今日のひとネタ

日常ふと浮かんだことを思いのままに。更新は基本的に毎日。笑っていただければ幸いです。

イチローがスペースバンドに?

2023年11月19日 | 甲斐バンド・甲斐よしひろ

 

 田中一郎ギターアッパーカット2にて驚きの話が聞けました。なんとスペース・バンドのレコーディングに、田中一郎さんが参加してたそうです。

 スペース・バンドというのはつのだひろさんのバンドですが、第一期はキャプテンひろ&スペース・バンド、その後つのださん以外は全員メンバーチェンジをしてつのだひろ&スペース・バンドになった様子。

 トップ画像はそのメンバーチェンジの際の記事ですが、これは1974年の話。記事によると新たなメンバーは角田順さん、高橋伊久馬さん、藤井真一さん。「ミスターD.J」というシングル曲がありますが、レコードのジャケットでは名義が「スペース・バンド 歌/高橋伊久馬」となってます。

 一郎さんは当時つのださんと親交があり、そのレコーディングを見学に行ったところコーラスで参加することになったそうです。実はこの曲は私も当時ラジオで聞いてたのですが、普通に「スペースバンド」として紹介されてたので、つのださんとこの曲が頭の結びついたのはずっと後でした。

 この曲を聞いてみると後半に何人かで歌ったコーラスが入ってるので、そこに一郎さんの声も入ってたのですね。知らずに聞いてました。まあジャケットにクレジットもないのでわからないのは当然ですが。

 この高橋伊久馬さんはその後トランザムのヴォーカル担当になりますが、「ああ青春」とか「ビューティフルサンデー」とかは当時よく聞いてて、その人と「ミスターD.J」が同じ人だったというのは20年くらい前につのださんのラジオで知ったのでした。高橋さんはトランザムの頃は改名してましたが、今はもう亡くなったのですね。

 一郎さんはというと、このレコーディングに参加した後「リンドン」でデビューし、同期にはがむがむ、とんぼちゃんなど。ここには出てませんがふきのとうも同期ですね。

 

 

 その一郎さんがいつ頃から東京に出てきて、つのださんとどうして繋がりができたかというあたりは、今回のギターアッパーカット2をご覧下さい

 ところで、このスペース・バンドのメンバーチェンジの記事は雑誌「guts」の1974年5月号なのですが、福岡のライブハウスを紹介する記事もありました。そこで注目は「照和」。この日の出演は明日のチューリップを目指す「ピエロ」だそうです。どっかで聞いたことがあるバンドですが、もしかしたらステージにいるのは松藤さん???

 

 

 そうやって時代が動き出した頃なんですね。いろいろ勉強になります。


今日も晴れ男は健在>甲斐バンド 日比谷野音

2023年07月01日 | 甲斐バンド・甲斐よしひろ

 甲斐バンド BEATNIK2023 in 日比谷野外大音楽堂が開催されました。私はWOWOW生中継でのテレビ観戦でしたが、ちょうどこの春にテレビを大きくしたばかりなので効果は絶大。17時30分開演が約10分押しで始まったのですが、今の季節のこの時間帯はまだ明るいので客席も周りの風景も、もちろんステージの隅々まで見えるので臨場感はバッチリでした。

 野音なので注目は「天気はどうか?」という事でしたが、晴れ男の神通力は健在。昨日のブログの答え合わせをすると「降ってない!」という事になります。ただ、「ラヴ・マイナス・ゼロ」のあたりでは画面上でも雨粒が確認できたので、まったく降らなかったわけではないようです。アンコールでも降雨は確認できました。実際場内の人はどんな感じだったでしょうか。ひどい降り方ではなかったと思いますが。

 今回テレビ観戦ではありましたが、昼寝から起きてエアコンの効いた部屋でビール片手にリラックスして見られたし、一緒に思いっきり歌っても他人の迷惑にならないというのはいいものです。(家族には嫌がられますが。) そういうことで思いっきり楽しめました。私の場合はテレビのスピーカーなんぞに頼らず、オーディオのスピーカーでガンガン聞いてたのでベースの音もバッチリ。これは会場に行けなかった負け惜しみではありません。…多分。

 

 そんなこんなですが、甲斐さんがアンコールで言ってた「みんな、老いぼれるなよ。まだなんにも終わっちゃいないんだから。」という言葉は、今年還暦を迎える一般男性である自分へのエールだと肝に銘じておきます。パワーを分けて貰った感じです。

 それにしても、「やけに『ラヴ・マイナス・ゼロ』からの曲が多いなあ」と思ったら、今回は38年前のあの両国国技館こけら落としのセットリストを完全再現するものだったのですね。それを知らずに見ていた私は一体…。まあ、曲順知らずに見たのはある意味新鮮でした。

 とりあえず注目の晴れ男の件は、開始時は降らず、途中と終盤にパラパラと来たもののライブに支障をきたすことは無かったということで、結論は「甲斐さんはやはり晴れ男」ということでした。めでたしめでたし。ちなみに、今回の放送はWOWOWオンデマンドで7月末まで配信中だそうです。見逃した方は是非どうぞ。


晴れ男の神通力やいかに>甲斐バンド 日比谷野音

2023年06月30日 | 甲斐バンド・甲斐よしひろ

 明日(7月1日)は「甲斐バンド BEATNIK2023 in 日比谷野外大音楽堂」が行われる日。甲斐バンドの甲斐よしひろさんといえば押しも押されぬ晴れ男であるのは有名で、過去に日比谷野音、箱根芦ノ湖畔、花園ラグビー場、新宿副都心、横浜赤レンガなどで野外での大イベントを実施してますが、雨だったことは一度も無し。

 2021年の横浜赤レンガは私も行きましたが、前日の予報では曇り~雨だったのが、当日はカンカン照り。これには甲斐さんもMCで「やり過ぎやろ!」と言ってたくらい。ちなみにアンコールの「嵐の季節」では遠くで雷が鳴ってて、時折雲の向こうで稲光がチカチカしてたのですが、それを見てた船越英一郎氏は甲斐さんに「いや~、あの演出は金かかってましたね!」と言ったとか。

 最新の予報は見ておりませんが、どう考えても明日は雨が降りそうな予感。しかし、それをはねのけられる晴れ男の神通力は今回も発揮できるか。あるいは、強力な演出により晴れさせるか(?)。

 なお、以前聞いたラジオ番組で気象の専門家が出てた時に、MCの柴田理恵さんが「雨女とか晴れ女とかってあるじゃないですか! あれってどうなんですか?」と聞いたら、冷たく「それを私に聞きますか?」と言われ、「いやまあ…」というやりとりがありました。まあもちろん科学的には…。

 ちなみに明日はチケットソールドアウトで、私はWOWOWの生中継でのテレビ観戦。今夜は気分を盛り上げるために、ビール飲みながら過去に録画したものをあれこれ見てひとり前夜祭中。とにかく明日は晴れることを祈ってます。


佐藤剛さん逝く…

2023年06月21日 | 甲斐バンド・甲斐よしひろ

 音楽プロデューサーで作家の佐藤剛さんが亡くなりました。私は著書「上を向いて歩こう」を読んだのは昨年でした。甲斐バンドファンとしては、当時は重要なスタッフの一人として認識してただけなのですが、画像の文庫「ポップコーンをほおばって 甲斐バンドストーリー」(田家秀樹著)を読んでからは、いかにその存在が大きかったかと思い知らされました。

 

 これは私の愛読書なのでしょっちゅう手に取るのですが、読めば読むほど、そして大人になって世の中のを仕組みを知れば知るほど、剛さんと甲斐バンドの関係の強さを認識するようになったのでした。かなり剛さんの証言が多い上に、その視点から語られてる部分も多い本です。

 以下、佐藤剛さんについてこの本からの抜粋です。

・明治大学文学部演劇科の卒業だが、70年安保の年に入学して、74年に卒業したのであまり学校の授業には出てなかった。
・甲斐バンドとの接点は、1975年7月23日に当時所属していた「ミュージックラボ」の記者として取材に行き、取材予定をはるかにオーバーしたまま、甲斐よしひろと話をし続けた。しかも、その話の内容は、映画とローリング・ストーンズの話に終始し、「いつかこの話の続きを」と別れた。
・77年の正月明けに甲斐よしひろと会い、「オレたちと一緒にやらないか?」との意思確認をされて契約マネージャーとなり、その形態は1年ごとの更新、しかもシンコーミュージックの社員ではなくあくまでも「甲斐バンドの契約マネージャー」であったのは、本人の希望によるもの。
・77年4月25日から甲斐バンドつき「契約マネージャー」としてスタート。

など。マネージャーとして以外にも、五業昌晶のペンネームで楽曲制作にも関わっています。今日の長岡和弘さんのFBでの書き込みによると、作詞したもののタイトルが決まらず悩んでいた曲に、「きんぽうげ」というアイディアをくれたのは剛さんだったとか。初めて知りました。

 そして、1978年には甲斐さんと二人でアメリカに渡り、現地のミュージシャンを使ってカバー中心のソロアルバム「翼あるもの」を作り上げます。あらためてこのクレジットを見ると、プロデューサーとして佐藤剛さんの名前があります。

 

 その後、甲斐バンドは1981年にシンコーミュージックから独立し、株式会社ビートニクが誕生することになりますが、剛さんはその社長兼マネージャーに就任しました。

 甲斐バンドには、甲斐よしひろという強力な熱源がいますが、その燃え盛るエネルギーを、どの方向に、どのように、どういう熱量でぶっ放すかというのはまさしく剛さんがマネージメントしていたのだと思います。近年に出演した番組を聞くと、ご本人はさらっと「マネージャーやってました」とおっしゃってましたが、実に大きな存在だったと思います。

 

 1986年の甲斐バンド解散後のことは詳しくないのですが、剛さんは様々な音楽制作に関わっていて、私が持っている小野リサさんの大ヒットアルバム「DREAM」にもExective Producerの一人としてGO SATOの名前があります。これは1999年ですね。当時はまったく意識していなかったというか、このGO SATOさんとあの佐藤剛さんが結びつかなかったかもしれません。その前にはTHE BOOMの「島唄」のプロデュースもありましたが、私は当時それも知りませんでした。

 

 その後は文筆業に活動の中心を移したのでしょうか、2011年には「上を向いて歩こう」を刊行。しかし、同じ年に由紀さおり&ピンク・マルティーニのシニア・プロデューサーも努めました。これは大ヒットしましたね。

 ここ何年かはあちこちの音楽コラムで剛さんの名前をよく見かけるようになって、私はあらためて書いたものに興味を持ったのでした。歌謡曲のスタンダードと言えるもの、ミュージシャンの楽曲に関する権利や印税に関するものなど、どれもすごく興味深かったです。なので色々な話をもっともっと教えて欲しかったです。

 昨年から闘病中で入退院を繰り返していたのはツイッターで見ていましたが、ご本人はずっと回復に前向きだったので、帰ってきてくれるものと信じていました。次に出るとすると西城秀樹さんに関する本かと思ってたのですが、それも見る機会がなくなってしまいました。私はまだ読んでいない著書もありますので、せめてその足跡を一歩ずつでも辿って行きたいと思っています。

 本当に永い間いろいろな場面で楽しませていただいたことには感謝を申し上げます。そして、謹んでご冥福をお祈りします。悲しいです…。


来年はリンドン50周年です

2023年06月10日 | 甲斐バンド・甲斐よしひろ

 雑誌「guts」を見ていたら、リンドンの紹介記事が出てました。1974年の本ですが、この年にデビューしたということは来年がデビュー50周年なわけです。

 とはいえ、リンドン自体はもう活動してないので、まずは田中一郎さんがデビュー50周年ということで。そして、来年というと甲斐バンドもデビュー50周年。田中一郎さんは両方に絡んでます。

 田中一郎さんはというと、ヤングギターの男の履歴書という記事で、このように紹介されてました。


 さらに、ヤングギターでは、石川ひとみさんと対談もやってたり。

 その後、甲斐バンドに入ってからはこんな感じ。

 今は配信番組「田中一郎のギターアッパーカット2」で毎週新作を見られるので、いい時代になったものです。

 ということで、リンドンデビュー50周年を記念して「リンドン VS 甲斐バンド」で武道館公演というのはいかがでしょうか。ありえないでしょうが、あれば私は行きます。


自信満々で間違うのがチャットGPT>甲斐よしひろのセイ!ヤング21

2023年05月01日 | 甲斐バンド・甲斐よしひろ
 先週の文化放送「甲斐よしひろのセイ!ヤング21」で聞いた話。リスナーが、今はやりのチャットGPTに「甲斐バンドの甲斐よしひろさんはどういう人か?」と聞いてみたそうです。

 すると答えは無茶苦茶で、そもそも生年が違い出身は愛知県、ヒット曲は「ブルーライトヨコハマ」「遠くで汽笛を聞きながら」など。そのリスナーの方は「代わりに私が甲斐さんにお詫びしたい感じ。」と。

 それで、同じ人が甲斐さんの友達である松藤英男さんはどういう人かと聞いてみたら、生年は合ってはいるものの出身は神奈川県。RCサクセションの元メンバーで、担当はギター。ソロアルバムも発売し、俳優としても活躍していたが2018年に死去ですと。

 セイ!ヤングにはいつもの通り松藤さんも出ていて「死んじゃったんですか?」と大笑いでしたが、なぜかチャボとキヨシローの情報がごっちゃになって表示されてるのではないかとの感想。

 こんな風に笑い話ですめばいいのですが、甲斐さんは「こうやって自信満々で間違うのが困る。鵜呑みにしたら非常に危険。」との事でした。確かに、そうですね。固有名詞で完全に間違いをいうのはダメです。

 ネットというと、以前はWikipediaも信用ならないという声が多かったですが、今はみんなWikipediaで調べてますよね。信頼度が上がってるかどうかはわかりませんが、そのうちチャットGPTが主流になると「そういう回答だったし。」という事が通ってしまうかもしれません。

 AIは学習するものなので、そんなに情報量の多くない人物や事件などについては、恣意的に誤った情報を繰り返し覚えさせて、自分の意識した方向に答えを出すように仕向けることができるのではないでしょうか。

 映画「さびしんぼう」では、校長室のオウムが宮沢賢治の「雨ニモマケズ」の詩を覚えてて、それを面白がった悪ガキ達がタヌキのキン○マの歌を教えるという場面がありました。果たしてオウムが「雨ニモマケズ風ニモマケズ 風モナイノニ ブ~ラブラ」と言い出す場面がありました。そういう風にもできるのではないかと。

 私はチャットGPTはまったく触ったこともなければ今のところ信用もしてないですが、「チャットGPTのGPTってなんの意味?」というのを、「開発した人の頭文字であって、ガクト、パックン、タモリの三人が作った。」という風にしてやりたいと思ったりします。とにかく今後注目ですが、世間的にはどんな流れになりますでしょうか。

文化放送「くにまる食堂」 ゲスト:甲斐よしひろ(2023年4月11日)

2023年04月13日 | 甲斐バンド・甲斐よしひろ
 
 火曜日の文化放送「くにまる食堂」のゲストが甲斐さんでした。これで、月曜のNHKラジオ「ごごカフェ」と連日のラジオ出演。しかし「ごごカフェ」がライブ活動やバンド、ソロライブの話が中心だったのに対し、こちらはサッカー、野球、博多の話が中心。さすがに引き出しが多いですね。

 WBCについての話は番組サイトにも紹介されてますが、メジャーリーグも昔から注目してて、サッカーの方は日韓ワールドカップはそれこそ日本と韓国で11試合とか見たそうで、生活を楽しんでますね。

 詳しくはradikoプレミアムのタイムフリーで聞いていただくのがいいですが、甲斐さんの話からメジャーリーグというのは、本当にアメリカで市民の娯楽になっているのを感じました。あるスタジアムでは、決まったイニングの前に決まった曲が流れてみんなでそれを歌うとか、試合終了後に流れる曲もホームのチームが勝った時と負けた時で歌い手が違うヴァージョンが流れるとか。日本でもきつねダンスとかありますから、少しはそういう雰囲気になってるかもしれませんが、ちょっと違う気はします。

 あとは、福岡、博多などの話になると、どうしても熱くなりますね。かろのうどんもそうですし、小松政夫さんの話などもギアが二段くらい上がった感じがありました。

 と、そんなこんなですが、タイムフリーでお聞きになる方はお早めにどうぞ。ちなみにトップ画像はラジオ出演時のものではありません。って、まあわかりますわね。

NHKラジオ「ごごカフェ」 カフェトーク/甲斐よしひろヒストリー

2023年04月11日 | 甲斐バンド・甲斐よしひろ
 
 NHKラジオで平日午後放送中の生ワイド「ごごカフェ」で、昨日4月10日のトークゲストは甲斐よしひろさんでした。トーク自体は収録によるものでしたが、パーソナリティーの武内陶子アナとは旧知の間柄ということで、リラックスした中にも充実したトークが聞けました。

 武内アナも甲斐バンドのファンという事で、「照和」の話にも反応してたし、「冷血(コールド・ブラッド)」のスタジオヴァージョンとソロライブヴァージョンとの違いにも大いに反応してたあたりなかなかの通です。なにしろ高校時代は甲斐バンドを聞きながら過ごしたそうなので。

 甲斐さんの方も、バンドとソロでのステージ構成の違いとか、現在のバンド編成やメンバーについて熱く語ってたし、おまけにライブ音源の「吟遊詩人の唄」はオチまであるMC付きという豪華版。トークの中にさりげなくソロ活動のBOXセットの宣伝もちりばめるというあたり、さすがのキャリアです。

 聴き逃した方は、それこそNHKラジオ「らじるらじる」の聴き逃しサービスで、17日(月)14時55分まで聞けますので是非どうぞ。ちなみに「らじるらじる」の聴き逃しは、配信終了までは毎日でも何時間でも聞けるのでお得なサービスです。radikoプレミアムのタイムフリーとはちょっと違います。

 私は運転中に聞いてたのですが、さっそく聴き逃しサービスで録音しました。今回の話は保存版にします。

Arp2600といえば甲斐バンドの「氷のくちびる」

2023年02月06日 | 甲斐バンド・甲斐よしひろ

 

 ある本を読んでいたらArp2600についての解説がありました。これはシンセサイザーの製品名なのですが、私がこれを初めて知ったのは甲斐バンドの「氷のくちびる」。

 甲斐バンドの4thアルバム「この夜にさよなら」の歌詞カードには各曲ごとにミュージシャンのクレジットあるのですが、その「氷のくちびる」でArp2600の文字が見えます。そして、なんと演奏者はあの小林よしのりさん。

 甲斐さんと漫画家の小林よしのりさんが学生時代からの友人で仲良しなのは有名な話ですが、このアルバムにクレジットされているのは今もって詳細不明。小林さんはギターも弾けるのですが、どう考えてもミュージシャンとしてレコーディングに呼んだとは考えられず、私の推測では「食事に行く約束をしてたもののレコーディングが終わらず、待ち合わせでスタジオにやってきた小林さんが飛び入りした。」という感じではないでしょうか。シンセなので効果音的なものかもしれませんし、もしかしたら間奏のメロディーくらいを弾いたのかもしれません。

 そういうケースは「安奈」のレコーディングの話でも聞きました。その時は甲斐さんと浜田省吾さんが食事に行く約束をしてて、浜田さんがスタジオに来たものの作業は終わらずレコーディングの真っ最中。

 甲斐さんとしては生ギターの音を聞きながら歌いたかったものの、自分で弾きながらでは歌いにくいし「誰かギター弾いてくれる人いないかなぁ…。あ、いたっ!」という経緯で、浜田さんが弾くことになったそうです。

 私としては、「Here We Come The 4 Sounds」の歌詞カードで「曲を通して流れる印象的なアコースティックのカッティング・ギターは、浜田省吾だ。」と書いてあったのを見て、「なんで?」と思ってたのですが、数年前に甲斐さんがNHKのトーク番組で言ってたのを見て納得しました。

 それはそうとその「氷のくちびる」ですが、歌詞カードにはこの曲のキーボード奏者のクレジットがありません。あんだけピアノが出てくるのにこれはどうしたことでしょう。って、結局は「歌詞カードのクレジットはあまり信用できない。」というのが結論かも。どなたかご存じないでしょうか。


甲斐バンドのオリジナルアルバムのCDが揃いました

2023年01月29日 | 甲斐バンド・甲斐よしひろ

 

 「あんだけ甲斐バンド甲斐バンド言うてて、CD持っとらんかったんかい!」という声があることとは思いますが、あくまでも「CDでは持っていないアルバムもあった。」ということで、今回ようやく全部揃いました。

 ちなみに、私にとっての甲斐バンドのオリジナルアルバムは、1986年に解散するまでのことを指してますので「らいむらいと」から「REPEAT & FADE」の12枚となります。

 これまでCD持ってないアルバムは大体レコードで持ってたので、それをICレコーダー経由でPCに取り込んで聞いてましたが、今はサブスクで聞けるアルバムも多く、そちらで間に合ってるという部分も大きかったり。

 しかし、折角部屋にCDレシーバーとオーディオのスピーカーがあるので、やはりCDで揃えておきたいと思った次第。そもそもNY三部作はサブスクにないですし。

 最後に揃えたのは「地下室のメロディー」と「マイ・ジェネレーション」ですが、入手履歴は以下の通り。甲斐バンドは凄く好きな時期と、一旦離れてた時期と、またまた大ファンになった時期があるのですが、発売後すぐ買ったかどうかで私と甲斐バンドの距離感はおわかりいただけるかと。80年代というと、どうしてもシティポップ寄りというかおしゃれな方に行ってしまいがちでしたし「今更甲斐バンドなんて。」と思ってたのも正直なところです。すいません、すいません。


らいむらいと 当時レコード購入 → 一昨年CD購入
英雄と悪漢  当時レコード購入 → 音蔵シリーズでCD購入
ガラスの動物園 当時レコード購入 → のちにCDで購入
この夜にさよなら 当時レコード購入 → 音蔵シリーズでCD購入
誘惑 当時レコード購入 → CDで買った時期は不明
マイ・ジェネレーション 当時買わず → 今回CD入手
地下室のメロディー 兄にミュージックテープ貰った → 今回CD入手
破れたハートを売り物に 当時買わず → 30年くらい前にCD入手
虜-TORIKO- 当時友人のLPを録音 → 一昨年CD入手
GOLD/黄金 当時買わず → 一昨年CD入手
ラヴ・マイナス・ゼロ 当時友人のLPを録音 → 30数年前にCD購入
REPEAT & FADE CD発売と同時に購入


 ということで、これでガンガン聞けますわ。これまで何回かCD化されてて、私の持ってるのも仕様がバラバラなのですが、また何年かたってデジタルリマスタリングで全部再発という事があれば、その際は新品で大人買いします。今のうち宣言しておきます。