幼い頃にお風呂に入り、体をきれいに洗った後に上がろうとする時、一緒に入っていた父や、姉などと20とか30迄数を数えて、もういいと云う迄出られませんでした。早く上がりすぎて風邪を引いたりしないようにとの、親の配慮だったのです。そんなことからうろ覚えに、数を覚えていったように思います。
よく、自分がなされたように子育てをするものだと聞きますが、私も矢張り一緒にお風呂に入った子供とは、数を数えて上がることにしていました。今考えるとそれはとても楽しい時間でした。些か長すぎて気分が悪くなるくらいの時間だったこともありましたが、おふろで数を数える癖は、以来今でも形を変えつつ、身に付いてしまっています。
今迄気が付かないだけで、様々な生活習慣がそのようにして繰り返され、ある種の家庭教育として身に付いていったのでしょう。顔を洗う、手を洗う、遊んだおもちゃをかたづける、自分よりも幼いこどもの面倒を見る、などなど兄弟の多かった時代でしたから、愛情を受けることも与えることも、みな自然にそうして学んでいたように思います。
それから長い年月が過ぎて、昨日の続きが当然今日で、何事も無い日々を過ごして来たような錯覚を持つことさえありますが、良くよく考えてみると実際は綱渡りのようでもあり、奇蹟の連続みたいで、辛うじて現在の幸せを享受していると言えそうです。産まれた時に、ここまで元気に生きて来られる確率は、どのくらいだったのか、関心を持っていました。幸運にも機雷に船が沈められず、爆撃からも逃れて、こうして生きている偶然について書かれた『「偶然」の統計学(ディヴィッド・J・ハンド 松井信彦訳 早川書房)』という本を見付けて、ワクワクする思いで読んでいます。
今日金星探査機「あかつき」が金星の回りを回る軌道に乗ったという嬉しいニュースに接して、何だか迷いの世界から解脱したような晴れ晴れとした気持ちを味わっています。何年間も寝ても覚めても軌道に乗せる為の計算をしていた科学者は、どれ程うれしかったことか、心からその労をねぎらいお祝いを申し上げたいと思いました。
同じ日本に住んで居る人間というだけの係わりでしかない私が、我が子の偉業のように喜ぶということは、少し可笑しいのかも知れませんが、矢張り「良くやった」と感嘆し、これから先も見つめて行きたいと思っています。こうした思いを持つ人は、多いのではないかと思いますが、当事者が拘わった膨大な時間と苦労を思うと、これが成功する確率はどのくらいだったのだろうと、つい思ってしまいます。
私の読んでいる本に、全くもって信じがたい例として、俳優のアンソニー・ホプキンスが経験した「ペトロフカの少女」という本にまつわる話が載っています。
この作品の映画で助演を努めたホプキンスは、1972年の夏に、原作を買いにロンドンに出掛けましたが、どの大きな本屋にも一冊もなく、帰途に地下鉄で電車を待っていたとき、隣りの椅子に本が捨て置かれているのに気が付きました。それが「ペトロフカの少女」だったのです。これでも不思議なのに、さらにその後日、原作者フアイファーとホプキンスが対面した時に、この奇妙な成り行きの話しをしたら、フアイファーが1971年の11月に「ペトロフカの少女」を一冊友人に貸したのですが、その本にはアメリカ版の刊行に向けて、イギリス英語をアメリカ英語に直す為の書き込み(labourをlaboaにするなど)が入っていた唯一の本だったといいます。友人がそれをロンドンのベイズウォーターで無くしたと聞いて、ホプキンスが早速自分の手元にある本に書き込みがあるか確かめてみると、何とファイファーの友人がどこかに置き忘れたその本だったというのです。「この確立はどのくらい?たった一冊しかなかった大切な本が、ホプキンス経由で巡り巡ってフアイファーの元へ戻すような、私達のあずかり知らない力なり影響なりが絡んだ説明が、存在するように思えて来る」とありました。
こうした偶然は、ほぼだれもが経験していることではないだろうか、ここまで極端で無いにしろ・・・ともあります。
読み進めて行くうちに、とても楽しくなりました。ゼロに等しい確立でも、決してゼロではない。私としては、もうこれ以上は神の存在を考える以外にはない、と思えることでも、「起こりうる確立はある」ということになります。「火のないところにも煙は立つ」到底起こりそうもない出来事にも法則があるのだとすれば、その確率を計算するのに、どのような要素が加わるのか、と空想が広がって行きます。まだ全部読んでいませんから、何とも言えませんが、「偶然にはそれなりの理由がある」ペトロニウス(訳註 古代ローマの文人、皇帝ネロの側近だった)のように、それも又想定内として、確率を計算出来るのだと期待してしまいます。さて、来年は限りなく確率ゼロに近い世界から、どのような嬉しい偶然が生まれて来るか、皆さんもご一緒に期待いたしましょう。
あかつきが金星のデータ送り来る地球が出来て我が在ること(あずさ)
よく、自分がなされたように子育てをするものだと聞きますが、私も矢張り一緒にお風呂に入った子供とは、数を数えて上がることにしていました。今考えるとそれはとても楽しい時間でした。些か長すぎて気分が悪くなるくらいの時間だったこともありましたが、おふろで数を数える癖は、以来今でも形を変えつつ、身に付いてしまっています。
今迄気が付かないだけで、様々な生活習慣がそのようにして繰り返され、ある種の家庭教育として身に付いていったのでしょう。顔を洗う、手を洗う、遊んだおもちゃをかたづける、自分よりも幼いこどもの面倒を見る、などなど兄弟の多かった時代でしたから、愛情を受けることも与えることも、みな自然にそうして学んでいたように思います。
それから長い年月が過ぎて、昨日の続きが当然今日で、何事も無い日々を過ごして来たような錯覚を持つことさえありますが、良くよく考えてみると実際は綱渡りのようでもあり、奇蹟の連続みたいで、辛うじて現在の幸せを享受していると言えそうです。産まれた時に、ここまで元気に生きて来られる確率は、どのくらいだったのか、関心を持っていました。幸運にも機雷に船が沈められず、爆撃からも逃れて、こうして生きている偶然について書かれた『「偶然」の統計学(ディヴィッド・J・ハンド 松井信彦訳 早川書房)』という本を見付けて、ワクワクする思いで読んでいます。
今日金星探査機「あかつき」が金星の回りを回る軌道に乗ったという嬉しいニュースに接して、何だか迷いの世界から解脱したような晴れ晴れとした気持ちを味わっています。何年間も寝ても覚めても軌道に乗せる為の計算をしていた科学者は、どれ程うれしかったことか、心からその労をねぎらいお祝いを申し上げたいと思いました。
同じ日本に住んで居る人間というだけの係わりでしかない私が、我が子の偉業のように喜ぶということは、少し可笑しいのかも知れませんが、矢張り「良くやった」と感嘆し、これから先も見つめて行きたいと思っています。こうした思いを持つ人は、多いのではないかと思いますが、当事者が拘わった膨大な時間と苦労を思うと、これが成功する確率はどのくらいだったのだろうと、つい思ってしまいます。
私の読んでいる本に、全くもって信じがたい例として、俳優のアンソニー・ホプキンスが経験した「ペトロフカの少女」という本にまつわる話が載っています。
この作品の映画で助演を努めたホプキンスは、1972年の夏に、原作を買いにロンドンに出掛けましたが、どの大きな本屋にも一冊もなく、帰途に地下鉄で電車を待っていたとき、隣りの椅子に本が捨て置かれているのに気が付きました。それが「ペトロフカの少女」だったのです。これでも不思議なのに、さらにその後日、原作者フアイファーとホプキンスが対面した時に、この奇妙な成り行きの話しをしたら、フアイファーが1971年の11月に「ペトロフカの少女」を一冊友人に貸したのですが、その本にはアメリカ版の刊行に向けて、イギリス英語をアメリカ英語に直す為の書き込み(labourをlaboaにするなど)が入っていた唯一の本だったといいます。友人がそれをロンドンのベイズウォーターで無くしたと聞いて、ホプキンスが早速自分の手元にある本に書き込みがあるか確かめてみると、何とファイファーの友人がどこかに置き忘れたその本だったというのです。「この確立はどのくらい?たった一冊しかなかった大切な本が、ホプキンス経由で巡り巡ってフアイファーの元へ戻すような、私達のあずかり知らない力なり影響なりが絡んだ説明が、存在するように思えて来る」とありました。
こうした偶然は、ほぼだれもが経験していることではないだろうか、ここまで極端で無いにしろ・・・ともあります。
読み進めて行くうちに、とても楽しくなりました。ゼロに等しい確立でも、決してゼロではない。私としては、もうこれ以上は神の存在を考える以外にはない、と思えることでも、「起こりうる確立はある」ということになります。「火のないところにも煙は立つ」到底起こりそうもない出来事にも法則があるのだとすれば、その確率を計算するのに、どのような要素が加わるのか、と空想が広がって行きます。まだ全部読んでいませんから、何とも言えませんが、「偶然にはそれなりの理由がある」ペトロニウス(訳註 古代ローマの文人、皇帝ネロの側近だった)のように、それも又想定内として、確率を計算出来るのだと期待してしまいます。さて、来年は限りなく確率ゼロに近い世界から、どのような嬉しい偶然が生まれて来るか、皆さんもご一緒に期待いたしましょう。
あかつきが金星のデータ送り来る地球が出来て我が在ること(あずさ)