孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

アメリカ  再び「中絶戦争」の犠牲者 現実には減少傾向の中絶 増えるシングルマザー

2015-11-29 22:42:26 | アメリカ

(ワシントンDCで中絶反対を訴えるデモ参加者 【2013年03月28日 AFP】)

人工中絶をする施設を狙った爆破事件は42件、殺人事件は8件、放火事件は182件
銃規制問題とともにアメリカ社会の世論を二分する問題であり、度々事件を誘発し、また、選挙戦での争点となるのが「妊娠中絶を容認するか」という問題です。

****米コロラド州で男が銃乱射 3人死亡、9人負傷****
米西部コロラド州コロラドスプリングズで27日、男が銃を乱射し、少なくとも3人が死亡、警察官4人を含む9人がけがをした。CNNなどが伝えた。

米メディアによると、27日昼ごろ、コロラドスプリングズの医療施設「家族計画クリニック」で銃撃があったと通報があった。警官隊と容疑者の男との間で銃撃戦になり、目撃者によると5分間で20発ほど銃声が聞こえたという。

容疑者の男はクリニック内に立てこもったが、約5時間後に逮捕された。容疑者が爆発物などを持ち込んだ疑いもあり、警察はクリニックから患者や医者たちを避難させた。犯行動機は明らかになっていない。

現場近くにはショッピングセンターやレストラン、銀行もあった。米国は感謝祭の連休中で、にぎわっていた街は騒然となった。

同クリニックは妊娠中絶や性感染予防などのケアをしている。米国では人工妊娠中絶の是非を巡り、大きな議論になっており、中絶に反対する人々は同クリニックなどを批判している。

米メディアによると、1977年から14年まで、人工中絶をする施設を狙った爆破事件は42件、殺人事件は8件、放火事件は182件起きているという。【11月28日 朝日】
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“銃撃戦が起きた施設は、妊娠中絶を含む産科医療サービスを提供する「プランド・ペアレントフッド」が運営し、米各地に関連施設がある。テレビ映像には、身柄を拘束された白人とみられる容疑者の姿が映し出された。
男の身元や動機は不明だが、ロイター通信によれば、この施設は妊娠中絶反対派による抗議行動にたびたびさらされ、最近、現在の場所に移転した。”【11月28日 産経】とも。

オバマ大統領は銃規制が進まないなかでの銃犯罪という視点から苛立ちを示しています。

****米大統領 銃撃死傷事件「もうたくさんだ****
アメリカ西部のコロラド州にある医療関連施設で男が銃を発砲し、12人が死傷した事件についてオバマ大統領が声明を発表し、「もうたくさんだ」として、銃による犯罪がやまないことや銃規制の強化が進まない現状に強いいらだちを示しました。(中略)

オバマ大統領は28日、この事件について声明を出し「多くの国民が恐ろしい思いを味わった。これを日常にしてはならない」として、事件に対する憤りをあらわにしました。そのうえで、「戦場で使われる銃が簡単に入手できるような現状をどうにかしなければならない。もうたくさんだ」として、政治的な対立などが原因で銃規制の強化が進まない現状に強いいらだちを示しました。

アメリカでは銃による犯罪で年間1万人以上が死亡していて、オバマ大統領は、事件が大きく伝えられるたびに国を挙げての対応を呼びかけていますが、銃犯罪は後を絶ちません。【11月29日 NHK】
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犯行動機がわからない現在ですから、大統領は中絶の是非については敢えて何も言及していません。

アメリカの中絶を巡る論争については、2009年5月にも中西部カンザス州の教会で、中絶手術を行う産婦人科医テイラー氏が日曜礼拝の最中に中絶反対派の男に射殺される事件が起き、その関連で2009年7月17日ブログ「アメリカ 中絶容認医師殺害 オバマ大統領誕生による保守化への逆バネ」(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20090717)で取り上げたことがあります。

そこでも触れたように、この問題の前提になるのが1973年に連邦最高裁が下した中絶容認判決で、「ロー判決」(ロー対ウェイド事件)と呼ばれるものです。

「われわれは既婚者であろうとなかろうと、産む産まないというような基本的な個人の問題に政府から不当な干渉を受けないという個人の権利を認める。その権利には妊娠を継続するか否かを決定する女性の権利が必然的に含まれる。」

もうひとつ留意する必要があるのが、日本では想像できない中絶反対運動の「過激さ」です。
前記記事にもあるように、これまでも施設爆破や殺人などの事件を引き起こしています。

従って、中絶手術を行う病院施設も厳重な警備がなされています。

****医師殺害で激化する「中絶戦争****
・・・・「要塞クリニック」といわれる仕事場は、道路側に窓がなく、駐車場側の窓ガラスは防弾ガラスで、防犯カメラも装備。86年に入り口に爆弾が仕掛けられ、93年には中絶反対派の女性に医師が襲撃され両腕を負傷した。

中絶反対派は毎日、クリニックの駐車場入り口で患者に中絶しないよう説得。
99年には別の反対グループが隣にクリニックを開設、死が避けられない胎児のための周産期ホスピスを始め、米国を二分する中絶論議の最前線となってきた。

医師射殺事件後、遺族はクリニックを閉鎖した。【2009年7月16日 毎日】
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保守層からの支持を受ける共和党が躍進したことで、州レベルでの規制強化の動き
1973年の「ロー判決」で中絶が女性の権利として認められたにもかかわらず論争が続いているのは、「最高裁は胎児が母体の外でも生存可能とみなされる場合は、州が生命尊重の立場から中絶を禁じることができるとの見方も示しているから」という事情があるようで、近年は共和党の保守化傾向の流れに乗って、中絶規制を強化する州が増加しているそうです。

下記記事は、2014年中間選挙時のものです。

****中絶規制が急増 中間選挙の争点に****
41年前に妊娠中絶の合憲性が認められた米国の各州で、中絶に制限を加える規制が急増している。

2011年以降の3年間で新たに発効した規制は205件で、過去のペースを大きく上回る水準。10年の中間選挙で保守層からの支持を受ける共和党が躍進したことで、規制拡大に弾みがついたとみられている。

ただし厳格な中絶規制には合憲性などの面から反発も大きい。中絶の是非をめぐる世論は米国内を二分しており、中絶問題が11月の中間選挙の争点になるとの見方も出ている。

昨年は22州で70件
(中略)規制内容は妊娠22週目以降の中絶禁止や医療保険の適用除外など。テキサス州で昨年7月に決まった中絶措置を行う医療施設に大病院並みの設備基準を求める規制強化では、既存の施設の多くが閉鎖される事態も起きている。

背景に共和党の躍進
規制強化の背景にあるのは10年の中間選挙で、保守層の支持を受ける共和党が躍進したことだ。知事が中絶反対を表明している州の数は21から29に増え、知事と議会の両方が中絶に反対する州の数も10から15に増えた。

こうした流れを受け共和党は改めて中絶反対の立場を強調し始めている。共和党全国委は1月24日、中絶問題への積極的な取り組みに関する決議文を採択し、「共和党は、これから生まれる生命のために誇りをもって立ち上がる」と宣言。「女性の権利を軽視している」との批判に対し、生命尊重の宗教・倫理的な観点から論戦に挑む考えだ。

米国では1973年1月、連邦最高裁判所がロー対ウェイド事件で、憲法は女性が中絶を選ぶ権利を認めていると判断した。それでも中絶の是非をめぐる議論が続いているのは、最高裁は胎児が母体の外でも生存可能とみなされる場合は、州が生命尊重の立場から中絶を禁じることができるとの見方も示しているからだ。

さらに胎児が母胎外で生存可能となる時期には解釈の余地が残されており、州によっては妊娠初期であっても中絶を規制しようとする動きがある。

ノースダコタ州では13年3月、妊娠6週目程度で行われる胎児の心音確認後の中絶を禁止する法律が成立。アーカンソー州でも同じ月に妊娠12週目を過ぎた後での中絶を禁止する法律が成立した。

48%対45%、賛否拮抗
ただし法律に基づいた中絶に肯定的な「プロ・チョイス」の立場からは、中絶規制の強化の流れが強まっていることへの批判の声も上がっている。

ノースダコタ、アーカンソーの両州の法律では、成立後すぐに違憲訴訟が起こされて法律は差し止めになった。

背景には、経済力が十分でない若い世代の女性が意図せずして妊娠した場合、女性自身が学校に通えなくなるなど教育の機会が閉ざされることへの懸念などがある。

ガトマカー研究所によると、米国では全ての妊娠のうち約半分が「意図していない妊娠」で、このうち4割程度で中絶が選択されている。中絶全体の2割弱は10代の女性によるものだという。また、中絶全体の9割程度は妊娠12週までに行われ、21週以降の中絶は1%程度でしかない。

プロ・チョイスの論者は中絶を禁止するよりも、性教育や避妊の普及に力を入れることで、意図していない妊娠を減らすことの重要性を訴えている。

米ギャラップ社が昨年5月に行った世論調査では、(中絶反対の)プロ・ライフ支持者とプロ・チョイス支持者の割合は48%対45%と拮抗。米紙ニューヨーク・タイムズは「中絶が中間選挙での活発な争点になろうとしている」と指摘している。【2014年3月9日 産経】
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保守的な価値観に根差した中絶反対運動の結果、「シングルマザー」が増加
一方で、実際に中絶が行われる件数は、73年の「ロー判決」にもかかわらず、近年は減少傾向にあるようです。
その傾向を、The Atlantic紙の論説、“Why Is the Abortion Rate Falling?””が分析しています。

下記はその記事を翻訳紹介したものです。

*****アメリカにおける妊娠中絶の減少要因とプロライフ派の方向性*****
・・・・妊娠中絶という選択が、アメリカ合衆国の中で一層珍しいものになりつつあります。

先日アメリカ疾病予防管理センターは、合衆国内で実施された妊娠中絶に関する最新の調査結果を発表しました。同センターによれば2011年における妊娠中絶は730,322件で、過去約40年間で最も少なくなったのです。

同センターが出した数字が実際よりも小さい可能性は高いとみられます。というのも、ほかの調査結果では2011年の妊娠中絶件数は100万件強だとされているものもあるためです。

とはいえ、正確な実施件数は不確かだとしても、その減少傾向は明らかです。
合衆国における妊娠中絶件数は1970年代から80年代にかけて顕著な伸びを見せ、1990年にピークを迎えましたが、ここ20年ほどの間におよそ半数程度まで減少してきているのです。【2014年12月17日 http://yuma-matsumoto.tumblr.com/post/105412530804/why-is-the-abortion-rate-falling-in-america
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The Atlantic紙の論説は、この減少傾向の要因が一人親(多くはシングルマザー)の増加にあるとする立場から背景事情が探られています。

結婚生活を送る前に妊娠した場合、カップルは、いわゆるできちゃった結婚、養子縁組、妊娠中絶、シングルマザーの4つの選択肢のうちのどれか1つを選ばざるを得ない状況に直面します。

中絶反対運動が注目される中で中絶への道徳的忌避が強まり、また、結婚の意義が低下したことを背景に、女性のの選択肢の優先順位に変化がみられるとのことで、近年はシングルマザーを選択するケースが増加したことで中絶が減少した・・・との分析です。

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1990年以降にはこれに加えて2つの変化が生じたとみられます。

第一に、プロライフ(妊娠中絶反対)運動の高まりによって、妊娠中絶が道徳的に問題となるということをアメリカ人が意識するようになったらしいことです。

妊娠中絶が法を犯す行為であると考えることに肯定的なアメリカ人はわずか5人に1人程度で、この割合は1970年代半ば以降ほとんど変わりありません。しかし、妊娠中絶が「道徳的に間違っている」と考える割合は過去15年間で増加しています。妊娠中絶が「道徳的に許される」と言い切るアメリカ人は、現在では38%にとどまっているのです。

そうこうしている間に、アメリカ社会の3分の2を占める比較的所得の少ない人々にとって、結婚は文化的なものとして位置づけられる経験からはるかにかけ離れたものに成り下がってしまいました。大学教育を受けていない男性の賃金が下落しているせいもあり、経済的な余裕のない女性からしてみれば、結婚することはますます無意味で危険とさえ言えるような選択に思えるものになっているのです。

結婚の意義が薄れるにつれ、未婚の母親という立場に立つことは、社会的に受け入れられやすい選択の結果というよりもむしろ、必然的な選択に近いものになってきています。

意図せぬ妊娠を遂げた際に直面する選択肢の序列は、したがって再び移り変わっていて、一人親、妊娠中絶、できちゃった結婚、養子縁組、という順番になっているようです。【同上】
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保守的な価値観に根差した中絶反対運動の結果、保守的家庭観が好まない「シングルマザー」が増加するという結果にもなっているとの分析です。

今年夏、中絶を巡ってある女性のクラウドファンディング(ネット上での募金の呼びかけ)が「炎上」しました。

****募金集まらなければ「中絶する」で炎上!とんでもない募金を集める妊婦に誹謗中傷*****
アメリカ人とみられる26歳の匿名の女性が企画したクラウドファンディングが物議を醸している。

女性は現在妊娠7週目の身だが、経済的に苦しく、子供を育てていく余裕が無い。養育費を確保するためにインターネット上で寄付を募ることにした女性は、あろうことか「100万ドル(およそ1億2000万円)集まらなかったら中絶する」と衝撃的な宣言を行った。

これを見た関係者は、お腹の中の子供を人質にして身代金を要求する脅迫ではないかと憤慨。ネットは炎上状態と化してしまった。

アメリカでは中絶の是非が長年にわたって議論されており、2013年にはノースダコタ州で中絶を全面的に禁止する法律が制定されたことで話題になった。

現在大学院に通っているという件の女性は、こうした厳格な中絶法は女性を苦しめることになると反対意見を主張。7月7日から10日にかけての72時間だけインターネット上でクラウドファンディングを実施し、中絶反対派に自分の中絶を阻止するチャンスを与えると宣言した。

「アメリカには中絶反対派が1億人以上もいるんだから、一人当たり1セント以下の募金額で済むのよ。きれいごとを言うだけでなく、実際に子を持つ女性を経済的に支援してみてよ。」と過激な言葉で世間を挑発している。ちなみに女性はすでに中絶手術の予約を取っており、目標額に届かなければ病院に行く準備は出来ているという。

この件に関し、中絶反対運動グループの代表リラ・ローズさんは、女性の声明を公式に批判。まだ生まれてもいない赤ん坊を利用して金銭を要求するなど道徳的に許されることではないと激怒した。中絶容認派の中にも、件の女性の手口は卑劣だと憤る者が少なくない。

はたして、女性のもとに100万ドルもの養育費は集まるのだろうか。【7月11日 秒刊SUNDAY】
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“お腹の中の子供を人質にして身代金を要求する脅迫”との批判ですが、彼女は最初からお金を集めることは考えておらず、「中絶が道徳的に悪いというなら、どうすればいいのか?どうやって生きていけというのか?」という問題提起をしたかっただけでしょう。いささか人騒がせな方法ではありますが。

中絶反対の立場を主張するのであれば、単に生命の尊さを説くだけでなく、こうした現実的な問いかけに対する答えも用意する必要があるでしょう。

共和党内部にも極端な規制への異論も
なお、中絶反対に寄り添う立場と思われる共和党内部にもいろいろな意見はあるようです。
ロー対ウェイド判決から42周記念日の1月22日に下院共和党議会は胎児保護法の投票を予定していましたが、女性議員が増えている下院で激しい反対に直面したため、投票予定を突然キャンセルしました。

法案はレイプ事件を警察に報告した被害者のみに中絶禁止を除外する内容ですが、レイプ被害の警察報告は稀である為、一般の女性には受け入れられない内容であるとして、数日前からこの法案に対する懸念が女性議員の間で拡大したと言われています。

もともと、米国憲法改正法第十四条が中絶の権利を保証していることにも抵触する内容で、“ロー対ウェイド判決から42周記念日の1月22日のタイミングをねらっただけの演出に過ぎない”との見方もあるようですが、今後も大統領選挙の動向も見ながら、同じような試みがなされるとも思われます。

イスラム教徒だけでない過激思想によるテロ行為
ついでに言えば、中絶反対の立場から関係者の殺害、施設の爆破も厭わないというのであれば、立派なテロ行為であり、そうした過激思想によるテロリストは不安視されているイスラム教徒のなかだけでなく、保守的アメリカ国民の中にも存在する訳で、イスラム教徒だけをことさらに危険視するのは筋違いでしょう。
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