脳機能からみた認知症

エイジングライフ研究所が蓄積してきた、脳機能という物差しからアルツハイマー型認知症を理解し、予防する!

認知症治療薬―天動説と地動説

2023年06月05日 | エイジングライフ研究所から
最近のニュースで、世界初の認知症治療薬(と言うことは、今までの薬は対症療法薬だったということですよ)としてエーザイのレカネマブのことが大きく取り上げられています。日本老年精神医学会理事長で大阪大の池田学教授が「承認されたら(アルツハイマー病を含む認知症の)治療戦略が大きく変わるターニングポイントになる。世界的な大変革。認知症に対する社会の認識が変わったとされる介護保険導入以来の変革が期待される」と称賛していることが大きく取り上げられました。
1月にまたまた認知症治療薬「レカネマブ」登場というテーマで記事を書きました。関心がある方はどうぞお読みください。
撮影:中伊豆ワイナリー

池田教授の話を読んでいくと、いくつもの疑問符が付きました。
治療薬レカネマブはこれだけ明確に効果のエビデンスが出てきた点で高く評価している。27%抑制できた。
何を用いた評価かチェックしたら、CDRを使ったとありました。
Clinical Dementia Rating (臨床的認知症尺度)
このスケールは、「記憶」「見当識」「判断力問題解決」「社会適応」「家庭状況興味関心」「介護状況」に分けて観察して、その状態はどの段階に対応するかどうか評価する人が決めます。段階は健康=0 認知症の疑い=0.5 軽度認知症=1 中等度認知症=2 重度認知症=3と分かれています。何の問題もないと0、最重度だと18ということになります。
たしかに各分野での状況はつかめるとは思いますが、あくまで家族・介護者など第三者が観察評価するのです
たとえ医師が行ったとしても、診察室での観察で決められることは限られていますから、結局は家族など周囲の人からの情報に基づいて評価することになります。そこにバイアスはかかりませんか?客観的といえるのでしょうか?数値化できるといっても、その人の脳機能を測定したものではありません。

数字で表されると言ってもあまりにも主観的にすぎる。そこは大問題ですが、さておき、レポートを読んでみることにします。
18か月の追跡でどれだけの効果があったかというと、プラセボ投与群に対してレカネマブ投与群がCDRの評価で0.451高評価(グラフから概数を見てみるとプラセボ群1.7に対しレカネマブ投与群が1.25)だったので、それを単純に比較して27%効果があったという結論なのです(対象は各群約800人)

CDRに立ち戻ってみましょう。6分野のどこかたった1分野で軽度認知症→認知症の疑い、認知症の疑い→正常の段階へと、1/12の確率で一つ改善できたときに、➕0.5という評価になります。ということは、そのレベルの改善まではいっていないのですから数字のマジックを感じないわけにはいきません。あ、そのうえ平均値です。

大事なのは、レカネマブは病気のメカニズムに働きかける初の治療薬で、この登場によって難治性だった神経変性疾患という病気のグループが積極的な治療の対象になることだ。
その昔、みんなは「太陽が東から出て、西に沈む」現象を疑いもなく、太陽が動いていると思っていました。天動説ですね。
でも様々な矛盾から、地球が自転しながら太陽の周りを公転しているとする地動説が今は支持されています。提唱者はコペルニクス。
今、認知症の理解に関してコペルニクス的転回が必要です。
世界中、認知症の原因をアミロイドβとかタウ蛋白に求めています。そしてそれに従って製薬会社もしのぎを削ってきました。
アミロイドを、除去する、溜まらないようにするなどの様々なアプローチが行われて、残念ながらそのどれもが失敗してきました。製薬業界の開発費に掛けた損失は60兆円と読んだことがあります。
レカネマブは免疫系に指令を出す抗体で、神経細胞にとりついてきたアミロイドβを攻撃し除去するというものです。

医学会でも薬学会でもまず顕著な結果(症状)があって、その原因を探索してきました。
もともと、重度認知症の人の脳を解剖してみたら、アミロイドβ由来の老人斑、タウタンパク由来の神経原繊維、脳の萎縮が顕著に見られたのです。
重度認知症の人のとんでもない症状が先に明確にあります。そして脳を解剖してみたら、明らかな変化がクリアに見えます。だからこの症状の原因はこれだ!(アミロイドβ、タウ蛋白、脳の萎縮をそれぞれ対象にして)と研究が始まっていったのです。

私はよく思い出します。
脳ドックが始まったころ、高齢者の脳に萎縮や多発性脳梗塞(といっても、ラクナ梗塞、穿通枝梗塞といってごくごく細い血管が詰まり、CT上には小梗塞巣が見えるのですが、後遺症や知的能力低下はないタイプ。加齢現象です)が見つかって、受診者を怖がらせたことが多発しました。
「ボケてないかどうか」というより「ボケてないというお墨付きが欲しい」という軽い気持ちで受診した高齢者は、CT画像を見せられて「脳の萎縮」や「多発性脳梗塞」を指摘されるのです。
極端なケースとして、そのように説明されたことがきっかけで認知症への道を進み始めてしまった人もいました。
相談されたときに「『多発梗塞も委縮もよくわかりました。ところで私にはボケ始めというか知的機能の問題はあるのでしょうか?何の支障もなく趣味もボランティアも楽しくやり続けていますが、近々問題が起きてくるということですか?いやこんな脳ならおきてないとおかしいですよね…』と前半質問、後半独り言でお医者様に言ってみましょう」といったものです。
脳の器質(形)と機能(働き)は一致しないということは、働きをきちんと調べてみるとよくわかります。私はたくさんの方の脳機能検査をしましたから、特に高齢者は老化現象が加味されていますから、決して形だけで決めつけたらいけないことは肝に銘じていました。

つまり脳ドックでたくさん発見された正常高齢者の「萎縮」や「多発性脳梗塞」は、単なる脳の老化現象であったということです。脳ドック以前、どう考えても正常な高齢者の脳の器質状態を知っているドクターはほとんどいらっしゃらなかった。と言ってもドクターの責任ではありません。何かの問題があって受診するのですから、仕方ないと言えるでしょう。脳ドックの治験が積み上がると正常高齢者の脳の老化状態がはっきりしてくると思っています。
高齢の重度認知症者の脳CTには「萎縮」か「多発性脳梗塞」が必ず顕著に見られるために、困った症状の原因をその脳内変化に関連付ける気持ちはとてもよく理解できます。 従来は正常高齢者はCTを受けることはなかったので、正常高齢者の脳にも「萎縮」や「多発性脳梗塞」があることはわかっていなかった…

天動説と地動説に戻ります。
世の中の人たちの認知症に関する理解は「情報によるとアミロイドとか何かとんでもない原因がありそう。遺伝だってあるかもしれないし。とにかく怖い!」そう思いながら一方では「ボケるかどうか具体的に見てみると、どう考えても生活ぶりと関係がある。どんなに立派な学歴や職歴があろうとも、高齢者が何もせずぼんやりした暮らしをしているとだんだんボケてくる」というような印象を強く持っている、そんな状態だろうと思います。
権威ある研究者や、製薬会社の研究者は「アミロイドβが原因」といいます。とても科学的なような気がしますが、よくよく周りの高齢者を見てみましょう。そこには、あまりにも生活ぶりに左右されているという圧倒的な真実がありますから。
高齢者が何かのきっかけで、生きがいも趣味もなく、交遊も楽しまず運動もしない「ナイナイ尽くしの生活」になり、それを続けていくうちにだんだんボケていく、いわゆるアルツハイマー型認知症の如何に多いことか。
見えていることをよく見てみましょう。それが認知症の正体です。
認知症の理解に関して、コペルニクス的転回を求めます。
あたかも天動説(何らかの共通の原因がある)から地動説(個人の生き方)への展開のようですね。
by 高槻絹子





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