity(1978年10月)
・Good-by Cynthia(1978年12月)


 ちなみに私が現在所有しているアルバムは「17才」「潮風のメロディ」「純潔|ともだち」「傷つく世代」「20才まえ」「Cynthia Street」。アルバムはできれば配信じゃなくてCDで欲しいのですが、amazonで調べたところ現在新品で入手できるのは、「純潔|ともだち」と「傷つく世代」のみ。その他のアルバムは出品者から新品で購入できるのもあるのですが、中には軽く1万円超えのものがあります。また、ライブアルバムはどれも入手不能だったので、これは本当に嬉しいです。

 これまでは幸いにも泣く泣く高値で買ったというケースはないのですが、ファンの弱みをついてボッタクリ価格で出品してる奴は全員腹を切りやがれと思いますね。とはいえ、配信でアルバム1枚2100円ってのも高いですね。アルバムでそれならいいけど、配信はジャケットも歌詞カードもないわけで、さらに元々発売されてた音源だからせいぜい1曲100円くらいにして貰えませんでしょうか。しがないサラリーマンはこれから昼食抜いてお金貯めねばならないので…。

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1974年のヒット曲

2017年08月18日 22時55分09秒 | 昭和歌謡

 1975年のヒット曲200で惨敗だったので、「それならば」と1974年に挑戦しました。(某動画サイトにてです) 定義は前回同様曖昧ですが、曲を聞いて歌手名と曲名がすぐ言える曲はもちろん「知ってる」、当時確実に複数回聞いたことがあり少しのフレーズでも歌えれば「知ってる」、歌声を聞いて誰の曲かわかっても、曲自体知らなければ「知らない」ということで。

 果たして結果は知ってたのが141曲。やっと7割です。ん~8割は行けるかと思ったのですが。ちなみに1975年のヒットとしても聞いた曲が多かったので、この年に発売されて翌年までヒットしてた曲は多いんですね。

 フォーリーブスとかあいざき進也はほぼ全敗。クールファイブとかぴんから兄弟もわからず。野口五郎も案外知らない曲多し。結局男性アイドルには興味無いと。さらに藤竜也とか菅原文太とかは反則です。男でなおかつおじさんは余計興味無いし。これがヒットしてたんか??? 岡崎友紀も知らず。というか、この時期彼女がまだヒットチャートに入ってたのが驚き。あとは、「愛の伝説」(まがじん)、「愛情の花咲く樹」(シュキ&アビバ)とかいうのは曲も歌い手も全くわからないという…。

 ただ、この年にラジカセ買ってもらってラジオから始まったという感じのヒット曲は印象に残ってて、猫の「各駅停車」、マギーミネンコ「燃えるブンブン」、麻生よう子「逃避行」、優雅の「処女航海」などは今も大好きです。テレビから流行った曲としては小林亜星といけだももこの「りんごがひとつ」など。


 ということで、チャレンジして見たい人は「1974年 ヒット曲200」で検索してみて下さい。ん~、悔しいなぁ。ちなみに次は1979年にチャレンジの予定です。

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完敗でした>1975年のヒット曲

2017年08月04日 23時37分11秒 | 昭和歌謡

 某動画サイトに「1975年 ヒット曲200」という動画があって、当時私は小六だったのですがもしかすると最も歌謡曲を聞いてた時期かもしれないと思い、全部とは言わないけど8割くらいは知ってるだろうと思った次第。

 この動画の作成者によると、これに含まれるのは1975年にオリコントップ50に1週でも入った曲の中から抜粋したものだそうで、1974年とかもしかすると1973年に発売された曲も含まれているかもしれません。それらの曲がジャケット写真を背景に10数秒ずつ演奏されるわけで、全部聞くと1時間かかります。

 果たして結果は知らなかった曲が57曲。ということは、知ってた率は約72%。この際、知ってるという定義は曖昧ですが、曲を聞いて歌手名と曲名がすぐ言える曲はもちろん「知ってる」と判定。他は、当時ラジオでもCMでも確実に複数回聞いたことがあって、少しのフレーズでも歌えれば「知ってる」と判定。歌声を聞いて誰の曲かわかっても、曲自体知らなくて当時聞いた記憶が無ければ「知らない」と判定しました。

 山口百恵の曲なんかは全部わかったのですが、やっぱり演歌系が弱くてこの時期の森昌子はほぼ全滅、殿さまキングスとか西川峰子とか中条きよしも複数含まれてたのですが特別にヒットした曲以外は知らず。梓みちよもそう。意外だったのは郷ひろみとか西城秀樹とかも知らない曲があったり。

 女性アイドルはほとんどわかるつもりだったのが、天地真理とか麻丘めぐみも知らないのが多く、片平なぎさはデビュー曲以外は知らず。というか、そういう知らない曲がオリコンベスト50に入ってたというのも意外でした。

 ということで、私に挑戦してみたい人は某動画サイトで「1975年 ヒット曲200」で検索してみて下さい。ただし1時間以上かかります。

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アパートの鍵/小林麻美

2017年04月26日 23時19分12秒 | 昭和歌謡

 NHKラジオ「ひるのいこい」で聞いたのが小林麻美の「アパートの鍵」。リリースされた当時マチャアキの番組でコントやってて、その時に聞いて以来だと思います。ラジオでかかるのは極めて珍しいかと。

 小林麻美という人はなんかつかみ所無くて、「初恋のメロディー」でデビューしてアイドルやってたのがそのマチャアキの番組に出て、アイドルから脱皮した感じの「ある事情」って曲歌ってそこそこヒットし、その次に出たのがこの「アパートの鍵」でした。

 その後はオールナイトニッポンでパーソナリティーやって、資生堂の「マイピュアレディ」のCMに出て、「野獣死すべし」で映画女優になって、また何年か経って「雨音はショパンの調べ」で大人の雰囲気の歌手になってたり。(決して歌は上手くないですが…)

 「初恋のメロディー」が1972年、「ある事情」がその2年後、「雨音はショパンの調べ」は1984年ですから、息が長いというかしぶとく生き残ったというか。普通ならとっくに消えててもおかしくなさそうなのが事務所が強かったのでしょうか。当然田辺氏の力もあったのでしょうけど。

 肝心のその「アパートの鍵」ですが、あらためて聞いてみるとなんか違う人が歌ってるような感じに聞こえました。曲調としては小川知子とか伊東ゆかりが歌いそうな。ただ、聞いた途端にこの人についての記憶がぶわっと湧いてきて不思議な感じでした。歌には妙な力がありますね。好きな歌ではないですが。

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絶対に明るい気分にならない曲

2017年04月10日 23時24分46秒 | 昭和歌謡

 昔のヒット曲をあれこれSDカードに入れてランダムに再生していると、「ギャー」というのがたまに出てきます。私にとって絶対に明るい気分にならない曲というと、北原ミレイの「ざんげの値打ちもない」と岡林信康の「チューリップのアップリケ」。どんなに調子こいてる時でもこれらを聞くと打ちのめされます。

 単に暗い曲というとカルメンマキの「時には母のない子のように」なんかもありますが、あれは意味がよくわからないのでそんなにはグッと来ません。おまけに、10年ほど前にカルメンマキのコピーバンドと対バンした時にボーカルの人が金髪のカツラでそのまま電車に乗ってきたという話を思い出したり。おまけにこの曲は寺山修司の作詞で、あの人はこれの次の年に「あしたのジョー」を作詞してたから、その連想でこの曲を聞くと「立つんだジョー!」と叫びたくなってしまいますので。まぁ勝手な連想ですが。

 では奥村チヨの「終着駅」はどうかというと、歌は確かにもの悲しいですがあの人自体は結構色っぽいので単に悲しい歌にはなりません。

 さくらと一郎の「昭和枯れススキ」はどうかというと、この曲はあのねのねがアホみたいな替え歌をやってたのでそれを思い出して笑ってしまいます。

 なんにしても短い曲から頭の中でドラマが広がるのが名曲です。あれも昭和歌謡、これも昭和歌謡、いろいろです。って、神様の曲を歌謡曲というのはアカンかもしれんけど。

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勝手にしやがれのピアノ

2016年10月24日 23時40分02秒 | 昭和歌謡

 「勝手にしやがれ」とはジュリーのヒット曲ですが、発売中の週刊現代にこの曲に関する座談会記事がありました。特に編曲の船山基紀さんが参加してたので、アレンジの話を読めたのが収穫でした。

 あの印象的なイントロのピアノは羽田健太郎さんだそうです。が、あのフレーズを考えたのは作曲の大野克夫さんだとか。船山さんのアレンジしたジュリーの曲で、大野さんがデモテープでイントロまで作ってたのは結構あるそうです。ジュリーというと歌番組では井上尭之バンドが演奏してましたが、井上氏のインタビュー記事によるとレコードでバンドが演奏したのは本当に初期のごく一部の曲だそうですし。「危険なふたり」などは、ギターが松木恒秀さんだというのは、井上氏本人がテレビで語ってました。

 で、羽田健太郎さんですが当時はスタジオミュージシャンとしていろんな曲に参加してたようですね。特に「勝手にしやがれ」と同じ時期の船山基紀さんのアレンジの曲は羽田さんではないかと思われます。例えば、金井夕子さんの「パステルラブ」とか、渡辺真知子さんの「迷い道」とか、どちらもピアノが印象的ですし。

 私は羽田健太郎さんの名前を初めて知ったのはアリスのライブアルバム「エンドレスロード」でしたが、あれはギターが矢島賢さんだったりして豪華なミュージシャンに囲まれてました。レコードしか持ってないのでCD探そうかなぁ…。

 と、話がすっかりそれましたが、昭和歌謡に関しては「イントロがどういうフレーズか」というのもありますが「誰が弾くか」ということで味が出るのも醍醐味かと。そこが打ち込みとは違いますね。う~む。

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嫌われる歌というと

2016年10月19日 23時04分44秒 | 昭和歌謡

 今月の初めにTBSでやってた歌の4時間スペシャルにて、黒沢年男の「時には娼婦のように」が流れた途端、妻が「この歌嫌い!」と言ってました。まぁ女性でこれを好きだという人は余程の変わり者か受け狙いか黒沢年男のファンだけでしょう。曲そのものがセクハラのようなものですが、当時はまだそういう概念はなかったのですし。

 そういう曲があったとしても別にいいのですが、当時の状況を想像してみましょう。会社の飲み会で行った居酒屋の有線でこれが流れたとします。するとおじさんが若い女性社員に「今、これが流行ってるんだよ。結構いいんだよね~。」なんて言って無理矢理聞かせて反応を見て喜んでたりしたのではないかと。ちなみに私は当時中学生でしたので娼婦という人がこの世に実在するとも思わず、な~んも考えずに聞いてました。テレビで見た時に「レコードと歌い方が随分違うなぁ」と思ってたくらいで。

 ただ、私からするとそういうハレンチな歌はいっぱいあるわけで、山口百恵の「あ~なた~が望むなら~ 私ナニをされてもいいわ」とか「あ~なたに~女の子~の~ 一番大切な~ アレをあげるわ~」とかいうのは大嫌いです。これはこれで、可憐な少女がそういうのを歌うのを見ておじさん達が喜ぶという単純な図式が嫌いで。

 そこへ行くと鶴光師匠の「イザベル」とか畑中葉子の「後ろから前から」とかいうのは、最初から18禁の雰囲気が漂ってるのでOKだったりします。カラオケで歌おうとも思わないし。イザベル モナムール…。

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学生通りの人はどうなったでしょう

2016年10月14日 23時58分35秒 | 昭和歌謡

 ディランがノーベル賞を取った昨今、注目されるのは「学生通り」の彼です。「学生通り」とはもちろん木之内みどりの曲ですが、歌詞によると「ディランの歌を好きになってから あなたは人が変わりましたね 転がる石のように生きると試験サボって髪ものばした」ですが、この曲は1976年2月の作品。あれから40年経って、その彼はどうなったことでしょう?

 それにしても昭和歌謡が一種のブームであるのに、木之内みどりの曲はカバーされませんね。まぁ「学生通り」をカバーしようという人はおらんでしょうが。地味だし。

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ブルドッグとかハウンドドッグとか

2016年05月25日 22時36分10秒 | 昭和歌謡

 NHKラジオ「ひるのいこい」で流れて来たのがフォーリーブスの「ブルドッグ」。この番組は歌有りの曲とインストが1曲ずつオンエアされるのですが、もう1曲は「ハウンドドッグ」でした。が、すごくファンキーなアレンジで「これって本当にハウンドドッグ?」と思う感じでした。まぁメロディーはたしかにそうでしたが。ちなみに演奏は 石川 晶とゲンチャーズだそうです。知らないなぁ。

 ちなみに、子供の頃はラジオで覚えた曲をテレビで本人が歌うのを聞くと、「レコードと歌い方が全然違う!」と思うことがしばしば。フォーリーブスの「ブルドッグ」もその代表でした。レコードで聞くと「これってフォーリーブス?」という感じですし。

 なお、その他にも「相当違う」と思ったのは、清水健太郎の「失恋レストラン」、桜田淳子の「初めての出来事」、林寛子の「カモンベイビー」、中原理恵の「東京ららばい」などなど。まぁレコードとは当然エコーというかリバーブの掛け方とかそういうので大きく違うので、歌い方とか演奏の違いだけで文句言ってたのがガキだったということですが。

 なお、当時一世を風靡してたピンクレディーとか山口百恵とかジュリーがどうだったかというと、あまりにもヒットしすぎてほとんどテレビで曲を聞いてたのでレコード音源を聞く機会がほとんどなかったような…。

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20曲目がタッチだそうです

2015年11月08日 22時48分56秒 | 昭和歌謡

 先週NHKスタジオパークに岩崎良美さんがゲストで出た回を見ました。もう54歳だそうですが、今も可愛い人ですよね。私はというと、尾崎亜美さんが曲を提供してた関係でアルバムを聞いたら結構良かったのでその後コンサートも見に行ったくらい。

 で、「タッチ」は20曲目のシングルだったそうですが、「え、デビューからあそこまでそんなにシングル出してたのか」と思ったので数えてみました。とはいえデビューの頃かが追っかけてたわけではないので、かなり記憶は曖昧。なので順番は適当ですが並べてみたところ1曲足らず。「タッチ」の前に18曲しか思い浮かびません。

 仕方ないのでWikipediaで答え合わせをしてみたところ、何を忘れていたかというと「LA WOMAN」でした。「ごめんねDarling」の前がこの曲で、南佳孝さんの曲だったんですね。まぁアイドルとしては色んな人の曲を歌ってるもんです。

 多分普通の人は「愛はどこに行ったの」とか「ヨコハマHeadlight」も忘れると思うのですが、1曲だけ出てこなかったということでまぁ上級者の部類には入るのではないかと(?)。あとは私としては「Vacance」がシングルだと思ってたのですが、「マルガリータガール」と両A面だったんですね。ふうむ。

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