原左都子エッセイ集

時事等の社会問題から何気ない日常の出来事まで幅広くテーマを取り上げ、自己のオピニオンを綴り公開します。

高齢実母が “企んだ” 策略の魂胆が悲しい…

2015年12月19日 | 人間関係
 先週前半、現在高齢者介護施設に住む義母を引き連れて介護旅行に出かけ、束の間だが義母と寝食を共にした。

 日頃介護施設スタッフの皆さんに義母の日常生活すべてを全面的にお世話になっている訳だが、保証人の立場として介護現場が置かれている厳しい実態に関し、あくまで「理屈」としては理解出来ているつもりでいた。

 ところが、理屈と実践との間には大きな隔たりがあるものだ。
 遅ればせながら、我が身を犠牲にして義母介護旅行に出るとの貴重な実体験により、予想以上の義母の認知症進み具合に愕然とさせられるはめと相成った。 それにより、認知症高齢者介護実態の厳しさを我が身をもって思い知らされた話題は、先だっての我がエッセイ集にて綴り公開している。

 旅行から帰宅後しばらくはこちらの頭が混乱し放心状態に陥る程の疲労困憊感に苛まれ、私らしく主体的な思考を取り戻せるまでに幾日かの日数を要した。

 何とか自分らしいステージに戻ろうと思える精神状態がやっと再開可能と思ったら…


 今度は我が郷里にて一人暮らしの実母より毎年依頼されている、「年賀状作成」パソコン作業が待ち構えている。
 これに関して、郷里の実母に私から毎年指導し続けている事がある。
 「お年寄り、特に過疎地にて一人暮らしの高齢者である貴方にとって毎年新年に届けられる“年賀状”が一つの心の支えになっている事実は私も多少は理解可能だ。 ただその作成を全面的に娘の私に頼り、パソコンにて機械的に印刷された年賀状を貴方が一切見ずして東京から投函したものを毎年相手に届け、それで貴方の気が済むのか??  もしも少し余裕があるならば、本当に年賀状を出したい相手を貴方自身が吟味厳選して、“手書き”にて届けるのが最善だと思うよ。」

 どうも、この私のアドバイスが実母は以前より気に入らない様子だ。 それは数年前より感じていた。
 善意に解釈すれば、それ程までに“筆記力”における能力低下を母自身が水面下で自覚しているのであろう。 ならば尚更、その実態を自分で受け入れる事が今後の“ボケ防止”として肝心とアドバイスしつつ、「自分で書ける範囲で年賀状を書く作業こそが、今後の認知症防止に向けて有効だよ」との実娘からのアドバイスを、どうしても受け入れない実母だったのだが…。

 先だっての義母の旅行前に、私は実母に告げた。
 「12月初旬より義母の介護旅行に出かけるから、貴方の年賀状作成はその帰宅後になる。 毎年指導している通り、その年齢になって自分の年賀状をどうしても娘のパソコン作成に一存するなら、本気で枚数を減らすべきだと思う。 それはともかく例年通り、今年の貴方の必要枚数70枚の年賀葉書を送付するように。」 (参考だが、実母はいつも私のパソコン年賀状作成への一応の“謝礼”として自分が必要な枚数のみ我が家に送り付けてくる習慣となっている。)  十年程前までは、自分が必要な年賀状枚数に加え、私への謝礼金も送って来ていたのだが、その習慣は実母が80歳を過ぎた頃より、どういう訳かなくなっている…。 
 私の推測だが、パソコン扱いの実態を露知らない実母は、パソコンを使用しさえすれば年賀状などいとも簡単に無料で作成可能と信じているようだ。 これに関して、決してそうではなく特にパソコンやプリンターを買い替えた暁には一から学習し直しだし、インク代金も馬鹿にならないと説明している。 しかも、今時のコスト観点とは実際にかかる経費よりも“人件費”こそが高額だと何度も言い含めているにもかかわらず、それを母に告げる娘の私こそが“業突く張り女”だと頭から疑ってかかっている様子だ。
 実際問題、私にとって何の利益にもなりゃしない実母の年賀状作成作業を、もうそろそろ勘弁して欲しいのが正直な気持ちなのだが…。 


 さてさて義母の介護旅行を何とか通り過ぎ、やっとこさ次なる実母の年賀状作成を実行する気になってみると…。
 あれ、枚数が足りないぞ。
 実母からは70枚の年賀状作成依頼だったのに、何故か60枚しか届いていない。
 これ、一体どうしたんだろう??? と疑問符を浮かべつつも、足りないものはこちらが購入してくるしかない。 仕方なくそれを購入して来て実母の年賀状作成を滞りなく終え投函した。

 義母の介護旅行に出かけたばかりで想像以上の義母の認知力低下ぶりに愕然とした私として、嫌な予感が脳裏に過る。
 もしかして、郷里の実母も既に認知症状が悪化しているのだろうか…  これは電話にて確認するしか方策がないであろう。 そして、私は実母に電話をかけ年賀状の枚数が足りていない実態を訴えた。
 
 それに対する実母よりの返答が“しどろもどろ”だった事が実の娘として悲しく辛い…

 結論から言うと、どうやら実母の 「確信犯」 の模様だ。
 私が以前より指導している“年賀状虚礼廃止せよ”の文言がずっと癪に障っている様子に加え、どうしても自分で年賀状を手書きする気力及び能力が当の昔に消え失せている風だ。  それでも、年頭に皆さんより頂く年賀状の“数の多さ”を周囲に誇りたく、私の年賀状作成に期待しているとの事であろう。
 ならば、その旨正直に訴えればよいものの、娘の私としては、どうも過疎地ド田舎に一人暮らす実母の認知力低下の実態のみが浮き彫りとなったと、余計な心配をさせられる思いだ。


 今回の事件、実母にしてみれば今現在の能力内で実娘に対して出来得る限りの“仕返し”だったのであろう。

 それにしても、たかだか年賀葉書10枚(わずか500数十円)を減らす事が、実娘に対する“仕返し”策略として通用すると魂胆した実母の老いぼれ度合いに、またもや心痛を患わされている私だ…

 40年近くも前に親元離れ上京して自立し、遠方に暮らしている実娘相手にせせこましい策略練っていないで、地元でパソコンの出来る彼氏でも作ってその人に年賀状作成してもらえばどうなのよ!?   
 それも能力のうちだよ!、と捨てゼリフひとつも吐きたくなるというものだ。