パルコン旅行記

☆マイホーム建築への道のりとパルコンでの生活
(番外編を含む第1章~第5章)
☆寄り道日記

GW (IN長崎)

2007-05-07 09:17:18 | ちょっと寄り道=お出掛け日記=
長崎・熊本に行って来ました。

最近、主人の学生時代の後輩が、熊本へ転勤になりました。それを機に結婚をされましたので、新婚ホヤホヤのお宅です。 なのに行っちゃいました・・・。

 名古屋空港から長崎に飛び、まず「平和公園」へ。高校の修学旅行以来の平和公園です。
 平和の泉を越え進んでいくと、流石に修学旅行生も多く賑やかです。要所要所で点呼を取る先生のぼやきも聞こえて来ます。
平和記念像の前はとても平和で、平和ボケ世代の私には、原爆投下のイメージすら出来ません。供花や折鶴を前に、ただただ切ない気持ちになり、静かに手を合わせました。
しかし記念像の背後の建築工事(?)が気になります。ヌッと空に向かってクレーンが上がっています。景観台無し・・・。
記念撮影後、公園内を散策しながら「長崎原爆資料館」に向かいました。
 
 ココは、修学旅行で来たはずですが、記憶が無いのか、随分変わったのか・・・。
平和公園とは対照的で、今でも放射能がガンガン出ていて、自分も溶けてしまうのではないかと錯覚するほどショッキングな空間でした。
ここで一番驚いたのは、当時の原子爆弾の模型です。
 TVで毎年の様に映像を見ているはずですが、私の中で「これだけの被害をもたらした原子爆弾」は、小型ジェット位の大きさで、大型ジャンボ位の戦闘機が落として行った・・・というイメージでした。
なのに、大人二人が手を繋いで囲えるかちょっと足りないか・・位の胴回りに、床から一般家庭の天井に付くか付かないか位の高さの小さな楕円形でした。
こんな小さな物に、そんな威力があるなんて・・・。
(現代の原子爆弾の模型は更に、見かけは小さく・威力は大きくなっていました)
 
 出口近くには、現代の核開発の様子が展示してありました。
少し前にTVでは、日本も核保有を・・なんて話が持ち上がっていて、私もどこぞの狂った国に対抗(対応?)するには、致し方なし・・と思っていました。
ですが、核を保有するという事は、仮に製造ぜず輸入に頼るにしろ、核を開発&研究するという事業が出来る事は間違いなく、それが日本の地でないにしろ、日本が直接やらないにしろ、何処かで核実験が行われます。
それによる目に見えない被害は如何程か・・・。
放射能で体が虫食まれ、苦しんで死んでいく人達が、自分やゆかりある人だったらどうであろう・・・。
「原爆資料館」という、少し現実に近づいた視点で考えると、安易に自衛だと言い切り、核を保有を進めて行くのは「危険」と感じずにはいられませんでした。
 
 さて、その足で「浦上天主堂」に行きました。
観光客は奥へは入れませんでした。本当は入ってゆっくり思いに耽りたかったのですが、神聖な場所なので仕方ありません。歴史を感じさせるとても立派な建物です。
でも私にとって印象的だったのは、外の階段左にある首の取れてしまった造で、戦争の悲惨さや歴史を物語っている様に感じました。

 お腹が空いたので、「新地中華街」へ。
江山楼で特上ちゃんぽん・角煮包・杏仁豆腐・ビールを注文。
特上ちゃんぽんは1600円くらいしましたが、具沢山で何よりとっても美味しかったです。満足満足。

 その後、オランダ坂・絵本美術館・大浦天主堂・グラバー園・孔子廟・出島オランダ商館跡・眼鏡橋・長崎ロープウェイにて稲佐山夜景・出島ワーフの海鮮市場長崎港で夕飯 といった観光を楽しんで来ました。
 心残りだったのが、長崎出身者に「長崎に行ったら吉宗(よっそう)で食事を」と言われていたにも関わらず、入れなかった事でしょうか。
先に店の場所を押え、「明るい内に」と記念撮影までしたのですが、散策に行っている間、早々と閉店していたのです。
飲み屋さんと違って食事屋さんは早く閉まる様です。完璧に情報収集不足でした。反省会をしつつ、長崎の夜が更けました。
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