孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

シーア派指導者死刑執行で先鋭化するサウジアラビア・イランの対立 

2016-01-03 22:33:36 | 中東情勢

(煙を上げるテヘランのサウジアラビア大使館=AP 【1月3日 毎日】)

【「死刑が執行されれば代償は高くつく」 「“テロ支援国家のイラン”に非難される筋合いはない」】
イスラム教スンニ派とシーア派をそれぞれ代表する地域大国サウジアラビア(スンニ派)とイラン(シーア派)の確執は、今日の混迷する中東情勢の大きな不安定要素となっていますが、サウジアラビアはシーア派(国内東部を中心にした少数派)指導者ニムル師の死刑執行を断行、これにイランが強く反発する事態となっています。

ニムル師は、中東の民主化運動「アラブの春」が起きた2011年に政権に対する抗議デモを主導し、宗派対立を扇動した罪などで死刑判決を受けていました。

これまでもイランは、「死刑が執行されれば代償は高くつく」として、死刑の執行をやめるよう警告していました。

****イスラム教シーア派指導者ら47人の死刑執行 サウジ****
イスラム教スンニ派が大多数を占めるサウジアラビアで2日、政府に対する抗議行動の背後にいた高名なシーア派派指導者の死刑が執行され、シーア派が国民の多数を占めるイランとイラクが同国を批判した。

サウジ内務省の発表によると、死刑が執行されたのはシーア派指導者ニムル・ニムル師(56)に加え、シーア派反政府活動家、国際テロ組織アルカイダによる攻撃に参加したスンニ派の計47人。

ニムル師処刑の発表で抗議デモが呼びかけられたが、シーア派が差別されていると訴えている産油量豊富な同国東部州に居住している同師の兄弟モハメド・ニムル氏は平静を呼びかけた。

同氏は「死刑執行は(サウジアラビアにいるシーア派の)若者の間で怒りを引き起こすだろう」と述べた一方、「われわれは暴力や当局との衝突は拒否する」姿勢を明らかにした。

同国内務省は、(処刑された)47人は過激思想に染まり、「テロリスト組織に参加」してさまざまな「犯罪計画」を実行し、有罪判決を受けていたと述べた。(中略)

処刑された47人のうち45人はサウジアラビア人で、残りの2人はエジプト人とチャド人が各1名。同国内務省報道官によると、処刑は剣による斬首や銃殺刑執行隊によるものだった。

サウジアラビアでは昨年1月のサルマン国王即位後、死刑執行数が激増しており、2015年は2014年の2倍に近い153人が処刑された。 【1月3日 AFP】
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イランでは、首都テヘランのサウジアラビア大使館を群衆が襲撃する騒動にモなっています。

****群衆、サウジ大使館襲う=シーア派指導者処刑に反発―イラン****
イランからの報道によると、首都テヘランで2日、サウジアラビア大使館に対し群衆が火炎瓶を投げ込んだり、館内に侵入したりする騒ぎがあった。

大使館を襲った群衆は、サウジで2日、イスラム教シーア派指導者ニムル師らへの処刑が執行されたことに反発した。間もなく警察に排除されたが、約40人が身柄を拘束された。

抗議デモは北東部マシャドでも発生。サウジ領事館が放火されたという。イラン外務省は、テヘランとマシャドのサウジ在外公館を保護し、公館前での抗議デモを禁止するよう警察に強く求めた。

イランはシーア派が国教で、処刑への反発は大きい。最高指導者ハメネイ師は「神が許すことはない」と激しく非難した。

イラン側の厳しい姿勢に対し、サウジ政府も「テロ支援国家のイラン」に非難される筋合いはないと反論。イラン・サウジ両国は、それぞれ相手国の大使らを呼び、抗議の応酬を繰り広げる事態となっている。【1月13日 時事】 
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“AP通信などによると、サウジの隣国バーレーンやイラクでも2日、処刑への抗議デモが起き、宗派対立が中東各地に拡大した。”【1月3日 産経】とのことで、サウジアラビア対イランの枠を超えて、スンニ派対シーア派の衝突を招いています。

ただでさえ混沌としたシリア・イラク情勢に手を焼いているアメリカとしても、今以上にサウジアラビア対イランの対立が高まり、その影響が中東情勢を更に不安定化させることは非常に困った事態で、懸念を表明しています。

****サウジ・シーア派処刑】米政権、宗派対立を懸念 IS掃討作戦に影響も****
オバマ米政権は、イスラム教スンニ派大国のサウジアラビアがシーア派高位聖職者ニムル師らを処刑したことが中東諸国で宗派対立の火種となることを強く懸念している。

イスラム教スンニ派過激組織「イスラム国」(IS)を宗派を超えた「共通の敵」とすることで掃討作戦を進めた経緯があるからだ。

米国務省のカービー報道官は2日、「宗派間の緊張を弱めることが緊急に求められているときに、ニムル師の処刑が緊張を高める危険性を特に懸念している」とする声明を発表した。

カービー氏はまた、中東諸国の指導者に対して「地域の緊張緩和のため一層の努力が必要とされる」と冷静な対応を呼びかけた。さらに、サウジの法的手続きに対しても「懸念」を表明し、人権の尊重や保護に取り組むよう重ねて求めた。

米政府はこれまでサウジに対し、ニムル師らの扱いに関して「普遍的な人権と国際的な責務の尊重」(米国務省)を求め、慎重な対応を促してきた。処刑はイランや、シーア派が政権を担うイラクの反発を招く恐れがあったからだ。

IS掃討作戦ではサウジなどスンニ派の湾岸諸国を有志連合に引き入れることで、イスラム教諸国と欧米がともに、ISに代表される暴力的過激主義に立ち向かう構図を作ってきた。

米国は、サウジとイランの対立激化がIS掃討に向けた取り組みに影を落としかねないとみて宗派間の緊張緩和を促している。【1月3日 産経】
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ニムル師の死刑執行がイランの激しい反発を招くことは当然にサウジアラビアも承知していますので、なぜ今この時期に処刑を断行したのか・・・というサウジアラビアの思惑が問題になりますが、いまのところそのあたりは報じられていません。

【「代理戦争」イエメンでは「停戦終了」】
なお、サウジアラビアとイランは、サウジアラビアが亡命した大統領を支援する形で軍事介入するイエメンにおいても、シーア派反政府勢力を支援しているとされるイランとの間で「代理戦争」と評される状況となっていますが、そのイエメンでは、サウジアラビア側が「停戦」の終了を発表しています。

もっとも、「停戦」とは言いつつも戦闘は継続していましたので、実態への影響はさほどないとは言えますが、敢えて停戦終了を公表するというのは、何か思惑があってのことでしょうか。

****イエメン停戦終了」を発表=サウジ****
サウジアラビアからの報道によると、イエメン内戦で大統領派を支持するサウジ主導の連合軍スポークスマンは2日、イエメンのイスラム教シーア派系武装組織「フーシ派」との「停戦の終了」を発表した。

連合軍側は昨年12月15日、イエメン和平協議の再開に合わせて戦闘停止を表明。しかし、その後もフーシ派との衝突は続き、停戦は形骸化していた。【1月2日 時事】
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停戦協議の方は、成果を出せずに「今後も継続」という扱いになっています。

****イエメン和平協議 進展なく協議継続へ****
内戦状態に陥っているイエメンの戦闘終結を目指して、スイスで行われていた政権側と反体制派による和平協議は終了しましたが、協議の開催中も双方が一時停戦の約束を守らず、戦闘を続けたことなどから、話し合いは大きく進展せず、今後も協議を続けることになりました。

イエメンではハディ政権が首都サヌアの奪還を目指して、反体制派と激しい戦闘を続けていて、国連によりますと、戦闘が激しくなった、ことし3月以降、およそ6000人が死亡しています。

国連はスイス北部のビール近郊で、今月15日から政権側と反体制派の双方の代表を招いて、ことし6月以来、およそ半年ぶりとなる和平協議を開きました。

6日間にわたる協議は20日に終了し、記者会見した国連のアフメド特使は戦闘が激しくなっている地域で人道支援を受け入れることや、本格的な停戦が実現した際には政治犯を釈放することなどについて合意したと発表しました。

しかし、協議の開催中も一時停戦の約束が守られず、双方ともに戦闘を続けたため、お互いの信頼を醸成することができず本格的な停戦に向けた話し合いを進展させることはできなかったことを明らかにしました。

このため、国連は来月14日に協議を再開して話し合いを続ける方針で、今後、双方と具体的な調整を進めることにしています。【2015年12月21日 NHK】
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財政困難に陥っているサウジアラビア
サウジアラビアにとって、国家収入を支える原油価格が低迷するなかで、イエメンの軍事介入は大きな財政負担となっています。

****サウジアラビア 10兆円超の赤字予算****
世界最大の原油輸出国サウジアラビアは、財政赤字が日本円で10兆円を超える、来年、2016年の予算を発表し、長引く原油価格の低迷が産油国に大きな影響を与えている現状が浮き彫りになっています。

サウジアラビアのサルマン国王は28日、閣議を開き、2016年の予算を承認しました。予算は原油価格の低迷が続くなか、歳入が5138億リアル、歳出が8400億リアルとなり、財政赤字が3262億リアル(日本円で10兆4000億円)を上回る見込みです。

これに合わせて、財務省はことし、2015年の予算執行の現状も発表し、11兆7000億円を超える財政赤字になる見通しを明らかにしました。

これは、石油関連の収入が73%を占める歳入が予算を15%下回り、歳出が予算を13%上回ったためで、1月にサルマン国王が即位した際に公務員に給付した特別金や、隣国イエメンに対する空爆による軍事費の拡大などが影響したものとみられます。

赤字の補填(ほてん)について、サウジアラビア政府は、国債の発行や対外資産の取り崩しのほか、今後5年間で光熱費や水道料金などに投入されている巨額な補助金の見直しを進めることや、付加価値税の導入を検討しています。

こうした対策は、生活を直撃し、国民の不満につながるおそれがあるため、サウジアラビア政府は、慎重に検討を進めるものとみられます。(後略)【2015年12月29日 NHK】
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2月の議会選挙 民主的に行われるのか?】
一方のイランでは、議会選挙が2月に行われることになっています。

****イラン議会選 外交政策に影響か注目****
イランで来月行われる議会選挙は、国際社会との対話を掲げるロウハニ政権の支持派と、反米の徹底を呼びかける保守強硬派の間で激しく争われる見通しで、選挙の結果がイランの外交政策にどのような影響を及ぼすのか注目されます。

イランでは来月26日に議会選挙が行われ、290議席に過去最多の1万2000人余りが立候補の届け出を済ませ、立候補資格を満たしているかを審査する手続きが進められています。

議会選挙では、核開発問題を巡る欧米などとの交渉をまとめ、経済制裁の解除に道筋をつけたロウハニ政権を支持する穏健派や改革派が、勢力を拡大するのかどうかが大きな焦点です。

改革派グループの幹部はNHKの取材に対し、ロウハニ政権は国際社会との対話によって経済再建への希望をもたらしたと分析したうえで、これを追い風として政権の支持派が勝利することに自信を示しました。

また、資格審査で多数の改革派の候補者が失格となった過去の選挙を教訓として、今回は届け出る人の数を大幅に増やす措置を取ったことを明らかにしました。

これに対し、今の議会の多数を占める保守強硬派は国民生活が依然改善される兆しがなく、外国の圧力を受けない経済構造を確立するべきだとして、経済政策を主な争点に攻勢を強める構えです。

保守強硬派は、ロウハニ政権の下でアメリカとの関係修復が進むことを強く警戒し、反米の徹底を呼びかけていて、選挙の結果がイランの外交政策にどのような影響を及ぼすのか注目されます。【1月3日 NHK】
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イランの選挙は形の上では相当に民主的な制度が存在しているのですが、選挙区ごとに設置される選挙実行委員会(内務省傘下の選挙本部の下に設置)、次いで護憲評議会が任命する州選挙監督委員会が行う「立候補資格審査」が問題となります。

これまでも、曖昧・恣意的な基準のもとで「改革派」候補やスンニ派候補が立候補が事実上選挙から排除される形となっています。
前回(2012)選挙ではそうした状況、及び野党指導者が弾圧拘束されている事態に抗議する形で改革派は事実上選挙に参加せず、保守派内部の争いとなりました。

まともに改革派候補の立候補が認められて選挙で争えば、改革派勢力が議会内で大きく増加すると思われます。

****イラン:公正な投票は不可能****
反体制派は投獄され、総選挙の出馬不許可

2012年3月2日に予定されるイラン総選挙は、恣意的な資格剥奪を始めとする様々な規制が課された著しく不当なものである、ヒューマン・ライツ・ウォッチは本日こう述べた。

総選挙では全部で290議席が争われるが、事前に立候補者のうち数百人が曖昧かつ不明確な基準で立候補資格を剥奪されている。野党指導者たちは立候補を妨害されるか、不当な禁固刑に服しているか、茶番とみなす今回の選挙への参加をボイコットするかしている。

2月21日に監督者評議会(イスラーム法学者6人と一般法学者6人の計12人からなる。最高指導者と司法権長官がそれぞれ指名)は、イラン議会(マジュレス)選挙の立候補予定者約5,400人のうち3,500人に満たない立候補者を承認したと発表した。

内務省はこれに先立ち立候補者約750人を失格させている。監督者評議会が失格とした候補者のうち少なくとも35人は現職議員だ。こうした一連の政府の行動に対し、イラン反体制派と改革派運動体は選挙ボイコットを呼びかけている。

「イラン当局は不正工作を繰り返し、立候補者を失格にし、改革運動の主要メンバーを恣意的に拘束している」とヒューマン・ライツ・ウォッチ中東局長代理のジョー・ストークは述べた。「立候補者の選考に関する透明性は存在しない。」

国会議員選挙および大統領選挙立候補者の選考はいくつかの段階に分かれている。内務省は、第一次選考を選挙法の定める基準に基づいて行う。年齢や教育に関する用件など具体的な基準もあるが、ほとんどは非常に曖昧で、当局の広範かつ恣意的な決定を可能にしている。

候補者は4日以内に内務省の最初の決定に異議を申し立てることができる。内務省が「有資格」候補者のリストを完成させると、監督者評議会は立候補許可者を最終決定する。

1月10日、内務省選挙管理委員会は立候補者のうち数十人を「イスラームと憲法に十分に従っていない」ことを理由に失格とした。失格とされた立候補者にはマフムード・アフマディーネジャード(アフマディネジャド)大統領の現政権に批判的な現職数人が含まれる。(後略)【2012年2月19日 ヒューマン・ライツ・ウォッチ】
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改革路線の穏健派とされるロウハニ大統領のもとで行われる今回選挙が、これまでより民主的なものとなるのかそうか注目されます。

追記
サウジアラビアがこの時期に死刑執行刑を行った事情としては、以下のような指摘も

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イランの中東専門家、ジャファル・ガンナドバシ氏(59)は、サウジでは、イエメンで十分な戦果を上げられていないうえ、経済情勢も苦しいことから国民の間に不満が高まっていると指摘。「人々に恐怖を植え付け、締め付けるために処刑が行われた」と分析。「世界中が新年を迎えてせわしない時期を選んだのではないか」と述べた。【1月3日 毎日】
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