
(賃金の支払いを求める集会=ウラジオストク、セルゲイ・オルロフ撮影【1月20日 朝日】)
【根源的なNATOへの不信感】
欧米サイドからは横暴・強引にも思われるロシア・プーチン大統領の行動原理とも思われるものが、NATOの東方拡大への不信感にあることは、1月2日ブログ「ロシア・NATOのミサイル防衛・核兵器をめぐるせめぎあい 冷戦時代より米ロ核戦争の危険増大?」http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20160102でも取り上げました。
プーチン大統領自身がそのことを語っています。
****プーチン大統領 欧州との対立の原因はNATOに****
ロシアのプーチン大統領は、冷戦の終結から四半世紀余りたった今もロシアとヨーロッパが対立しているのは、アメリカが主導するNATO=北大西洋条約機構が拡大しているためだとして批判しました。
ロシアの大統領府は11日、プーチン大統領がドイツの大衆紙「ビルト」のインタビューに答えた内容を明らかにしました。
この中でプーチン大統領は、「ベルリンの壁は崩壊したが、ヨーロッパの分断は克服されていない」と、冷戦の終結から四半世紀余りたった今もロシアとヨーロッパが対立していると指摘しました。
そのうえで、「見えない壁は東に移動している」とも述べ、対立の原因は、アメリカが主導するNATO=北大西洋条約機構がロシアの国境に向かって東へ拡大しているためだとして批判しました。
NATOは先月、旧ユーゴスラビアのモンテネグロの加盟を承認するなど、加盟国が29か国に増えることになり、ロシアは「NATOの拡大によって、われわれとしても安全保障の分野で対抗措置を取らざるをえない」として反発を強めています。
一方、ロシアとヨーロッパが対立を深めるきっかけとなった、ウクライナ南部のクリミア併合については、「クリミアの住民はロシアへの編入を望んでいた」と述べ、改めて正当化しました。【1月11日 NHK】
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【「プーチン(大統領)、どう生きればいいの」 経済苦境で市民からの不満も】
それはそれとして、ロシアの目下の問題は、ウクライナ問題で続く欧米による経済制裁と原油価格低迷による経済問題です。
昨年5月段階では、経済制裁や原油価格低迷のロシア経済への影響はさほど大きなものでなないのでは?といった指摘も取り上げました。
(2015年5月23日ブログ「ロシア 輸入代替で経済制裁・原油価格下落の打撃は軽減 アメリカの対ロシア政策は?」http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20150523)
しかし、そうは言っても・・・ということで、ロシア経済が苦しくなってきていることは、その後もときどき触れてきたところですが、頼みの原油価格は昨年5月段階の1バレル=60ドル前後から、現在は30ドルを割り込む水準に更に低下しており、ここ1年は大きく回復することはないとも指摘されています。
****NY原油 約12年8か月ぶりの安値水準****
20日のニューヨーク原油市場は、経済制裁が解除されたイランからの原油の輸出が増えれば供給過剰な状態が一層強まるという見方などから、原油の先物価格は、一時、1バレル=26ドル台前半に値下がりし、およそ12年8か月ぶりの安値水準となりました。
20日のニューヨーク原油市場は、経済制裁が解除されたイランから原油の輸出の増加が見込まれる一方、中国経済の減速などを背景に、需要は当面増えないという見方から先物に売り注文が相次ぎました。
このため、国際的な原油取引の指標となるWTIの先物価格は一時、1バレル=26ドル台前半に下落し、2003年5月以来およそ12年8か月ぶりの安値水準となりました。
市場関係者は、「IEA=国際エネルギー機関がことしの原油の需要は低迷するという見通しを示したことも値下がりに拍車をかけている。下落に歯止めがかからない状況に投資家は不安を募らせており、金融市場が混乱する要因となっている」と話しています。(後略)【1月21日 NHK】
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継続される経済制裁、低迷する原油価格による経済苦境で、首都モスクワでも街頭で物乞いする年金生活者らの姿が目立つように、市民生活に大きな影響が出ているようです。
****ロシア、賃金未払い頻発 制裁・原油安、企業の業績低迷****
ロシアで賃金の未払いが増えてきた。原油安や欧米の制裁で企業業績が低迷しているためだ。ルーブル安も進んで状況は一段と悪化しているが、政府は財政難もあって有効な対策を打つのが難しい状況だ。
「給料と仕事を返して」「プーチン(大統領)、どう生きればいいの」
昨年12月下旬、ロシア極東のウラジオストク市内にある軍事関連会社で開かれた集会。従業員が掲げたプラカードは、プーチン大統領への要望も目立った。すでに4カ月以上、賃金が支払われておらず、総額は1億4千万ルーブル(約2億円)以上にのぼるとみられる。
捜査当局も未払い問題の調査をしている。1月1日現在、沿海州全体では賃金未払いが4億ルーブル(約6億円)あり、18団体で法律違反があったという。
ロシア統計局によると、ロシア全体では昨年12月時点で39億ルーブル(約58億円)の未払いがあり、1年間で1・6倍に増えた。政府は未払いが発生した企業に対し、延滞金や罰金などの罰則を設けるなどして増加を抑制したい考えだ。【1月20日 朝日】
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【国家財政も厳しさを増す】
これまでの蓄積で余裕があるとされていた国家財政も、厳しい状況になりつつあるようです。
****露の国家基金「2019年初めに底つく」 資源頼み、欧米制裁…プーチン政権さらに窮地****
2008年のリーマン・ショック時にロシア経済を下支えた、石油や天然ガスの税収を基盤とする露政府の基金が19年にも枯渇する見通しであることが明らかになった。
財政赤字を補填(ほてん)するための基金からの支出に歯止めがかからないことが原因だが、資源収入頼みの経済政策の行き詰まりが背景にある。
欧米の制裁で基金に要請が急増している企業支援も困難になる可能性があり、プーチン政権にも痛手となりそうだ。
露政府は石油・ガスの採掘・輸出税収が潤沢な際にその一部を積み立てており、赤字補填に使う「予備基金」と、景気刺激策に利用する「国民福祉基金」の2つの国家基金を抱えている。
ロシアはリーマン・ショックの直撃で09年には経済成長率がマイナス7.9%に落ち込んだが、その後政府が実施した巨額の景気対策の原資となったのが、これらの基金だ。
しかし露中央銀行がこのほど発表したリポートによると、政府は15年1〜10月に赤字の埋め合わせに予備基金から1兆5600億ルーブル(約2兆4400億円)を使い、16年にはさらに2兆1370億ルーブルを使うと予測。このペースで支出を続ければ、17年には国民福祉基金も赤字補填が必要となり、「19年初めには両者が底をつく」と指摘した。
露政府の見通しの甘さも事態の悪化に拍車をかけた。政府が昨年10月に承認した予算原案は原油価格を1バレル=50ドルに設定。現在は同30ドル台で推移し、この水準が維持されれば、石油・ガス関連の税収が想定を大幅に下回るのは確実だ。
さらに基金には欧米の経済制裁で資金調達が困難になった企業から「次々に支援要請が来ている」(日露貿易筋)状況とされる。
制裁発動後、国営石油最大手ロスネフチや独立系天然ガス企業ノバテクなどが相次ぎ露政府に支援を要請。ドボルコビッチ副首相は「石油や輸送、農業分野の企業まで支援の原資として基金に言及しているが、すべてに足りる訳がない」と警告したが、企業や金融機関向けの複数の支援が承認されたもようだ。経営危機にある政府系の開発対外経済銀行(VEB)も、基金からの支援が見込まれている。
融資は返済を前提としているが、金額が増大すれば基金の運用が圧迫されるのは必至。基金の存続が困難になれば国家による企業支援も難しくなり、露経済には大きな痛手となる。【1月10日 産経】
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原油価格の想定以上の下落によって、ロシア政府は予算編成見直し・歳出削減を迫られています。
****原油安でロシア 8000億円超の歳出削減方針****
原油価格の下落を受けて、産油国のロシアは、計画どおりの歳入が見込めないことから、国家予算の編成を見直し、日本円で8000億円以上の歳出を削減する方針を明らかにしました。
ロシアのシルアノフ財務相は13日、地元メディアに対し、主要な輸出品である原油の価格が下落しているのを受け、「ロシアはいま、熟慮された措置をとり、新たな現実にふさわしい予算を組まなくてはならない」と述べ、国家予算の編成を見直し、歳出を削減する方針を明らかにしました。
削減額は、5000億ルーブル以上、日本円で8000億円以上を見込んでいますが、社会保障費や年金などの削減は行わないということです。
ロシア政府はことし、原油の年間の平均価格を1バレル=50ドルと想定し、原油の輸出税などからの歳入を見込む一方、財政赤字はGDP=国内総生産の3%とする国家予算を組んでいました。
しかし、ニューヨーク原油市場で12日、原油の先物価格が一時、およそ12年1か月ぶりに1バレル=30ドルの大台を割り込むなど、原油価格の下落に歯止めがかからず、計画どおりの歳入が見込めないことから、予算の見直しを迫られた形です。
ロシアのプーチン大統領は、2000年代の原油価格の高騰を追い風に政権基盤を固めてきただけに、原油価格の下落が今後、政権にどのような影響を及ぼすのか注目されます。【1月14日 NHK】
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ロシア通貨ルーブルも下落しており、輸入価格上昇による市民生活への影響拡大も懸念されます。
ロシアの去年のインフレ率は最終的に13%余りとなると見られていますが、更にインフレが進めば政権への不満に火がつく恐れがあります。
****ロシア・ルーブル、最安値を更新 原油価格急落に連動****
モスクワの取引所で20日、ロシアの通貨ルーブルの下落が続き、一時1ドル=82ルーブルを超えた。タス通信によると、1998年1月にデノミを実施して以来の最安値を更新した。原油価格の急落に連動してルーブル安に歯止めがかからない状況になっている。【1月21日 朝日】
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【当面は欧米との過度な軋轢は避けるのでは】
こうした経済・財政状況では、いくらプーチン大統領がNATOに不満を持っていたとしても、当面は過激な行動は控え、欧米との関係修復を図りたい・・・という話にもなるのではないでしょうか。
ウクライナ情勢は、1月6日ブログ「ウクライナとロシア 東部での戦闘は最近収まっているものの、両国関係は悪化」http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20160106でも取り上げたように、ややゴタゴタしたところもありましたが、大筋では停戦の方向で進んでいるようです。
****「新年停戦」で合意=ロシア、履行に本腰か―ウクライナ****
ウクライナ政府と東部の親ロシア派などは13日、ベラルーシの首都ミンスクで和平協議を行い、東方正教の新年に当たる14日から停戦を厳格化することで一致した。欧州安保協力機構(OSCE)代表の話をタス通信などが伝えた。
新年の停戦は、このほどロシア政府代表に就任したグリズロフ前下院議長が提案し、ウクライナ政府代表のクチマ元大統領が同意した。
プーチン大統領が側近のグリズロフ氏を和平協議に送り込み、停戦合意の履行に本腰を入れ始めたという見方もある。【1月14日 時事】
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更に、今月25日にスイス・ジュネーブで予定されている国連仲介のシリア・アサド政権と反体制派との和平協議で、欧米との協調体制を強めたいところでしょうが、こちらは「反体制派」とテロ組織の線引きやアサド大統領の処遇という基本的な問題で対立が根深く、更に、イラン・サウジアラビアの確執といった要素などもあって、不透明です。
****<シリア和平協議>行方に暗雲 参加勢力巡り露・サウジ対立****
シリア内戦の終結を目指す国連仲介の和平協議の行方に暗雲が漂っている。イスラム武装勢力の交渉参加の是非を巡って、アサド政権の後ろ盾であるロシアと、反体制派を支援するサウジアラビアやカタールが対立。国連の思惑通り、今月25日に協議を始められるか不透明な情勢だ。
「反体制派の参加者を巡る(関係国間の)合意がなければ、和平協議への招待状は発送しない」。国連のハク事務総長副報道官は18日、反体制派の交渉団の構成が課題になっていると明かした。
米国やロシア、イラン、サウジアラビアなど関係国は昨年11月、6カ月以内の移行統治機構の設立と新憲法起草などシリア和平の原則で合意。今年1月の和平協議開始を目指した。
関係国は、トルコを拠点とする「国民連合」と国内拠点の「国民調整委員会」、親米欧の武装組織「自由シリア軍」を反体制派の交渉団に入れることで一致。過激派組織「イスラム国」(IS)や国際テロ組織アルカイダ系の「ヌスラ戦線」は交渉から排除することでも意見の違いはない。
意見が割れるのは、主に北西部で活動する「アフラル・シャム」と首都ダマスカス郊外に拠点を置く「イスラム軍」の扱いだ。どちらも、イスラム法(シャリア)による統治の実現を目指すが、対話による解決も志向している。軍事的にも反体制派の中核を占めており、停戦履行などでは両勢力の協力が不可欠だ。
だが、一部メンバーがアルカイダと関係を持っているとされる。このためロシアは「イスラム軍とアフラル・シャムはテロ組織であり、反体制派の交渉チームに加わるべきではない」(ガティロフ外務次官)という立場を明確にしている。
一方で両組織の後ろ盾となっているサウジは「交渉団の人選は反体制派自身が決めることで、他国が関与すべきではない」と主張する。
「イスラム軍」の広報担当、アッルーシュ氏は毎日新聞の取材に「我々は政権側の弾圧によって変革の手段を奪われたために戦っているだけで、過激派ではない。和平協議の機会があるなら参加する」と話す。和平協議に向けた反体制派の連合体からの離脱を表明していた「アフラル・シャム」も、その後の交渉チーム選定の協議に復帰した。
一方、米国は、反体制派を支援しているが両組織に関する立場は明確ではない。米国や英国も水面下ではイスラム武装勢力と接触しているが、ロシアとサウジなどの板挟みで対応に苦慮している模様だ。【1月20日 毎日】
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シリアの話は長くなるので、また別機会に。
【追記】
****【元露スパイ毒殺事件】露の“和解”志向に冷や水 経済低迷…制裁緩和へ接近の矢先****
ロシア連邦保安局(FSB)のリトビネンコ元中佐殺害に関する調査結果は、経済悪化にあえぎ、欧米の対露制裁緩和を目指すプーチン露政権に冷や水を浴びせる形となった。
最近のプーチン政権は、ウクライナ東部紛争の和平合意履行に向け、米国やウクライナとの接触を活発化させていた。しかし、元中佐殺害が「国家犯罪」である可能性が指摘され、欧米が再びロシアに厳しい視線を向けるのは確実な情勢だ。
露外務省は調査結果の公表を受け、「純粋な刑事事件が政治化されたことは遺憾だ」との声明を発表。実行犯の1人とされたルゴボイ現下院議員は「嫌疑はばかげている。英国の反露的立場の表れだ」と語った。露主要メディアは、調査結果を「受け入れられない」などと反発する多数の関係者談話を伝えた。
欧米は一昨年、ウクライナ南部クリミア半島を併合し、同国東部に軍事介入したロシアへの経済制裁を発動。これに最近の国際原油価格急落が重なり、ロシア経済は危機的様相を深めている。通貨ルーブルは、クリミア併合時の1ドル=約35ルーブルから同83ルーブルに暴落した。
プーチン政権も事態の深刻さを認識し、ウクライナ東部紛争をめぐる“和解”を志向し始めた。今月にはプーチン大統領に近い新たな協議担当者がウクライナ側と接触し、再停戦や捕虜交換に合意。ウクライナ問題担当のスルコフ露大統領補佐官とヌランド米国務次官補も長時間会談を行った。欧米側にも、シリア問題でロシアの協力を取り付けたい事情がある。
今回の調査結果は、プーチン政権のイメージに再び打撃を与え、欧米の対露姿勢を硬化させる可能性が高い。【1月22日 産経】
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