ばあさまの独り言

ばあさまから見た世の中のこと・日常生活のこと・短歌など

長く生きることは幸せか

2023年02月01日 | 随筆
 人々の健康状態が向上して、寿命も年々永くなりました。2020年の厚生労働省の集計に依ると男性が81.47歳女性が87.57歳とあります。単に長生きになったということよりも、健康でなければなならないのは言うまでもありません。
 この事については可成り強い思い出があります。新卒で勤めたのは東京都だったのですが、その後父に勧められて故郷に戻り矢張り教職に就きました。やがて結婚しましたが、それぞれの職業を全うして引退致しました。旅行が趣味ですで沢山の旅行をしていましたが、在る時サラリーマンの第一歩を踏み出した懐かしい処も訪ねてみました。

 それは60代半ばの私達でしたが、愛車で出掛けた時の事です。そこは私が東京から帰ってきてから勤めた山あいの穏やかな農村でした。山あいの一番奥の農家の庭先の道も通りかかりました。
 すると庭先で、乾かした大豆を槌で叩いている老女に出会いました。ニコニコと会釈されたので、思わず車を止めて話しかけました。するとその女性は、かつて私がこの地に勤めていた頃の教頭先生のお姉さんであることが分かりました。
 初めて勤めた僻地でしたから、学校は列車を降りて約3キロ近く歩かなければならない或る集落にありました。冬に通る時は、斜面から落ちる雪にも「雪崩か」と注意深く歩くように言われていました。うっすら雪が降って路面が見えないので、道路から外れないように歩くのが、当時は精一杯だったのでした。
 そこ迄の幾つかの集落の真ん中辺りに、教頭先生のご自宅があって、ご夫婦で住んでおられましたから、雪の日など道が悪くてはかどらない時には、泊まって行きなさいと泊めて頂いた事も何度かあったのです。

 懐かしい話しがひとしきり終わったころに、老女が、今はこの地から街に近い処に息子の家があって、夏はここで過ごし、冬は息子の家に寄せて貰うのだと言われました。冬の一人暮らしの厳しさを思うと納得がいきました。
 その時です。老女が独り言つように言いました。「長生きするもんじゃないですね・・・」突然のその言葉に胸を突かれて応えに窮しました。厳しい冬に家の回りの雪よけをしたり、食品を求めて街まで出たり、それは確かに老いた人にはなかなかの苦痛だと思えました。若い頃の元気で楽しかった思い出をたどって来た私ですが、毎日この地に暮らすことがいかに大変か、という思いになったのでした。
 老女は息子の家であっても、「孫もお嫁さんもいるし、気を遣う」とふとつぶやきました。人間関係は複雑ですから、それなりのご苦労をされているのだと思いました。
 「長生き」が幸せだと簡単に割り切っていた私は言葉が出ませんでした。以来私はこの日本で「幸せに老いる条件」とは何か、と考えるようになりました。私は現在交通事故による足腰の痛みさえなければ、幸せの中で暮らしていますが、考えてみると年老いたこの先に何があるか、不安でもあります。ただこの先老女の呟いた言葉の奥に、どのような事情があるのか知りませんが、長生きを幸せと感謝出来ない人生があって欲しくないと、以来思い続けてきています。「無理せず穏やかに」をモットーに、残りの人生を感謝して過ごしたいです。