大リーグのファンとして、先日(7月16日)のオールスターゲームはとても楽しいものでした。感激する場面が多々ありました。私の大ファンのリベラ投手が最後にMVP(最優秀選手賞)に輝きました。
リベラはパナマ出身の選手で、スラスラとヤンキースの選手になった訳ではないようですが、153㎞を投げる投手として、ヤンキース一筋に来た人です。最後は偉大なクローザーとしての輝かしい成績を残しました。私達夫婦は9回にリベラが出てくると「もうこれでこの試合はお終い」というほどの名クローザーになったのです。勿論多くの人が同じことを言ったに違いありません。
リベラは自らの研究で編み出した、カッター(カットボール)の技を身に付け、この一球種だけで成功した投手です。四つのコーナーに正確に思う様に投げる事ができるコントロールを身に付けていました。
たった一球種では簡単に打たれそうですが、それが150㎞を越える速球で、バッターの手元で急に約20㎝も落ちるので、その落差が激しく、多くの打者は滅多に打てないのです。
彼が素晴らしい選手だと思うのは、この成績ばかりではありません。とても礼儀正しく、決して驕らず、いつも謙虚だということです。
背番号は42番ですが、これはかつての名選手ジャッキー・ロビンソンの栄誉をたたえて、大リーグ全球団で永久欠番になっているそうですが、リベラはその時点で42番を付けていたので例外となり、リベラがメジャー最後の背番号42番なのです。誇らしいことです。
今までには当然不振の時もあり、当時ヤンキースの監督であったトーリ監督が「ここに居る限りクローザーはお前だぞ」と言われて、不振から立ち直ったと聞きました。そしてその言葉通りに今もクローザーとして活躍しています。
彼は今年が最後だと、春先に宣言しましたから、オールスターは彼にとって、どれ程重く、感慨深い試合だったことでしょう。1イニング無失点で切り抜けた所は実に見事で、私も思わず拍手していました。
見て居られた人達は気付いたと思いますが、いつものようにリベラが出る時の曲が流れて、万雷の拍手の中を彼が出て来てから、暫くグラウンドに守備の選手が出てこなくて、マウンドに彼一人立っていました。なぜ?と不思議がった私に、夫は「観客と彼にオールスター最後の時間を与える為に、わざと出て来ないのだ」と言いました。尊敬する大投手に最後の晴れ舞台を作ってやる同僚達の温かい心に、深い感動を覚えました。
リベラはスタンドを埋め尽くした観客にわずかなほほ笑みを浮かべて、一巡りその応援の拍手に感謝を示すと、マウンドで手の中のボールを数回握り直して、ボールの感触を愛しんでいるかのようでした。オールスターゲームの最後のマウンドになるのですから、野球選手としてこの栄誉に最後に握るボールです。しっかり確かめてから投げ始めました。そうしていつものように、三者凡退に切り取ったのです。
惜しみない拍手が送られ、やがてMVPのトロフィーを高々と上げて、観客の祝福を受けたリベラが、ダグアウトに戻って多くの選手と握手し、肩を抱き合い祝福を受けながら、眼をぬぐっていたように見えました。私も思わず涙が湧きました
43歳まで、19年間をヤンキース一筋に、最後は押さえの神様として君臨したのですから、そのMVPは誰にも納得のいくものだったと思います。
リベラは敬虔なキリスト教徒だそうです。だからと言うわけではありませんが、リベラの野球人生を見ていて、「いつも変わらない姿勢でプレーをする姿、打たれたことを何かのせいにしない、大げさなプレーはなく、淡々としているがその集中心は確かで信頼できる、言動の控えめな紳士である」と言う点で、人間的にも立派な人物だと聞いています。
この人間的な尊敬と言えば、松井秀喜選手もそうです。当日は解説していましたが、彼もヤンキース最後の大リーグワールドシリーズの決勝戦でMVPに輝いたあの時の感激が、胸をよぎったに違いありません。彼もまたリベラに惜しみない賞賛を送っていました。
日本の相撲に相撲道という精神的な心得が存在するように大リーグにはアメリカの野球道(と言って良いでしょうか)があります。例えば、デッドボールを受けた選手は、痛みをこらえて、一塁に走ります。痛がる様子は、相手の投手を非難することになるという思いやりからでしょう。また、ホームランを打っても、大げさなガッツポーズをしません。相手のピッチャーに無礼な行為になるからでしょう。
こんなものもあります。点差が開いている場合、スリーボールノーストライクの場合には、投手はストライクを投げるしかありませんから、それを打つのは思いやりに欠けることになるので、見逃すのだそうです。また点差が開いていた場合、盗塁もセーフティバントもしません。ここが大リーグ野球道の誇りなのでしょう。
過日、日米大学野球がありましたが、この時デッドボールを受けた日本選手がヘルメットをたたきつけ、あわや乱闘になりそうになりました。これは先に書いたように、アメリカ野球のスポーツマンシップを良く理解していなかった日本の選手の方に問題があります。
私もこのような精神論的な話は、総て家族からの折々の耳学問で知ったことであり、このような年寄りが初めから知っていた訳でも勉強して解った訳でもありません。それでもいつの間にか、このくらいの事を知った訳ですから、日本の選手を指導する立場の方は、技術ばかりでなく、人間としての教育もして欲しいと思っています。
かつて松井秀喜が高校時代に甲子園で戦った時、4打席総て敬遠されたことがありました。高校野球は教育の一環として行っている筈ですから、相手が強いからといって、4回とも逃げる指示は正しいでしょうか。敬遠を指示した監督は恥ずべきだという気がします。勝つことが総てとはいっても正々堂々と戦ってこそではありませんか。敬遠の指示に従わざるを得なかった投手も、さぞ無念だったことでしょう。
何時でしたか、松井選手がその内に、元マリナーズのオルルッド選手のように「紳士としての賞」を受賞するだろうとこのブログに書いたことがありましたが、その後そういう賞はなくなったのか、誰も貰ったとは、聴いていません。
松井選手は、ヤンキースの選手会長のジータととても仲が良く、ジータは、「松井は、チームメイトの誰もが彼を愛している。毎試合変わらない準備をする。言い訳をしない。走者を進める打撃、還す打撃が出来る。」と言い、とても尊敬していると言います。
松井も同じことをジータに対して言います。二人は似ていて、野球ばかりでなく、その生き方も立派なのです。
アメリカで愛されている日本人選手には、現在イチローやダルビッシュ、青木や、黒田、岩隈、上原、川崎などがいます。彼らが多くのファンに愛されている様子が、映像から伝わって来ます。今後素質のある日本人がどんどん大リーグに挑戦して、日本人の相手への思いやりを、スポーツマンシップとして見せて頂きたいものです。
リベラはパナマ出身の選手で、スラスラとヤンキースの選手になった訳ではないようですが、153㎞を投げる投手として、ヤンキース一筋に来た人です。最後は偉大なクローザーとしての輝かしい成績を残しました。私達夫婦は9回にリベラが出てくると「もうこれでこの試合はお終い」というほどの名クローザーになったのです。勿論多くの人が同じことを言ったに違いありません。
リベラは自らの研究で編み出した、カッター(カットボール)の技を身に付け、この一球種だけで成功した投手です。四つのコーナーに正確に思う様に投げる事ができるコントロールを身に付けていました。
たった一球種では簡単に打たれそうですが、それが150㎞を越える速球で、バッターの手元で急に約20㎝も落ちるので、その落差が激しく、多くの打者は滅多に打てないのです。
彼が素晴らしい選手だと思うのは、この成績ばかりではありません。とても礼儀正しく、決して驕らず、いつも謙虚だということです。
背番号は42番ですが、これはかつての名選手ジャッキー・ロビンソンの栄誉をたたえて、大リーグ全球団で永久欠番になっているそうですが、リベラはその時点で42番を付けていたので例外となり、リベラがメジャー最後の背番号42番なのです。誇らしいことです。
今までには当然不振の時もあり、当時ヤンキースの監督であったトーリ監督が「ここに居る限りクローザーはお前だぞ」と言われて、不振から立ち直ったと聞きました。そしてその言葉通りに今もクローザーとして活躍しています。
彼は今年が最後だと、春先に宣言しましたから、オールスターは彼にとって、どれ程重く、感慨深い試合だったことでしょう。1イニング無失点で切り抜けた所は実に見事で、私も思わず拍手していました。
見て居られた人達は気付いたと思いますが、いつものようにリベラが出る時の曲が流れて、万雷の拍手の中を彼が出て来てから、暫くグラウンドに守備の選手が出てこなくて、マウンドに彼一人立っていました。なぜ?と不思議がった私に、夫は「観客と彼にオールスター最後の時間を与える為に、わざと出て来ないのだ」と言いました。尊敬する大投手に最後の晴れ舞台を作ってやる同僚達の温かい心に、深い感動を覚えました。
リベラはスタンドを埋め尽くした観客にわずかなほほ笑みを浮かべて、一巡りその応援の拍手に感謝を示すと、マウンドで手の中のボールを数回握り直して、ボールの感触を愛しんでいるかのようでした。オールスターゲームの最後のマウンドになるのですから、野球選手としてこの栄誉に最後に握るボールです。しっかり確かめてから投げ始めました。そうしていつものように、三者凡退に切り取ったのです。
惜しみない拍手が送られ、やがてMVPのトロフィーを高々と上げて、観客の祝福を受けたリベラが、ダグアウトに戻って多くの選手と握手し、肩を抱き合い祝福を受けながら、眼をぬぐっていたように見えました。私も思わず涙が湧きました
43歳まで、19年間をヤンキース一筋に、最後は押さえの神様として君臨したのですから、そのMVPは誰にも納得のいくものだったと思います。
リベラは敬虔なキリスト教徒だそうです。だからと言うわけではありませんが、リベラの野球人生を見ていて、「いつも変わらない姿勢でプレーをする姿、打たれたことを何かのせいにしない、大げさなプレーはなく、淡々としているがその集中心は確かで信頼できる、言動の控えめな紳士である」と言う点で、人間的にも立派な人物だと聞いています。
この人間的な尊敬と言えば、松井秀喜選手もそうです。当日は解説していましたが、彼もヤンキース最後の大リーグワールドシリーズの決勝戦でMVPに輝いたあの時の感激が、胸をよぎったに違いありません。彼もまたリベラに惜しみない賞賛を送っていました。
日本の相撲に相撲道という精神的な心得が存在するように大リーグにはアメリカの野球道(と言って良いでしょうか)があります。例えば、デッドボールを受けた選手は、痛みをこらえて、一塁に走ります。痛がる様子は、相手の投手を非難することになるという思いやりからでしょう。また、ホームランを打っても、大げさなガッツポーズをしません。相手のピッチャーに無礼な行為になるからでしょう。
こんなものもあります。点差が開いている場合、スリーボールノーストライクの場合には、投手はストライクを投げるしかありませんから、それを打つのは思いやりに欠けることになるので、見逃すのだそうです。また点差が開いていた場合、盗塁もセーフティバントもしません。ここが大リーグ野球道の誇りなのでしょう。
過日、日米大学野球がありましたが、この時デッドボールを受けた日本選手がヘルメットをたたきつけ、あわや乱闘になりそうになりました。これは先に書いたように、アメリカ野球のスポーツマンシップを良く理解していなかった日本の選手の方に問題があります。
私もこのような精神論的な話は、総て家族からの折々の耳学問で知ったことであり、このような年寄りが初めから知っていた訳でも勉強して解った訳でもありません。それでもいつの間にか、このくらいの事を知った訳ですから、日本の選手を指導する立場の方は、技術ばかりでなく、人間としての教育もして欲しいと思っています。
かつて松井秀喜が高校時代に甲子園で戦った時、4打席総て敬遠されたことがありました。高校野球は教育の一環として行っている筈ですから、相手が強いからといって、4回とも逃げる指示は正しいでしょうか。敬遠を指示した監督は恥ずべきだという気がします。勝つことが総てとはいっても正々堂々と戦ってこそではありませんか。敬遠の指示に従わざるを得なかった投手も、さぞ無念だったことでしょう。
何時でしたか、松井選手がその内に、元マリナーズのオルルッド選手のように「紳士としての賞」を受賞するだろうとこのブログに書いたことがありましたが、その後そういう賞はなくなったのか、誰も貰ったとは、聴いていません。
松井選手は、ヤンキースの選手会長のジータととても仲が良く、ジータは、「松井は、チームメイトの誰もが彼を愛している。毎試合変わらない準備をする。言い訳をしない。走者を進める打撃、還す打撃が出来る。」と言い、とても尊敬していると言います。
松井も同じことをジータに対して言います。二人は似ていて、野球ばかりでなく、その生き方も立派なのです。
アメリカで愛されている日本人選手には、現在イチローやダルビッシュ、青木や、黒田、岩隈、上原、川崎などがいます。彼らが多くのファンに愛されている様子が、映像から伝わって来ます。今後素質のある日本人がどんどん大リーグに挑戦して、日本人の相手への思いやりを、スポーツマンシップとして見せて頂きたいものです。