孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

アメリカ  それでも人々に歓迎されるトランプ氏の反イスラム発言

2015-12-09 23:07:53 | アメリカ

(暴言にもかかわらずと言うか、暴言ゆえにと言うべきか、共和党大統領候補レースを快走するトランプ氏 【12月8日 Newsweek】)

【「イスラム教徒の入国禁止」発言にスタンディングオベーション
アメリカ共和党の大統領候補としてレーストップを走るトランプ氏の型破りな放言は、これまでも度々問題となっていますが、世間で騒がれることで、既成のワシントン政治家・エリートとは異なりはっきりとものを言う政治家として、逆に同氏の人気が更に高まるような気配もあります。

特に、パリ同時多発テロ以降は、トランプ氏の移民・イスラム教徒への攻撃的姿勢が多くの支持を集め、いったん低下していた支持率が復活する形ともなっています。

今回の「イスラム教徒の入国禁止」発言については、これまで以上に、更に、共和党内部からも批判が強まっています。信教の自由を定めた合衆国憲法に触れる可能性も指摘されています。

*****<米大統領選>共和党トランプ氏のイスラム入国禁止発言波紋*****
・・・・アーネスト大統領報道官は8日の記者会見で、提案は「米国にとって有害で、我々の価値観に反する」とし、「トランプ氏は大統領の職を務める資格を失った」と酷評した。

共和党からも「党が賛同するものでも、米国が賛同するものでもない」(ライアン下院議長)、「米国が信じるものすべてに反する」(チェイニー前副大統領)と批判が相次いでいる。(後略)【12/9 毎日】
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しかし、トランプ氏には動じる気配はないようです。
問題は、トランプ氏がどう発言しているかというよりは、その発言が一般有権者の多くの支持を集めていることです。

****支持者は歓迎、トランプ「イスラム入国禁止」提案****
「何も問題はない。正しいことをしているだけだ」

8日朝、CNNのクリス・クオモから受けたインタビューで、共和党の大統領候補指名を目指すドナルド・トランプは確かにこう言って、イスラム教徒のアメリカ入国を完全に禁止すべきだという前日の発言を擁護した。

メディアと民主党は激しく反発。共和党の大統領選候補の一部からも厳しい批判の声が上がった。しかし、共和党支持者の間では、これでトランプ人気が一層高まるかもしれない。

トランプは7日晩、サウスカロライナ州で行われた集会で、その短い声明を一言一句そのままに読み上げた。「米当局が問題を分析できるまでの間」全てのムスリムを入国禁止にせよ──聴衆はスタンディングオベーションでこれに応えた。

サウスカロライナ州の集会を取材したCNNは、その場にいたトランプ支持者たちの熱烈な反応を報じている。イスラム教は「血のカルトだ」と言った支持者もいた。

こうした支持者の存在のせいか、マルコ・ルビオやテッド・クルーズなどトランプと争っている共和党候補のうち数人は、入国禁止の過激な提案にも控えめな反応しか示していない。かねてからトランプ批判に最も消極的だったクルーズは、「私の政策とは違う」とコメントしたきりだ。

トランプが選挙戦で反イスラム政策を打ち出したのはこれが初めてではない。いや、いくつもある。モスク(イスラム礼拝所)を監視対象にし、ムスリムをデータベースに登録せよと主張したこともあるが、それはナチスがユダヤ人に身分証明のための星章を付けさせたのと同じだ、と批判を浴びた。

反イスラム感情が共和党の選挙集会で話題になるのも初めてではない。2008年にジョン・マケイン共和党候補が、バラク・オバマは「アラブ人だ」と言った支持者をいさめ、オバマはアラブでもムスリムでもないし、いい人物だと聴衆に語ったのは有名な話だ。

「ルーズベルトはもっとひどかった」

トランプは、アメリカに住むイスラム教徒の多くがアメリカへの報復を狙っていると言う。それは事実から程遠いとしても、今のアメリカでこうした政策が支持を集めやすいのも事実だ。

トランプは、「ルーズベルトがやったことはもっとひどかった」とも言っている。第2次大戦中に日系人を強制収容所を入れた政策のことだ。

不法移民対策の好例としてメキシコからの不法移民をトラックに乗せて一斉検挙したアイゼンハワーの「ウェットバック作戦」を称賛したのと同様、歴史を持ち出すことでトランプの提案には前例がないと批判されるのを避ける狙いがある。

CNNのインタビューで、トランプはこう述べた。

「私は昨晩、聴衆の前で話した。実際、すごい数の聴衆だった......口に出した途端、スタンディングオベーションだ......彼らは賢明な人たち、この国の市民たちだ」【12月9日 Newsweek】
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“こうした発言については、一部のアメリカ人は「言いたいけど、言ってはいけない」という自制をしているわけです。確かにそれが「政治的正しさ」だからです。ですが、「ホンネとしては言ってみたい」という感覚を持っている人からすれば、「本当に口にしてしまう」トランプはヒーローになってしまうのです。”【12月8日 Newsweek 冷泉彰彦氏】

共和党内からの批判にも、“ツイッターには「私が共和党を離れて無所属で大統領選に出れば、支持者の68%は私に投票するとの世論調査結果が出ている」と投稿し、高い支持率を背景に無所属で立候補することを示唆した。自分が共和党を出て保守層を割れば、民主党には勝てないとみて、自身を批判する共和党を強くけん制した。”【12月9日 毎日】と、強気です。

****68%「無所属でも投票」=共和トランプ氏支持者―米紙調査****
米紙USAトゥデーが8日発表した2016年米大統領選に関する世論調査結果によると、共和党指名争いの首位を走る不動産王ドナルド・トランプ氏(69)の支持者の68%が、トランプ氏が第3党や無所属の候補として出馬した場合でも、トランプ氏に投票すると答えた。投票しないという回答は18%だった。

トランプ氏は9月、共和党を離れて出馬する選択肢は封印すると党に誓約した。
しかし、自身を引きずり降ろそうとする動きが主流派の間で強まってきたことを受け、第3党などからの出馬の可能性を再びほのめかし始めている。

党指名争いでの支持率はトランプ氏が27%でトップ。2位はテッド・クルーズ上院議員(44)の17%、3位はマルコ・ルビオ上院議員(44)の16%だった。調査はトランプ氏がイスラム教徒の入国禁止を提唱する前の2〜6日に行われた。【12月9日 時事】 
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イスラム教徒全般への「ヘイトクライム(憎悪犯罪)」】
こうした反イスラム感情が噴き出す社会の雰囲気のなかで、イスラム教徒への暴行・嫌がらせが続発しています。

****イスラム教徒への暴行相次ぐ=01年同時テロ後最悪の状況―米****
パリ同時テロに続き、米カリフォルニア州で起きた銃乱射事件もイスラム過激思想に絡むテロだった疑いが強まる中、イスラム教徒に対する暴行や嫌がらせなどが米各地で起きている。

イスラム団体によると、パリでテロがあった11月13日以後の10日余りの間に、少なくとも15州で25件前後の事件や問題行為が伝えられており、2001年の米同時テロ後、最悪の状況だという。

米最大のイスラム人権団体「米・イスラム関係評議会(CAIR)」によれば、東部コネティカット州で11月14日、モスク(イスラム礼拝所)に複数の銃弾が撃ち込まれ、連邦捜査局(FBI)が捜査中だ。

ニューヨークでも今月5日、イスラム教徒の食品店主が白人の中年男に店内で暴行を受け、大けがをした。男は「イスラム教徒を殺してやる」と言いながら暴行を繰り返した。

東部フィラデルフィアでは7日、モスクの入り口付近にイスラム教で不浄とされる豚の頭部が捨てられているのが見つかり、捜査が開始された。CAIRは在米イスラム教徒に対し、身辺に十分注意するよう呼び掛けた。【12月9日 時事】
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イスラム教徒全般への「ヘイトクライム(憎悪犯罪)」の可能性が取り沙汰される状況に、イスラム系米国人の間では、「トランプ氏は人々に、私たちを傷つけても構わないという権利を与えている」と、不安が高まっています。

全米最大のイスラム人権団体「米イスラム関係評議会(CAIR)」事務局長は、「無責任で、単に非アメリカ的だ。ドナルド・トランプ氏の口ぶりは、わが国のような偉大な国家の指導者よりかは、リンチ集団のリーダーのようだ」と指摘しています。【12月9日 AFPより】

イスラム教徒によるテロを強調し、社会の反イスラム感情を煽る要因として、トランプ氏の発言だけでなく、「テロ=イスラム教徒の事件」といったメディアの報道の在り方を問う指摘もあります。

アメリカ西部のコロラド州にある中絶手術に関連する医療関連施設で11月27日、男が銃を発砲し、12人が死傷した事件について、11月29日ブログ“アメリカ 再び「中絶戦争」の犠牲者 現実には減少傾向の中絶 増えるシングルマザー”(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20151129)でも述べたように、こうした暴力事件も「テロ」ですが、メディアではそういうとらえ方はあまりされていません。

****テロをめぐる「報道差別」を米メディアは直ちにやめるべき****
犯人がイスラム系だったら「テロ」と報じるが、白人なら数ある銃乱射事件の1つとして扱う矛盾

・・・・人工妊娠中絶の是非は、アメリカでは大統領選の論点になる。政治的意図による殺人はテロと呼ばれるから、この事件がテロであることは間違いない。

ところがアメリカの主要メディアは「クリニック襲撃事件」などと表現し、シヤルリーエブド襲撃事件のようにテロと呼ばない。

なぜか。大きな理由は事件の背景や残忍さとは関係なく、「誰が犯人か」によってテロか否かが決まってしまヽつこLとだ。

「アメリカでは犯人がイスラム系である場合に、事件がテロと捉えられがちだ」と、米イスラム関係評議会のニ
ハドーアワド事務局長は、サウスカロライナ州の黒人教会で21歳の白人男性が銃を乱射し、9人を殺害した6月の事件の後に語った。

「犯行に及んだのが白人優越主義者や黒人差別主義者であり、イスラム系でなかったら、アメリカ社会は言い訳を探し始める。精神状態に問題があったのではないか、相当に追い詰められていたのではないか……と」

FBI(米連邦捜査局)の調べによれば、米国内で08~12年に起きたテロの容疑者のうちイスラム系は約6%。だが主要テレビ局のニュース番組が取り上げる「テロ」はイスラム系によるものが圧倒的に多いと、イリノイ大学のトラビスーディクソン教授(メディア研究)は論文に書いている。

ディクソンが同じ08~12年のテレビ報道を分析した結果、国内で「テロ」を行ったと報じられた容疑者の81%がイスラム系たった。FB‐調べでは6%にすぎないイスラム系の「テロリスト寸がメディア上では80%を超える。これが「報道差別」でなかったら、一体何なのか。(後略)【12月15日号 Newsweek日本版 森田浩之氏】
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アメリカ以外でも蔓延する反イスラム感情
反イスラム感情の蔓延、移民・難民への排他的傾向はアメリカだけではありません。

フランスでは、地域圏議会選の第1回投票で予想されていたように、極右政党「国民戦線」が躍進しています。

****ポピュリズムの欧州)ルペン編:1 移民批判、支持者を酔わす フランス****
右翼・国民戦線(FN)の党首マリーヌ・ルペン(47)は6日夜、支持基盤である旧産炭地の仏北部エナンボモンにいた。地域圏議会選の第1回投票で「FN躍進」が伝えられ、支持者らの割れんばかりの拍手と歓声に迎えられた。

「FNは、フランスを守ることができる唯一の政党だ。フランス人のための雇用を生み出し、フランス人の生活スタイルを守ってみせる」。青、白、赤の仏国旗を背に力説し、抑えきれずに笑みがこぼれた。

FNを選挙で押し上げたのは、パリ同時多発テロで国民の間に広まった不安にほかならない。

11月13日夜、パリから北西へ車で約2時間の古都ルーアン。選挙運動に走り回っていたルペンは、スポーツクラブの上階にある集会場で移民の流入を批判する演説をぶっていた。(中略)

ルペンは、怒りを爆発させた。「(1月に起きた週刊新聞)シャルリー・エブドの襲撃事件の後、政府は何もしてこなかったに等しい。だから理由もなく(130人が)殺された。内閣は総辞職すべきだ」

テロ実行犯がシリアのパスポートを持ち、難民に偽装して入国した疑いが浮上すると、ルペンの舌鋒(ぜっぽう)は鋭さを増した。「移民受け入れをただちに中止せよ」。

大量の移民を「脅威」と訴える主張は、テロに震える多くの国民に届いた。

6日投票の地域圏議会選でFNは、改選された仏本土の13の地域圏のうち六つで首位に立った。ルペンが立候補した仏北部と、マルセイユなど、移民への反発が強い仏南部の選挙区では得票率が4割を超えた。2017年の大統領選で政権政党の候補と戦える土台ができた。(後略)【12月8日 朝日】
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オーストラリアでは、アボット前首相の「西洋文化は、神の名の下に殺人を正当化するイスラム文化に勝る」との発言が物議を醸しています。

****西洋はイスラムに勝る」=前首相発言が波紋―豪****
オーストラリアのアボット前首相は8日夜、豪メディアに対し、「西洋文化は、神の名の下に殺人を正当化するイスラム文化に勝る」との見解を示した。

イスラム教が過激派組織「イスラム国」など過激主義を生む土壌になっており、改革が必要だとも主張。「イスラム教徒への侮辱だ」と住民らが反発するなど、波紋が広がっている。

アボット氏は熱心なカトリック教徒で知られる。イスラム社会では政教分離が実現されていないなど「内部に大きな問題を抱えており、改革が必要だ」と訴えた。

首相在任時にはテロ対策強化を進め、「イスラム国」掃討を狙った空爆参加も決めたが、9月の政変で首相の座を追われた。

豪政府は多文化主義を重視してきた。野党労働党のショートン党首は「社会分断を招く扇動的な発言だ」と非難。イスラム系団体も猛反発した。

ターンブル首相は火消しに躍起だ。ラジオ番組に9日登場し、「大多数のイスラム系諸国の指導者は過激主義を拒絶している」と強調。「発言はアボット氏の個人的意見」と距離を置いた。【12月9日 時事】 
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アメリカに話を戻すと、良識ある議論を呼びかける声がかき消されてしまう状況に、下記のような批判も。

****左右が憎み合う狂気の合衆国****
・・・・この10年ほど、アメリカは「事実」の洪水に見舞われてきた。
インターネット、ケ‐-ブルテレビ、ラジオのトークショー。情報はあふれているが、まともな知識は人手しにくい。

複雑な話(現実はいつだって複雑だ)はネットやテレビでは受けないし、有権者の支持もっかめない。
聴衆をつかみ、寄付を集めるには、衝撃的で扇情的なフレーズが一番だ。

「現実的な脅威があるのに、それに対処することには誰も関心を持っていない。人々の関心事は脅威を政治的に利用すること、選挙資金を集めること、リツイート率を高めることだけだ」と、スキナーは嘆く。

「まるで狂った人間を相手にしているようだ。この国は狂人たちの国になってしまった」【12月15日号 Newsweek日本版】
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イスラム過激主義によって変容する欧米社会
12月4日ブログ“アメリカ カリフォルニア銃撃事件にテロの可能性も浮上 社会に内在する「マス・ヒステリー」の懸念”(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20151204)でも取り上げたところですが、イスラム過激派の巻き起こす戦闘から逃れて欧州に押し寄せる難民、パリ同時多発テロ、イスラム過激主義に影響を受けたアメリカのイスラム教徒による銃乱射事件・・・こうしたなかで欧米社会は、他者への寛容さという価値観を捨て去り、マス・ヒステリーの状況を呈し始めているようにも見えます。

トランプ氏の反イスラム発言に熱狂する人々は、「アメリカに死を!」と叫ぶイスラム過激思想にとらわれた人々と同次元のように見えます。

「イスラム国」(IS)はやがて軍事的には制圧されるかもしれませんが、欧米社会に大きな変容をもたらしたと言えます。「変容」というのは買いかぶりすぎで、良識という薄いベールで被われていた醜い本音が見えてきたと言うべきでしょうか。
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